「あいつを思い出すと今でも思うことがあるんだよな。
あいつら、誰と仲良くなったんだろう」
あいつは誰と仲良くしたかったんだろう。
【仲良くしたいの】
これは先輩から聞いた話だ。
先輩は俺が就職した居酒屋で出会った。
結構大きな居酒屋のチェーン店なので社員数も半端ない。
でも辞めていく人数も半端ない。
その先輩はバイト上がりの社員なので新入社員がどんどん辞めていく中で我関せず、といったように社員年数を重ねている強者だ。
店長になってはマネージャーと喧嘩したりいい加減なバイトを全員辞めさせて店が回らなくしたりで降格を繰り返す正直困った男であるが多分頑固だからなんだろうな、守るべきやつは命を張ってでも守ると公言した男だ。
先輩の上司にはなりたくないが部下にはなりたい。
そういう人だった。
数年前からある店で店長をやっているがそろそろいい歳なんだからもっと頑張ってマネージャー目指したらいいんじゃないか、という事を話したら出世は興味ねえよ、と不機嫌そうに呟いた。
「養う奴もいねえし、あくせく働く必要もねえ。
大体、面倒じゃねえか」
「いやいや、でも男ならやっぱ上を目指さなきゃあ」
「うるせえな。
人間分相応が一番なんだ」
と、ここまで掛け合いをした後に先輩はそういえばこんな奴がいたっけ、と話してくれた。
先輩が社員になった年だった。
入社式には間に合わないが、社員旅行が近くあるから皆と親睦を深める為に行ってこい、と店長が先輩に言った。
社員旅行と言っても人数が多いし全員が一度に行くと営業が回らないので3回位に分けて旅行に行くのだ。
先輩は新入社員と一緒のグループになった。
とはいえ先輩もその頃は若かったので苦痛じゃなかったらしい。
そしてバスに乗り込み席を確認するとある女の子の隣になっていた。
「ラッキーだと思ったぜ。
大学出たばっかりの若い女でよ。
妙に高い物を身につけていやがるんだなあ。
でもそれが妙に納得できる位なんか、高貴な感じでよ。
男受けする綺麗な女だった」
実際にその女の子は妙に男をくすぐるテクニックが上手かった。
だが、先輩は喋る内に妙な物を彼女の背中に見つけて口説くのを止めたという。
で、そこからは同僚として話したそうだ。
彼女と先輩とはあっという間に仲良くなった。
気を許したのかあけすけない口調で喋る彼女に先輩は好感を持ったらしい。
帰り際に番号を交換してから一ヵ月後位が研修会に出た先輩は彼女と再会した。
で、一緒に昼飯でも食おうかということになり近くのファミレスに入った。
そして彼女は写真を一枚見せたのだ。
「ねえ、私Tさんと仲良くなったの」
Tとは同期で一番の出世頭だ。
へえ、と軽い気持ちで写真を見た途端先輩は嫌な気分になったそうだ。
そこにはシーツで隠してはいるがTと彼女があきらかに裸でくっついていて、ベッドに寝転んだまま写真をとったのであろう物が写っていた。
Tには奥さんがいる。
これは、と思った。
「お前な、こんなもん見せるんじゃねえよ。
俺だから良かったものの頭がおかしいと思われるぞ」
「ええ?だって色んな人と仲良くしたいんだもん」
「仲良くったってこういうのはさ」
「あ、見て。
あの人経理部長だよね」
先輩が珍しく説教しようとした時に彼女は店に入ってきた男を指差して言った。
そして、べろりと唇を舐めたのだ。
いやらしい顔になる。
「あの人と仲良くなれば…」
「おいおい、仲良くなってどうするんだよ」
「有利じゃない?」
出世しなきゃね。
彼女は悪気もなく笑った。
それから少し経ってからTが辞めたと聞いた。
なんだか奥さんと離婚して体調を崩したそうだ。
彼女は順調に社員から副店長へ、そして店長へと。
噂じゃ彼女は色んな男と寝ているらしい。
先輩はそういう噂を聞くたびに彼女の「あの人と仲良くなれば…」という言葉と舌を出してべろりと口を舐める、あの動作を思い出したそうだ。
連絡は一度もとらなかった。
彼女にしてみれば先輩は仲良くしなくてもいい存在だったのだろう。
二年位した頃だろうか。
本社で彼女と偶然出合った。
話を聞けば本社で働いているそうだ。
ひさしぶりにご飯を食べに行こうか、という話をしていた時、経理部長が通った。
「あ」
彼女は声をだした。
そして可笑しそうに笑ったのだ。
「私ね、あの人にマンション買ってもらったの」
「付き合ってんのか」
「ううん、違うよ。
彼は結婚してくれって言ったけど、そんなつもりはないの。
今は違う人ととも仲良くしてるし」
悪気が微塵もない顔で笑う彼女は、憎らしい程に綺麗だった。
現在彼女は仕事をやめていい所の会社役員と結婚している。
色んな男と仲良くしなくても良くなったみたいだ。
「魔性の女といやあ、それまでだがな。
俺、見たんだよ。
あいつの背中に赤ん坊みたいな小さい奴がくっついてるの。
肌が白くてぼやっとしてるやつ。
それがよ、ファミレスで部長を見たときに指をさして口をぱくぱくしたんだよ」
あれは、おとうさん、って言ってたんだと思う。
彼女は、もしかしたら無意識に小さな赤ん坊の父親になってくれるやつを探させられていたんじゃないか。
男をとっかえひっかえするのは赤ん坊のせいじゃないだろうか。
いや、もしかすると彼女自身がカモを探していたんじゃないか。
解らない。
ただ、二年後に彼女と出合った時、経理部長の背中には少し大きくなったその白い赤ん坊が、べたりとひっついていた。
経理部長は暫くしてから辞表を出して今はどこでなにをしているか誰も解らないそうだ。
「あいつを思い出すと今でも思うことがあるんだよな。
あいつら、誰と仲良くなったんだろう」
あいつは誰と仲良くしたかったんだろう。
男達は、誰と仲良くなったんだろう。
彼女は、どうしてそんなに男達と仲良くしたかったんだろう。
彼女は出世して、何を得たかったんだろうか。
それは彼女にしか解らないんだと思う。
俺達もてない男で良かったですねと先輩に言ったら、それはお前だけだと真剣な顔で言った。
おわり
怖い話投稿:ホラーテラー 鉄砲さん
作者怖話