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長編8
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黒髪の美女

3年前のゴールデンウィークに、友人と四国の蔓橋に行った。

歴史好きの友人はこの地方に伝わる、平家伝説を熱っぽく説明してくれたのだが

私にはそれほど興味をそそるものではなく、橋を渡るかどうかが問題だった。

高所恐怖症というほどではないが、下をみるとやはりこわい。

蔓って植物だろ?そんな蔓で編んでできた橋なんて、切れないの?

私の疑問はすぐに解決した。ワイヤーロープがちゃんと蔓に隠されるように張ってある。

そりゃあそーだな・・純粋な蔓だけでこの観光客の重みは維持できないよな・・

「渡らないの?」友人の声で、ハッと我に返る。

「やめておく、揺れているし、なんだかこわい」

「じゃ、写真頼む」

友人は、渡るのを待っている観光客の列に並び、私は周辺の散策をした。

そろそろ友人の渡る順番かなと思い橋の方に行くと、友人の後ろに髪の長い女性がいた。

艶のある綺麗な黒髪で、シャンプーのCMにでてきそうな美人だった。

わたしは、友人に手を振り「後ろに美人がいる」とジェスチャーしたのだが、どうも伝わらない。

ま、いいか。写真を撮れば、後ろの美人も必然的に写るし・・

友人が橋を渡っている雄姿?を何枚か撮り終え、私は先に駐車場のそばにある売店に行き

待っていた。

「写真撮れた?」

「ああ、ばっちり。後ろにすごい美人がいると教えたのにー、全然ふりむかなかったな」

「美人?すごいおばさんの?」

「ちがうよ、見てみろ」

私は、デジカメを友人に差し出した。

画像を確認しながら、友人が言う。

「どこにいるんだ?」

「すぐ、後ろにいるだろ」

「いないよ、うしろのおばさんたちキャーキャーうるさくってさ、振り向いたけどそんな美人がいたらすぐに目につくさ」

画像を確認したが、友人の言うとおり後ろには中年の女性数人、前には若い女性がいるが

髪は短い。

あれ?あの美人はどこだ?おかしいな?

「アングルが悪く隠れてしまったんじゃないのか?ま、次はうまく頼むよ」友人が

笑って言う。

アングルも何も、みんなほぼ2列でお互い自分側の手すりを両手で持ち、半分中腰状態

で渡っていて、橋の真ん中はすいている。隠れるようなところがどこにある?

どうも釈然としなかったが、地元のおいしい川魚やうどんで満腹になるとモヤモヤも消えてしまった。

蔓橋を後にして、次に行くところは決まっていた。

平家屋敷だ。

以前、上司がそこに家族と行ったときに自分だけはどうしても入れなかったと聞いたことがあり少し興味があった。

普通の古民家が資料館になっているだけの建物なのに、玄関から入ろうとしても

『入るな』と足が前に進まなかったそうである。結局上司は中には入らず庭で待っていたそうだが、そこに展示してあった昔の瓦を見て耳鳴りが始まり、1週間ほど治らなかった。

