○創作作品
咽せ返る様な暑さで目が覚める。
じっとりとし淀んだ空気が嫌に纏わりついて、僕はベッドから出る。寝ぼけ眼で携帯を開いた瞬間落胆のあまり肩を下ろした。
「また8月13日か……」
何時からかはわからない、少なくとも1年以上。同じ時間、同じ日付に目が覚めて同じ1日を繰り返す。まるで悪夢だ。
いや、実際に悪夢なんだと思う。
繰り返される恐怖が他の誰にわかるだろうか。のたのたと着替えを済ませて僕は欠伸をした。
トーストをかじり、香りの良い珈琲を飲む。家を出ようとして傘を忘れた事に気がついた。
「おはよう、はて今日は雨はふらんかったハズじゃが」
「おはようございます、一応念のためですよーはは(それが降るんだよなあ)」
隣に住むおじさんに会釈して、僕は電車に乗る。元々なぜこんな事になったか僕はいつも考える。
きっかけは約一年前の昨日、友人がウイジャ盤を持ってきた事から始まる。
ウイジャ盤とは――うん、長くなるからやめよう。簡単に言えば降霊術を行う際に高度かつ簡単に霊との交信が出来る板だ。
コックリさんや天使様に使うあれだ。
友人は何でも曰く付き専門店でそのウイジャ盤を安値で購入したらしい。
正直僕はこの手の話題には詳しい方だ、だが詳しいからと言って信じている訳ではない。あんなの居てたまるか。
兎に角、友人はそれでコックリさんをやろう。と言い出したのだ。もちろん最初は断ったが友人がどうしてもと頼み込むので渋々了承した訳だ。
友人が始めたらコックリさんは僕が生きてきた中で初めて聴くルールがあった。
大方は同じ内容だから恐らくローカルルールなんだろう。
しかしこのルールが後にこの事態を招くとは僕も思ってもみなかった。
電車に揺られながら窓の外を見つめる。思い返せばこの約一年間、何度も何度も壊れたビデオみたいに同じ風景を繰り返して見ていた。
やっぱりこれは悪夢だ、そうじゃないとしたら何かの嫌がらせだ。クソ! やっぱりあんなのやるんじゃなかった……。
――ピンポーン
ウイジャ盤片手にやってきた友人はそれはもう年甲斐もなくはしゃいでいた。まるで小学生が新しい玩具を買ってもらった時の様だ。と言うか寧ろ犬っぽい。
「先輩ーこれっスよこれ!」
「誰が先輩だ、お前と僕は同い年だろ」
「いやノリっしょ頭がお岩だね」
「追い出されたいか?」
「うっわ悪ぃってな、なっ許してください」
「はあぁぁ、上がれよ」
友人を部屋に招き入れて僕は冷蔵庫を開ける。中にはビールとオレンジリキュールしかなかった。
――ハッ、どうせ嫁も彼女も居ない寂しい人生だよ。
「お、リキュールあんじゃん
カクテルかなんか作ってよ」
1人で感傷に浸ってみれば空気を読まない友人がヒョイッ冷蔵庫を覗き込んで言う
「断る、さっさと本題に入れ」
ビールを手渡しながら言うと友人は肩をすくめた。
「へいへい」
友人がウイジャ盤をテーブルに置いて窓際に座る。僕はその正面に座って友人の持ってきたウイジャ盤を眺めた。
確かに、曰く付き専門店に置いてあるだけの事はある。木で出来た板に血の様な赤い文字で平仮名と鳥居が書いてある。
「普通のコックリさんとは一味違うやり方でやるぜ?」
「はあ?」
友人曰く、遊び方は普通のコックリさんと同じらしい。問題はルールだ。
まず、コックリさんを呼び出したら移動盤―まあ10円玉なんだが―から手を離してはいけない。
次に最後の質問で願い事を言うと叶う、ただしコックリさんの質問に答えられなければ代償を払わなくてはいけない。と言うものだ。
その話を聞いて、僕は益々やる気が削げた。危険極まりない。
「やっぱやめ、は無しだぜ」
「お前なぁ……」
「願い事言うのは俺だけどお前の願い事でいいぜ」
「上から目線だなぁ」
「いいから、願い事言えって」
