これは、私が、教育ビジネスを行っているとある会社に勤めていたときの話である。
そこで、私は小学校低学年向けの理科の教材を担当していて、仕事の内容は多岐に渡っていた。
二、三例を上げると、こちらから郵送した問題の、返ってきた解答の採点や、夏休みに行った自由研究の投稿を精査したり、と、このような感じだ。
夏休み明けは特に忙しく、深夜まで残業も珍しくはない。
その日も、そうだった。
例にも上げたが、この夏休みの自由研究の精査に普通ではない、異質なものがあった。
『壺の研究』
タイトルを見たときは、おそらく焼き物の製造過程の研究か何かかと思い、低学年にしては、視点のオリジナリティの傑出が感じられ、非常に好印象を持ち感心していた。
表紙を捲り1ページ目を見てみると、一枚の壺の写真が張りつけてあった。
小さくコメントが寄せられていて、
『2:00 いつもこのじかん』
と、写真の横に小学生が書いたと思われる文字で記入されていた。
私は、それを見て壺そのものではなく、中身、もしくは状況の変化を記録した内容だと思い、印象は一気に悪くなった。
とはいえ、仕事であるし評価を返送しなければならないので、続けてページを捲ってみる。
2ページ目。
今度もまた、同じ写真だ。
注釈コメントは、
『2:05 ふた』と、だけだ。
確かに写真の壺には、木製と思われる蓋がしてあるようだ。
一枚目と見比べてみたが、全く同じ物に見える。
既に私は興味の大半を削がれていた。
しかしながら、小学低学年の子の投稿の中には、意味不明な内容も多々あることくらいは承知のことだ。
精査が作業化してしまうことにも慣れている。
3ページ目。
今度は、壺を上方から撮影したものだ。
何か、難しい文字とも、記号ともとれる字が書かれたお札のようなもので、蓋の左右二ヶ所を、壺の口に貼って封をしてある様子である。
コメントは、
『2:07 ふだ』。
『ああ…。そうだね』。
私は、ため息を吐きながら独り言を口走っていた。
4ページ目。
今度も、上方から撮影したものだった。
ただ、3ページ目とは明らかに異なっている。
右側の札が貼りつけられた状態で縦に裂けている。
コメントは、
『2:11 みぎ』。
さすがに、気味が悪くなってきたが、既に作業化した手は、意識せずとも自然と次の5ページ目を開いている。
5ページ目。
4ページ目と同じように、今度は左の札が裂けた様子の写真。
コメントは、
『2:13 ひだり』。
私は、意識してページを捲る手を止めた。
『考え過ぎだ…』。
そう言い聞かせながら職場内の自販機に行き、普段飲まないコーヒーをすすっていた。
気を取り直し、再びデスクに戻るが、もはや椅子に腰掛けることができなかった。
捲っていないはずだった6ページ目が目に飛び込んできたからだ。
この研究は、バラのレポート用紙で、ホッチキスなどで止められていない。
勝手にページが進むことなどあり得ないのだ。
私は、恐る恐る6ページ目を覗きこんだ。
6ページ目。
両方の縦に裂けた札が今度は、蓋の縁に沿って裂けている。
心なしか、蓋が持ち上がっているようにも見えたが、これは恐怖心からの錯覚だったのかもしれない。
だが、既に蓋の封が解かれていて、持ち上げれば蓋が取れてしまう状態には違いない。
コメントは、
『2:30 もうあく』。
もはや、続きは見ることが出来ようもない。
私は前のページを乱暴に重ねて封筒の中にしまい込んだ。
ほっと一息して時計を見ると、6ページ目と同じ2:30だった。
その自由研究が入った封筒を上司の机に投げるように置き、逃げるように職場を後にした。
次の朝出社すると、さっそくその上司に呼ばれた。
おそらく、あの自由研究のことだろう。
昨日までに済ましていなかったことを咎められると思っていた。
『…○○くん。私の机に置いていたアレ…、なんだが……』。
『すみませんでした。今からすぐに評価をしますから』。
『……まだ、見ていないのか?……なら良いんだ…。アレはもう良いんだよ。すまないな。もう行って良いよ……』。
この上司のあだ名は『鬼軍曹』や『教育鬼』と呼ばれているくらい厳しい男だ。
さすがに心配になり訊ねてみた。
『主任は見たんですか?アレを…。私は途中までなんですが…。一体、あの壺の中には何が入っていたのですか?』
『…もう、良いんだよ。アレのことは、忘れろ…。もう良いんだ。もう良い…。もう良い…』。
その日の午後。
鬼軍曹とは、永遠の別れとなった。
会社が入っているビルの屋上から飛び降りたのである。
私も何となく罪悪感を感じ、しばらくしてそこを退職した。
あの壺は、今もどこかの家に置かれているのだろうか…。
一体、何が入っていたのだろう…。
今だに、非常に不安になる。
怖い話投稿:ホラーテラー 匿名さん
作者怖話