あれは小学校の高学年の頃だ。俺の生まれ育った町は炭鉱の有名な場所で、俺が中学になるまでは炭鉱がまだ動いていた。自然、炭鉱関係者の子供と友達になるわけだ。まぁ、当たり前のことだけど。
K太も炭鉱夫を父に持ち、母親は炭鉱の経理をしているという家庭の子供だった。
K太は身体が小さかったけれど、やんちゃで一緒に遊ぶのが本当に面白かった。かなりの悪さもした。一緒に万引きをして親にしこたま殴られた時も、こいつと一緒だった。
あれは確か夏休みに入ったばかりの頃だった。俺たちは午前中必ずといっていいほど学校のプールへ行く。そこで友達と落ち合い、今日どこで遊ぼうかと相談するわけだ。
その日は、どういう話の流れからか、心霊スポットに行ってみようという話しになった。
幸いというか、不幸というか。俺たちの町は治安があまりいいほうではなかったので、誰それが死んだだの、一家心中があったのという話はよく聞いていた。当然、心霊スポットも多い。
数ある中でも、何処にしようかと5人くらいで相談していると、K太が手を挙げた。
「俺、ヤバイとこ知ってるぜ」
K太の顔はいつになく自信満々だった。
「マジ? どこどこ?」
「お前ら、底なし井戸って知ってるか?」
誰も知らなかった。そんな面白そうな場所を聞いたなら、絶対に忘れるはずがない。
「底なしって、マジで底なしなん?」
友人のマッツンは半信半疑だ。
「わからん。底はあるかもしれんけど、信じられんくらい深い」
K太は自信満々だ。こいつのことだ。何度か行ったことがあるな。
「なら深さ測ろうぜ」
「どうやって計るんだよ」
「俺、釣竿持ってくる。重石つけて落とせばわかるだろ」
さすがは我らが頭脳ハラチャンだ。頭良い。
「よし。なら一回、昼飯食いに戻って、準備したら一時に神社前な」
「おし。遅刻すんなよ」
俺たちは一度解散し、家で昼飯を食ってから、それぞれ必要そうなものを持って家を出た。ちなみに俺は水筒とお菓子、あとなぜか懐中電灯を持っていった。
当時の俺も、今に負けず劣らぬアホだった。
集合場所の神社に行ってみると、もう他のみんなは集まっていた。
メンバーはK太、まっつん、ハラッチ、ジュン、俺の計五人だ。ちなみにK太とジュンの親父さんは炭鉱夫だった。
「よし。行くぞ」
俺たちはわくわくしながら神社を出発し、裏山の獣道へ入っていった。
K太の話によれば、裏山の道から入るのが近道だという。他にも道はあるのだが、炭鉱の事務所や木材置き場があるので通れないとのことだった。
真夏の山はそれなりに涼しかったが、やっぱり蒸し暑かった。蚊にあちこち食われながらも、俺たちはワクワクしながら底なし井戸へ向かった。
山道を一時間ほど歩いて、ようやく俺たちは目的に到着した。
そこは海沿いの広場のような場所だった。砂利がしきつめられ、あたりには草一本生えていない。人気もなく、どこかひんやりとしていた。
「な? 怖ぇーだろ」
正直、怖すぎた。
砂利のしきつめられた広場は学校の校庭よりも広く、その先には水平線が見えるだけだ。ススキが風に揺れているのだけでも不気味だった。
「なんだよ、お前ら。まさかビビッてんの?」
ジュンに馬鹿にされて、俺たちは「んなことねーよ」と平気なふりをしたが、正直もう帰りたかった。
K太について歩いていくと、急にK太の足が止まった。
「ここだ」
……ぶっちゃけ井戸じゃなかった。
穴だ。ただの、穴。
直径2メートルくらいの穴がぽっかりと開いていて、1メートルくらい下に真っ黒な水が溜まっているのが見えた。
「井戸違うやん」
「まぁな。でも、底なし井戸って言うんだって」
「言うんだって。誰に聞いたんだよ?」
「親父たちが話してるの聞いたんだ。親父たちが酒飲んでてさ、底なし井戸は危険だって。あんなとこ行くぐらいなら、なんでもやるって話してた」
K太の話に俺たちは凍りついた。
「は?」
なんだ、それ。
「親父さんって、K太の?」
「うん。うちのクソ親父」
補足しておくが、炭鉱夫という人たちはそのへんの肉体労働者とは訳が違う。筋肉ムキムキ、全身コレ凶器みたいな人たちだ。度胸試しに爆竹を噛み潰したりするおっさんだ。並みの人じゃない。
そんな親父さんが、危険だといったのだ。
そんなもの、俺たちにとったらもう死亡宣告も同じだった。
「親父にもさんざん釘刺されてたんだけどさ。こんなとこ他にないじゃん? 肝試しにはもってこいだろ」
マジか。マジでか。
冗談じゃない。もう帰りたい。そう思った。
「でもさ、ほんとに底なしなのかな。調べようyぜ」
KYなハラッチが好奇心に負けたらしく、おもむろにもってきた竿を伸ばし始めた。
「いやもう帰ろうぜ。見つかったらヤバイって」
ヘタレのまっつんはもう帰りたくて仕方がないらしい。俺も正直もう帰りたかった。
「深さくらい図ろうぜ。でないと来た意味ねぇじゃん」
ジュンはもう怖いもの無し。こいつは恐怖を感じないのか?