「あーじゃぁお金持ちになりたいです」
「よっしはじめっか」
こうして、危険な試みが始まった訳だ。
今では後悔しても足りないくらい後悔している。
ウイジャ盤の上にある10円に指を重ね、僕と友人は目を見合わせた。そして小さく頷くと同時に口を開く。
「「コックリさん、コックリさんお越し下さいませ
コックリさん、コックリさんお越し下さいませ」」
部屋の温度がスウッと下がり、部屋のあちら此方に影が見え始めた。ああやだやだ。あんなものは存在しない、と言うか居られたら迷惑だ。
10円玉に2つの気配が触れる。そして鳥居へと移動した10円玉を見て友人は興奮していた。僕にとっては苦痛でしかない、気を当てられてダウンしそうだ。
「コックリさん、コックリさん
俺は長生きできますか?」
友人はバカなのかもしれない。そんな質問をしてどうする。と言いたいのを堪えて僕は友人を睨みつける。当の本人と言えばまったく気にしていない。
第一この10円玉が動くメカニズムは解明されているんだ。
(省略可)
―コックリさんは「筋自動運動」或いは「不覚筋動」と呼ばれる生理現象によると判明されていてコックリさんを信じている人間の自己暗示により起こる現象だ。
つまりは、自己暗示にかかった人間が深層心理部分で無意識に答えを導き出し、本人に自覚がないまま10円玉を移動させる。
これは自動書記とも呼ばれ、科学的根拠に基づく現象だ。即ちコックリさんの正体は霊ではない、思い込みだ。
そして今僕が見ているモノも、集団催眠による幻覚である。だから僕は信じないぞ絶対に。―
「おい、お前も質問してみろよ」
「断る」
それに、ウイジャ盤を使用した降霊術簡単だが危険なんだ。力があればある程。禍々しい何かを産み出すと言う。いやいや、信じてないんだから何を恐れている、幽霊はいない。だが科学的な何かが生産されるのかもしれん。したがって危険には変わりない。
「じゃぁ俺最後の質問するよ」
「勝手にしろ」
そして早く終われ。ヒシヒシと後ろから迫り来る薄気味悪いモノとさっさとおさらばしたいんだから。
「あれ、10円玉が動いた」
「……」
「わ た し の
お っ と ど こ ?」
静まり返える部屋。
これが言っていた質問とやらだとすれば、僕達は絶対答えられない……。
「わ、わかんねぇ」
「……」
その時だった。
パシッ
……パシハシッ
何か凄まじい勢いで軋む音が聞こえ
そして――。
そこからの記憶はない。ただ気がつけば僕はベッドに横たわっていた。
最初はボーっとしていたが、次第に思考回路が働き始め僕は勢いよく起き上がった。携帯を開いて日付を見ると8月18日と表示されていた。
なんだ夢か、と僕は肩を竦めた。まったく忌々しい夢だ。
それからは何時も通りにのたのたと着替え、電車に乗り仕事をする。仕事が終わり同僚と飲みに出かけた所で大雨に打たれる。天気予報じゃ雨なんて言ってなかったのに!
ずぶ濡れのまま電車で帰宅し、風呂に直行してから、オレンジリキュールと紅茶をシェイクしオリジナルカクテルを一杯。そのまま布団にダイブして後は爆睡。
問題は翌日になってから起こった。携帯を開いて時間を確認すると、あれ?
8月18日だ。まったく一体全体どうなってるんだ?
そんなに気にしないまま僕は電車に乗り仕事へ向かう。するとどうだろう。前日とまったく同じ出来事が起きたのだ……。
次の日も、次の日も。
流石に3日経てば、あのコックリさんが夢ではなく現実にあった事でこれが質問に答えられなかった代償なんだと理解した。
しかし何故だ、何故僕なんだ。元々やり出したのは友人だし質問されたのも友人だ。なんで僕なんだ。
あああ、またやってしまった。だからこの類の事に関わりたくないと言うのに!
