これは数年前、僕がまだ小学生だったときの話です。
ちょっと長いですが、よかったら最後まで読んで下さい。
当時の僕は、昔かかった病気のせいで常に体がむくんでおり、激しい運動にはすぐ息が上がってしまいました。
友達もおらず、家でゲームばかりしていました。
そんな僕を両親は心配し、年に一度開催される、子ども会のキャンプに参加させたのです。
僕は全く乗り気ではありませんでした。
でも、両親の心配と期待を幼いなりに感じ取り、参加することを渋々承知しました。
キャンプは2泊3日で、飯盒炊飯(はんごうすいはん)やキャンプファイヤーを行い、コテージに泊まるというものでした。
初日に、キャンプの指導をしてくれるという人が紹介されました。
その人は30代後半くらいで、背は低いですがガッチリとした体型をしており、
無精ひげの生えた顔にはいつも笑みを絶やしませんでした。
キャンプ場とコテージのある山を管理しており、名前を紹介されましたが、
「俺のことは『ジョニー』と読んで欲しい」
と言ったため、僕を含め子どもたちはみんなそう呼んでいました。
初日の午後は川遊びでした。
僕は泳げないし、前述のように激しい運動が出来ないので、
夕方にやる飯盒炊飯の準備をしていました。
薪が足りないので取ってきて欲しいと、主催者(保護者の一人です)に頼まれたので、
僕はキャンプ場裏にある焼却炉などが並んでいる一角に行きました。
そこではジョニーが薪を割っていました。
薪の件を伝え、軽く会釈をしてジョニーのそばに積んであった薪を抱えようとしました。
その時、不意に
「君は川で遊ばないのか?」
と聞かれました。
僕は急いでいたので、「泳げないので」と簡潔に答え、顔を上げました。
目の前にジョニーの顔がありました。
「泳げない・・・だと?」
その顔からはあの笑みが消え、強く寄せられた眉間の皺が、濃い陰影を作っていました。
紛れも無い憤怒の表情で、それはまるで絵本で読んだ赤鬼のようでした。
「甘えるなよクソガキ・・・お前アレだろ、一人じゃテントも張れないんだろ・・・
プヨプヨした肌しやがって・・・都会の食い物ばっかり食ってるからそうなるんだ!」
ジョニーが手にしていた小振りの斧を、薪を割る台にしていた切り株に叩きつけました。
斧はビーンという音をさせながら切り株の上で震え、
僕は凍りついたようにその光景を眺めていました。
「都会ものが半端な覚悟で・・・」
ジョニーが僕の腕をつかもうとしてきたので、僕は薪を抱えて、逆方向に必死で逃げました。
息を切らせながらキャンプ場に戻ると、
川遊びを終えた他の子どもたちが、もう米を研いだりしていました。
僕は大人を見つけ、薪を渡してさっきの話をしようとしたのですが、言いそびれてしまいました。
ある程度準備が進んだ頃、ジョニーがキャンプ場に戻ってきました。
僕は思わず身構えましが、ジョニーがこちらを見ることは無く、いつもの笑顔だったので、
僕はさっきのことが夢だったのではないかと思いました。
その後は何事も無く、初日は過ぎました。
しかし僕はジョニーを避けていましたし、ジョニーも心なしか僕を避けているように思えました。
2日目は、オリエンテーリングでした。
オリエンテーリングとは、地図を用いて、山や森の中に設置されたポイントを探しながら歩き回り、ゴールにつく時間を競うゲームです。
山や森の中を歩くだけということで、僕にも参加の許可が下りました。
しかし僕は歩くのも遅く、僕のチームは他のチームの子達から少しずつ遅れていきました。
更に間の悪いことに、僕はおなかの具合が悪くなってきました。
僕は山道を少し外れた森の中で用を済ましたのですが、
もとの山道に戻ってみると、チームの子達の姿はどこにもありませんでした。
戻る道を間違えたのか、先に行かれてしまったのかは分かりませんが、
僕は一人で山道を歩くことになってしまったのです。
山道は昼だというのに高くそびえる木々で薄暗く、時折妙な動物の声が辺りに響きました。
どれくらい歩いたでしょう。
いつの間にか下を向きながら歩いていた僕は、
何かに頭をぶつけ転びました。
慌てて起き上がると、目の前には太い枝を背中に背負ったジョニーが、いつもの笑いを顔に貼り付けていました。
ジョニーは僕を数秒間ニヤニヤと見つめた後、
突然きびすを返し、山道を下り始めました。
僕は不気味に思いながらも、これ以上迷いたくなかったので、一定の距離を保ちつつジョニーの後ろを憑いていきました。
ジョニーは歩きながら、何かブツブツつぶやいていました。
「誰にも」とか「街」とか「糞」とかいう単語が、時々聞き取れました。
と突然、
「森は怖いだろ」
とはっきりした言葉が聞こえました。
ジョニーの声だとすぐには気づけませんでした。
ジョニーは前を淡々と歩き続けていました。
すると今度は、
「都会ものなんざ森に来たら死ぬ」
と聞こえました。
ジョニーが立ち止まり、ゆっくり振り返りました。
赤鬼の顔でした。
白目の多い目は見開かれ、口の端から出た泡がプツッ、プツッと音を立てていました。
右手には、いつの間にかあの小振りの斧を握っていました。
「都会ものは森の怖さを知らんくせに、
偉そうなことばかり言いよる・・・
薪の割り方も知らんと、
俺のことを馬鹿にしくさる・・・
そのくせキャンプだ行楽だとか抜かして、
ヘラヘラしてやがる・・・」
ジョニーがズイと、僕のほうに一歩を進めました。
「社会の歯車のくせに・・・
俺はならねえぞ・・・
馬鹿にしやがって・・・」
口から溢れた泡のせいで、言葉が聞き取りにくくなった来た頃、
ジョニーがゆっくりと右手を振りかぶりました。
僕は全身の毛が逆立ち、
今来た道を駆け出しました。
後ろからは
「馬鹿にしやがってえええええ!
都会ものがあああああ!」
という絶叫が迫ってきました。
息が詰まりそうになった時、不意に体が軽くなり、
目の前が真っ暗になりました。
気がつくと、病院のベッドの上に寝ていました。
道を踏み外し、スタート地点まで斜面を滑落してきたのだそうです。
ジョニーのことについては恐ろしくて聞けませんでしたが、
キャンプ自身は何事も無く終わったそうです。
ジョニーが一体なぜあのような言動を取ったのか、
そして僕に何をするつもりだったのかは分かりません。
一つだけ言えることは、あれは冗談なんかでは絶対に無く、本物の憎しみだったということです。
ここまで読んでくださいまして、ありがとうございます。
僕自身も封印していた記憶だったのですが、
最近「森の怖さ」にこだわっている投稿者さんを見て、
思い出しまして投稿した次第です。
※この投稿者さんの言動を見ていて、ジョニーを思い出しただけなので、
両者に関係は無いと思います。
また、このようなキャンプ指導をされている方たちへの差別を助長する気は、
全くありませんのでご了承ください。
怖い話投稿:ホラーテラー 匿名さん
作者怖話