上司は「もしかしたら、自分は源氏の血の濃い子孫かも。それで、平家の怨念が家に入れてくれなかった」と笑って話してくれた。

友人にその話をすると、「そういえば似たような話を聞いたことがある。瀬戸内海で泳いでいて溺れるのは、みんな源氏の子孫だって」と言った。

須磨の海から西に向かって壇ノ浦まで。怖いよそれって。

平家屋敷につき、上司の言葉を思い出しながら中に入った。

『入るな』という感覚もなかったし、普通に足も進み中に入れたことに、少し残念な気持ちと、ほっとした気持ちが交差した。

友人はそんな私の気持ちを見透かしたように笑っていた。

中は自分にとってはそれ以上に興味を引くものはなかったが、友人は時間をかけ丁寧に見て回り、写真を撮っていた。縁側から庭を見ると、濃いピンクの大きな花が見えた。

ボタンの花?いや芍薬?きれいだ・・そこへさっきの黒髪の美人がすっと通った。

いた、偶然だな・・ま、観光客なら同じルートになるか。

私は、友人にさっきの美人がいたから庭に行くと言い、庭に出て行った。

彼は黒髪の美人より展示物の方がお気に入りのようで、私の方も向かず「ああ」と返事をした。

出てみると花のところには美人はいなかったが、蔵のような建物のところにいた。

黒髪の美人は、そこに展示ある瓦のようなものを見ていた。

すらっとした身長で背筋がピンと伸び、艶のある長い黒髪が時々風になびき

薄水色のワンピース姿は後ろ姿だけでも美しいと感じた。

わたしはごく反射的にそこに行こうとしたのだが、足が前に出ない。

上司の話ではないが、まるで『行くな』と誰かが止めているかのように。

そして一瞬だが、耳鳴りがして「なに?これ?」と美人から視線がずれた。

次に見た時には、もうそこには美人の姿はなかった。

目を離したのはほんの1~2秒だと思う、それなのにいない。どこに消えた?

出入り口の坂の方にもいないし、駐車場に続く道にもいない。

一通り庭も見て回ったが、見つけることはできなかった。

この時点で、黒髪の美人は実態ではないのかも?と思った。

写真に写ってなかったし・・

「美人と話ししたか?」と友人が出てきた。

私は、さっきのことを話したが、友人はよく探せなかったのだろうと気にもしていないようだった。

普通はそうだ、幽霊なんて騒ぐ人間は少ないだろう。

連休も終わり、数週間後友人が少し元気のない顔をして訪ねてきた。

部屋に入るなり、黒髪の美人はどんな服装だったか訊いてきた。

私は覚えている限りのことを伝えた。

「似ているな」と友人は言った。「顔は?」

顔?・・・美人だと表現した割には覚えていない。

有名人の誰かに似ているか?と聞かれても、思いつかない。何故だ?

「とにかく髪が背中の中ほどまであって、シャンプーのCMに出てくるような綺麗な

黒髪で、モデルみたいに背が高く姿勢がよかった。年は30前ぐらいかな・・」

「実は・・」友人は私がなんでそんな事を訊くのかと言う前に話を始めた。

連休が終わった後、友人は後輩に自分の車を貸したのだが、後輩はその車で高速道路を走行中に路肩に立っている黒髪の女性を見たそうだ。

「高速道路ってどこで?」

「豊中の手前の直線のあたり」

後輩は、車の故障か何かで女性が車から降りているのかとも思ったが、そばには車がない

ここまでも、その先にも故障車らしきものはなかった。

では、女性はどこから路肩にはいりこんだのだ?と不思議だった。

一瞬ではあったが長い髪が風に揺れて美人だなと思った反面、もしかして幽霊?と思ったが昼間だったので怖くはなかったらしい。

車を返却するのにガソリンを満タンにし、洗車と車内の清掃をスタンドに依頼した。

シートの下から1枚の写真が出てきたと、店員に渡され後輩はアッと息を飲んだ。

さっきの女性だ、顔ははっきりしないが長い黒髪、一緒に写っている男性と背丈が同じで

女性にしては背が高いのだろう。男性も顔ははっきりしないけど先輩じゃないか?

友人は後輩に、「彼女とのツーショット落ちていましたよ」と写真を渡された。

写真は自分でも「これいつ撮ったんだ?隣にいる髪の長い女は誰だ?」と思うほど、ぼやけてはいるが自分に似た男性が写っていた。

すぐに自分じゃないことはわかったが・・

後輩から黒髪の美女目撃談を聞いた友人は、一気に思考がめぐり、

黒髪の美女は自分を狙っている?という結論に達したらしい。

写真を見せてもらう。

実際に黒髪の美人を目撃した私にとってその写真は衝撃だった。

絶句した。初めての経験だ。声が出ない。

なるほど友人に似ている男性の方は友人より若いが、女性は目撃したままの姿で

写っている。ぼやけて少し色あせているが美人だし、水色のワンピース。長い黒髪。

なにより背格好が同じだ。背筋がしゃんと伸びている。

顔は思い出せない、こんな感じだったかな?

