そのロボットはうまく出来ていた。女のロボットだった。人工的なものだからいくらでも美人に作れた。少しつんとしていたが、つんとしているのも美人の条件なのだった。
それは道楽で作られた。作ったのはバーのマスターだった。金は酔っ払いたちが儲けさせてくれるし、時間もあるし、それでロボットを作った。全くの趣味だった。
しかしロボットの頭は空っぽに近かった。マスターもそこまでは手が回らない。簡単な受け答えが出来るくらいで、動作もお酒を飲むことくらいだった。
マスターはロボットをバーに置いた。カウンターの中に置いた。ぼろが出ると困るからだ。
お客は新しい女の子が入ったので一応声をかけた。名前と年齢を聞かれた時だけは答えられたが、あとは駄目だった。それでもロボットと気がつくものはいなかった。
「名前は?」
「奈々ちゃん」
「としは?」
「まだ若いのよ」
「いくつなんだい?」
「まだ若いのよ」
「だからさ・・・」
このお店は上品な客が多かったので、誰もこれ以上は聞かなかった。
「きれいな服だね」
「きれいな服でしょ」
「なにか飲むかい?」
「なにか飲むわ」
「ジンフィズ飲むかい?」
「ジンフィズ飲むわ」
酒はいくらでも飲んだ。そのうえ酔わなかった。
たちまち奈々ちゃんの噂は広がり、多くの客が店に訪れるようになった。
奈々ちゃんが答えられない質問の時には信号が伝わりマスターが飛んでくる。
「お客さん。あんまりからかっちゃいけませんよ。」
だいたいこう言えばつじつまがあって、客は苦笑いをして話をやめる。
マスターは時々しゃがんで、足のほうのプラスチック管から酒を回収し、客に飲ませていた。
客の中の一人にある青年がいた。彼は奈々ちゃんに熱をあげ、通いつめていたが、いつももう少しという感じで恋心はかえって高まっていった。そのため勘定がたまり、支払いに困り、とうとう家の金を持ち出そうとして親にこっぴどく怒られた。もう二度と行かない約束の代わりにたまった勘定代を貰った。
かれはその支払いでバーに来た。今夜で最後と思い、沢山飲み、奈々ちゃんにも飲ませた。
「もう来られないんだ。」
「もうこられないの」
「悲しいかい?」
「悲しいわ」
「本当はそうじゃないんだろう?」
「本当はそうじゃないの」
「君ほど冷たい人はいないね」
「あたしほど冷たい人はいないの」
「殺してやろうか?」
「殺してちょうだい」
彼はポケットから薬の包みを出して、グラスにいれ奈々ちゃんの前に押しやった。
「飲むかい?」
「飲むわ」
彼は奈々ちゃんが飲み干すのを見届けた後、店を後にした。
マスターは青年がドアから出ると、残ったお客に声をかけた。
「これから私がおごりますからみなさんおおいに飲んでください」
おごるといっても、奈々ちゃんから取り出した酒を飲ませるお客がもう来そうもないからであった。
お客も店員も乾杯しあった。マスターもグラスを飲み干していた。
その夜、バーは遅くまで明かりがついていた。ラジオは音楽を流し続けていた。しかし誰一人帰りもしないのに、人声だけは絶えていた。
そのうちラジオも「おやすみなさい」といって音を出すのをやめた。奈々ちゃんは「おやすみなさい」と呟いて、次は誰が話しかけてくれるのかしらと、つんとした顔で待っていた。
怖い話投稿:ホラーテラー ホラノグチさん
作者怖話