初めに言っておく。
これは怖い話じゃない。血まみれの女が出てきたり、底のない井戸で釣りをする話でもない。
不思議な体験を思い出したので、書くことにしただけだ。
まだ俺が小学生の低学年だった頃。
家から自転車で10分ほど行った場所に割りと大きな公園があった。
お世辞にもキレイとはいえない、古臭い公園で、遊具もそんなにないのだが、真ん中に大きな滑り台があってよく皆で滑っていた。
当時、俺はまぁ、割とバカな子供だった。
近所で俺の名前が出ると、あの悪ガキか、と言われるくらいに。親父とお袋に連れられてあちこち謝りにいっていたのをよく覚えている。
当時の俺にはマーという友達がいた。日本人離れした顔のやつで、白人みたいなやつだった。映画「ホームアローン」の過剰迎撃少年ケビン君にそっくりだった。
マーは幼稚園にもいっていなくて、回りの子供から白猿なんてアダナをもらっていたりしていたが、俺にとってはいい友達だった。2人で万引きして見つかり、警察署でお巡りさんに泣きながら土下座したのは今でも忘れない。
今日も俺たちは2人で遊んでいたんだが、途中で腹が減ってきた。家に戻るのもめんどくさい。
どうしようか、と悩んでいると公園に面した家の庭に石榴がなっているのを見つけた。
「なあ、俺くん。石榴って美味い?」
世間知らずのマーは石榴を食べたことがないらしい。都会には石榴もないのか、と当時の俺はマジで同情した。
「うまいよ。甘酸っぱい」
「食おうぜ!石榴!」
先に断っておくが、人の家だ。俺ん家じゃない。名前も知らない人の家だ。
しかし、俺たちにはそんなことはどうでもよかった。
石榴がある→食える→取る。みたいな流れだ。異論は認めねー
早速おれたちは石榴を収穫する為に行動した。
最初、枝で叩き落そうとしたが、まったく届かない。
次は肩車で距離を稼いだが、届かず。
三度目の正直とばかりに、塀の上に登る作戦にした。塀の上からなら木に登ることもできる。そうすれば石榴食べ放題だと俺たちは喜んで塀をよじ登った。隣家の石垣を伝って塀に登り、そろそろと枝の所まで向かっていた時だった。
「ごぉおおおおおおおらああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
すさまじいドスの効いた声で怒鳴られた。驚いて声の方向を見てみると、塀の向こう側、つまりは石榴の木の所有者宅からホウキ持った着物姿のバアさんがカチこんできた。表情は鬼そのもので、マジでやばいと思ったが逃げる場所もない。塀から飛び降りるという選択肢もあったが、ビビッてそれどころじゃなかった。
「こんの悪ガキが!!」
ホウキで殴られた。小学校低学年、愛らしい盛りの俺たちを、このババアは一片の容赦なく叩き落した。塀から落ちた俺たちは痛いやら怖いやら泣きそうだったが、バアさんの迫力が凄まじくて、正直それどころじゃなかった。
俺たちは庭に正座させられ、どうして塀を乗り越えて入ってきたのか問い詰められた。
「石榴があったから」と正直にいうと、「最初からそういえば分けてやったのに」と言った。
すぐに2人で「バアサン。石榴くれよ」と頼んだが、ホウキで殴られた。マジ痛い。
「アンタたち。もしかして○○小の生徒かい?」
やばい。先生にチクられると思った俺たちは必死に否定したが、結局すぐにバレた。
「あれ? 俺君に、マー君?」
縁側にひょっこり現れたのはクラスメイトAちゃんだった。
「Aの友達かい」
「おばあちゃん。どうしたの?」
「こいつらが石榴を盗みに来たんだよ」
ひぃっひぃ、と魔女みたいに笑うバアさん。お前、ホントにAちゃんのバアちゃんか?
「許してあげてよ。おばあちゃん。悪気があってしたんじゃないよ」
「馬鹿いうんじゃないよ。人様の家に勝手に忍び込むなんざ、悪気のあるなしは関係ないよ。ここで躾けておかないと、こいつらの為にならないよ」
今思えば、ばあさんの言うことは正しいのだが、当時の俺たちはまったく逆のことを考えていた。
(このクソバアア。絶対あとで復讐にくるからな! 家の石榴全部食ってやる!)
(チャリのサドルパクッて、代わりに石詰めてやる!)