あれは、実体ではなかったのだ。デジカメにも写らなかったし・・あっという間に

姿が消えたし・・

問題はこの写真はどこからやってきて、友人の車のシートの下にあったのか?

友人の車は新車で購入している。前のオーナーはいない。

友人は何故その幽霊?が見えなかったのか不思議に思っている。

いやすぐ後ろにいたんだよ。君が気づかなかっただけだ。

平家屋敷でも、私と一緒に庭に出ていれば見えただろう。

それとも波長が合わないと無理か?

私たちは自分たちにできるあらゆる手段を使って、黒髪の美女の謎を追った。

休日にはほとんどそれに時間を費やした。

それでも何の手がかりもないまま、時間だけが過ぎた。

不思議にその間、幽霊目撃はなかった。

そしてこの件はもう半分以上あきらめムードに変わっていった。

何も実害があった訳じゃないしというのもあった。

翌年の秋、珍しく寒かった。北海道ではとっくに初雪が観測されていたが、

この辺でも初雪が降るんじゃないかと思うくらい寒かった。

私は奈良の飛鳥にいた。歴史好きの友人に連れられて。

メジャーな観光地だから石舞台に行くのかと思ったら、地味な寺に向かった。

友人は本堂の中にお目当ての物を見に行った。

境内の石のベンチに腰掛けパンフレットを見ていると、鳩がバサバサと大きな羽音をたて飛び立った。

自然に視線をパンフレットから、飛び立った鳩に移す。

その視界に・・まったく突然にあの女が現れた。

黒髪の美女と絶賛していたのがこうも表現を変える程、突然の出現に私は恐怖を

感じた。心臓が止るかと思う程とはこういうことなのだろう。動悸がしてきた。

私はまじまじと女を見たが、女は私にはかまわず、目の前をすっと通りすぎようとした。

見間違いではない、この寒いのに半袖のワンピースか?

長いサラサラの艶のある黒髪・・どうしたことか女の顔がはっきりわからない。

女は、背筋をまっすぐ伸ばし、境内の砂利道を音も立てずに歩いていく。

本堂だ!私は女より先に本堂に走った。

女の目的は私じゃない、友人だ!

遅かった、いつの間に女に追い抜かれたのだろう。

本堂の中で女は、友人と向かい合う形で立っていた。

女が目の前にいてじっと友人を見ているのに、友人の目は違うところを見ている。

友人には見えていないのだ・・

私はそばに駆け寄り、思い切り友人の手を取り本堂を出て、寺から逃げるように

脱出した。

もちろん私の行動にびっくりした友人だったが、話を聞くまでもなく「女が出た」という一言で理解してくれた。

「取り憑かれて殺されると思った」

私は、そう言いながら自分が言った言葉に恐怖を感じた。

友人は言った。

「君が来る直前、『ちがう・・ちがう・・』って何とも気味の悪い声が聞こえたんだ。

何?と思い、周りを見たけど誰もいないし、そしたらいきなり君が手を掴んだだろ。

あの時、目の前に黒髪の美女がいたのか?残念な気もするが、見えていなくてよかった」

「ちがうって言ったのか?女が?」

「たぶん、自分には見えないその女が言ったんだろう」

この件で謎が少し解けた気がした。

黒髪の美女は、人違いをしていたのだ。

自分が探している男に友人が似ていたから・・

写真の存在は謎のままであるが、あんなもの幽霊が車の中にいれるわけがないし。

きっとそのうちに真実はわかるだろう・・

あれから、黒髪の美女は現れないが・・・もうお会いしたくはない。

長文にお付き合いしていただきありがとうございました。

怖い話投稿:ホラーテラー 匿名さん  

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