調べてるだけじゃ実害がないから、調べるだけにしといて生活したのに。
そうさ、僕はオカルトが大好きだ。信じてないけど。と言うか頭ではわかってるんだ、僕が見た奴らの正体なんか。だが断じて認めん。奴らが実在してたまるか。あれは幻覚だ。
中学時代に決めたのにまた巻き込まれてしまうなんて。もうあんな痛い目には会いたくない。
なんて考えながら1日、また1日と過ぎて行く。
その結果、今のこの現状だ。もう約一年同じ毎日の繰り返し。仕方がないから毎日何かしら違う行動をして変化を楽しむ事にしている。
「はあああ」
深い溜め息を吐いて、僕は電車を降りる。
その時だった。
毎日見慣れた駅に違和感を感じる。あれ?降りる場所間違えたかな。
駅の電光看板に駅名はなく、辺りはシーンと静まり返っていた。
何だか嫌な予感かして僕はその場からは動かず、次の電車を待つ。
――10分、20分、30分。
ひたすら待ち続けても来ない電車。僕は鬱々としながら重たい腰を起こす。どうせ僕はこんな役柄だよホント。
仕方がないから線路に降りて暗がりへ歩き続ける。いつか出口が見えるだろうと願って。
カツ、カツ。
――ヒタッヒタッ
カツ、カツ
――ヒタッヒタッ
……カツ
――……ヒタッ。
明らかに何かが付いてきてる。僕が止まればあちらも止まる。こんな時は慌てては行けない、ゆっくりと冷静に「ア゛アァァァ」なんてなれるかぁあああああ。
勢い良く走り出した僕をうなり声をあげながらヒタヒタと追いかけて来るのが何なのか想像出来るが考えたくない。嫌だ、普段のアレすら嫌なのに今いるアレは絶対欲ない!
寧ろかなり忌々しいものだ。
ダダダダダ。
ヒタヒタヒタ。
纏わりつく足音に半分涙目で僕は走り続ける。走って、走って、走った。
それでも迫り来るアレは諦める様子がない。
「クソっ、こうなったら――」
走りながら両手で空を切る。
そして、足を止めて僕はアレの方へ向き直った。
そこに居たのは、上半身しかない綺麗な女だった。血だらけの手で走り迫ってくる。口元はニヒルに上がり血を垂れ流していた。
「臨兵闘者皆陣列在!」
「ア゛ァアアアア」
弾かれる様にして上半身だけの女は吹っ飛ぶ。しかし安心したのも束の間、女は再び起き上がり迫ってくる。
「あああぁもう弱い
落ち着け、落ち着くんだ、冷静さが大事だ」
深呼吸をして迫り来る女に向けて再び空を切る。
「臨(いど)める兵、闘う者、皆、陣を列ね、前に在り」
「ァ゛ァあァぁ」
嫌がる様に女は来た方向へと逃げて行く、すごい勢いで。僕はと言えば軽く放心状態になっていた。
「つ、かれた……もう嫌だ」
地面にへたり込んで僕はうずくまった。
そして意識が……次第に――。
「おーい大丈夫か、おいってば」
「――っうわぁあ」
突然声を掛けられて僕は飛び起きた。
ゴツン。
「ってぇぇ」
「いっぅぅ」
ぶつかった頭をさすりながら視線を上に移動させるとそこには友人の顔があった。戻って、来たのか?
「大丈夫か?」
「あ?」
「なんか一時間も放心してたぞお前」
「いつから」
「コックリさんやってから」
「……終わったのか?」
「一応」
どうやって終わらせたとかお前のせいだと責め立てたかったが、今はそんな元気もないさっさと寝たい。
「帰れ」
「んだよ心配した――悪かったって
でも面白いもん見れたから付き合ってくれてありがとな」
「二度と巻き込むな」
「へいへい」
肩をすくめて友人はウイジャ盤片手に帰っていった。やっと休める。
風呂に入り俺は、ゆっくりと汚れを落とし今日(と言う名の約一年間)を思い返した。
「疲れた」
ぐったりとうなだれながら、あの女に使った言の葉を思い出す。あれは九字――昔から伝わる術。最後に九字を使ってから12年、まさかまた使う事になろうとは……。
痛む左目を洗い流しながら、僕は再び深い溜め息を吐いた。
8月18日はやはり雨がふった。
寝て覚めれば携帯に表示される日付は8月19日。やっと僕に平穏が戻り、普段通りの生活を過ごす。
ただ一つ
あのコックリさんで降りてきた、女と子供が時々ニタァと笑い僕を手招く。
また、あの無限ループの世界へ誘うかの様に。
∞(ループ)編 完
怖い話投稿:ホラーテラー 紅さん
作者怖話