「とりあえず150m巻いてあるからさ。これでだいたいの深さは分かるだろ」
ハラッチがそういって、天秤錘のついた先を黒い水面にぽちゃんと落とした。釣り糸が勢いよく落ち始める。
しゅるしゅる。
しゅるしゅるしゅる。
しゅるしゅるしゅるしゅるしゅる。
「あれ?」
まだ落ち続けている。
全員の顔が「?」から「!?」と変わった。
釣り糸は勢いよく落ち続け、そして全ての糸がリールを出ていった。
全員が硬直していた。
「いや、いやいやいや。ありえないだろ! 150mとかどんだけだよ!」
深すぎる。しかもまだ底にはついてない。
「わ、わかった。炭鉱の穴だよ、これ」
「な、なるほど! それでか! そうだよな、こんな深い穴があるわけないよな」
「ま、間違いねぇーよ」
ははは、と俺たちが無理に笑いあった時だった。
「ひゃ!」
ハラッチが悲鳴をあげた。ハラッチの持つ竿が驚くほど曲がっていた。
「ひいてる! なんか釣れてる!」
ぐいぐい、と竿が軋んだ。ほとんど根元から曲がっている。糸が相当引っ張られているのか、きぃいいん、と変な甲高い音がした。
「なんかってなんだよ!」
「知らねぇよ! 魚じゃねえよ!」
俺たちが喚いている間にも、竿はぎしぎしと曲がっている。
なにより驚いたのは、ハラッチがリールを懸命に巻き始めたことだ。
「やめろよ!釣んな!」
ハラッチは苦しげにうなりながらも、竿を立て、懸命にリールを巻き始めた。
「でかい魚かも知れんやん!」
アホいえ!
こんなとこに魚がいるわけねぇだろ!
K太も顔が真っ青になっていた。どう考えても、この釣り糸の先にいるのは魚じゃない。それは間違いなかった。
「おい、糸切れ!糸!」
ジュンが慌ててそう叫んだが、糸を切れそうなものなんか持ってない。
「やめろって!釣り上げてからでいいだろ!」
「お前マジ市ね!」
ぎゃあぎゃあと半ばパニックになりながら揉めるうちに、水面に変化が起こり始めた。
「おい。あれ」
K太に言われて水面を見てみると、真っ黒い水の表面にボコボコと泡が立ち始めていた。それも信じられないくらいの数だ。
ほとんど反射的に、なにかが上がってくると分かった。
「おい、やばいよ。マジでヤバイって!」
一番最初にまっつんが戦線離脱。さすがに逃げ足は速い。振り返ることなく逃げ出した。その後にジュンが続き、K太と俺も続こうとしたが、ハラッチを置いていくわけにもいかなかった。
「俺君!その竿捨てろ!」
K太がハラッチを後ろから羽交い絞めにし、俺は抵抗するハラッチから竿をもぎ取った。
竿は信じられないほどの強さで引いていた。なにかがぶら下がっているとかじゃない。間違いなく、引いていた。
ハラッチがぎゃあぎゃあ喚いていたが、俺は竿を手放した。すぐに竿は真っ黒い水に飲み込まれ、すぐに見えなくなった。
その瞬間、泡が止まった。
「え?」
俺もK太も、喚いていたハラッチまで言葉を失った。
呆然としている俺たちの前で、ぶかり、と何かが浮かんできた。
それは、赤いランドセルだった。名札がついていて、そこには女の子の名前が書かれていた。(名前を覚えているけど、書くのは怖いので無理)
その瞬間、限界がきた。
俺たちは悲鳴をあげて一目散に逃げ出した。
神社まで戻ると、俺とK太でついさっき浮かんできたものを説明した。
先に逃げ出してかなり冷静になっていたまっつんとジュンには「それがどうしたん」と笑われたが、実際にこの目にした俺たちは全く笑えなかった。
そして、後から一番ビビッていたのはハラッチだぅた。
「今思うとさ、あれは魚じゃないよ。絶対。引きずり込もうとしてた」
あれ以来、俺たちは底なし井戸には行っていない。地元で少し有名になったのか、大学生や高校生が肝試しに行くようになったらしいが、釣り糸を垂らすのはやめたほうが良い。
今でも思う。釣り上げてしまわなくてよかった。
なにが釣れるか、わかったものじゃないからだ。
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作者怖話