2人でそんなことを考えているのがバレたのか、バアさんにそれからこってり怒られ、開放される頃にはもうすっかり夕方になっていた。
「二度と来るんじゃないよ。クソガキ」
最後にそう締められ、俺たちはしょんぼりと玄関をくぐり、急いでチャリに跨った。
「うっせぇクソババア! 二度と来るかー!」
くたばれー、と叫びながら必死漕いで家路についた。
次の日から、俺たちはバアさんへの復讐に燃えていた。意地でもバアさんの石榴を食う。怒り狂うバアさんに尻だして馬鹿にしてやる、と固い決意を固めてまたバアさんの家にいった。
が、バアさんのほうが上手だった。裏口から進入してもバアさんが仁王立ちして待っていて、正面から攻めてもすぐにホウキで叩き落された。それをみてAちゃんはケラケラ笑い、夕方頃になると「またな!ババアー!」と悪態をついて帰った。
そして、いつの間にか俺たちはほとんど毎日バアさんの家に遊びに行くようになった。今から思えば、ばあさんは俺たちに付き合って遊んでくれていた。いつ俺たちが襲撃しても、ばあさんはまるで待っているみたいに俺たちを迎え撃っていたからだ。
そうこうするうちに、俺たちはバアさんの庭から家にまで進出し、おやつをもらったりしていた。バアさんは厳しい人で、行儀が悪いと容赦なく叩かれた。マーなんか勝手に冷蔵庫を開けて、Aちゃんの前でパンツを脱がされたりしていた。いや、俺もされたけど。
夏休みになると昼前から遊びに行って、ソーメンを食わせてもらったりした。自然とAちゃんとも仲良くなり、バアさんと四人で拾い庭で遊ぶのが最高に面白かった。
そんな夏休みのある日だった。
俺とマーがいつものように遊びに行くと、バアさんが真っ青な顔で俺たちを、正確にはマーを見ていた。
「マー。あんた、どこでそんなの」
バアさんはいつもとは全然違う声でそう呟いて、俺たちを家の中にあげなかった。
いつもと違うバアさんの態度に戸惑っていると、バアさんがAちゃんを連れてきた。
「アンタたち。あたしの話をよく聞きな。もうすぐうちに客がくる。招いたわけじゃないがね。出迎えるしかない。あたしが相手をしている間、縁側の下に潜って隠れてな。絶対に声をあげるんじゃないよ。コクンゾさんの時期も近いからなんとかなるだろ」
俺たちはバアさんの言いたいことの半分もわからなかったが、バアさんの顔がいつもとまるで違っているのが怖かった。俺たちと遊んでくれている時の顔じゃなかった。
「いいかい? 絶対に声をあげるんじゃないよ。動かずにじっとしているんだ。あたしがいいというまでだよ。わかったね?」
そういうなり、バアさんは俺たちを縁側の下にもぐりこませた。縁側の下はびっくりするほど冷たくて、外を見るとゆらゆらと陽炎が揺らめいていた。うるさかったセミの声がすこし遠くなる。
「大丈夫だよ。おばあちゃんが守ってくれるから」
Aちゃんの言葉に俺たちは戸惑った。いったいなにから守るんだ?
そいつは、それから5分としないうちにやってきた。
白に黄色い花の模様。着物をきた女の人だ。門のチャイムを鳴らすでもなく、当然のように門を潜って入ってきた。
出迎えるようにバアさんが縁側に立った。ちょうど俺たちの真上だった。
女の足が、縁側のすぐそばで止まった。
三人ともすぐに気が付いた。女には影がなかった。
怖いというより、なんで?と思うほうが強かった。
「ここはあんたが来る場所じゃない」
よく聞こえなかったが、たしかそういう意味の言葉を話していた気がする。
女の声は聞こえなかったが、なにかぶつぶつと呟いているようだった。
俺たちは声を殺して、浅く息をして女が帰るのを待った。暑さなんてもうまったく感じなかった。冷たく湿った砂の上に三人でうずくまり、バアさんの声を聞いていた。
バアさんは根気強く女を追い返そうとしていた。
女の声はほとんど聞こえなかったけれど、バアさんとなにか話していた。
10分もなかったと思う。女は踵を返して門を出ていった。
「もういいよ。出ておいで」
バアさんは縁側に正座していた。少しホッとしたような顔だった。
「もう大丈夫だよ。心配はいらない。ただ、もうウチに来たらいかん」
いきなり過ぎて、俺もマーも驚いた。
「なんで?俺たちが悪さしよったけん?」
「もうせんけん、そんなこと言わんでよ」
いきなりもう来るな、なんて言われて俺たちはもう泣き出しそうだった。いや、泣いた。どうじでーって感じ。
「お前たちの為だよ。わかっておくれ」
わかるかボケーっ、と泣いて抵抗したが、バアさんは許してくれなかった。
俺たちとバアさんは疎遠になり、それから何年も会わなかった。
中学に入り、思春期ということもあってAちゃんとも気まずくなった。別に中学生デビューして綺麗になったから話すのが急に気恥ずかしくなったわけじゃない。
中学二年の夏休みだった。家で64のゴールデンアイをプレイしていると、家にAちゃんから電話がかかってきた。
俺がやや照れながら電話を取ると、Aちゃんが泣いていた。マジ泣きだった。
「お婆ちゃんが、亡くなったの」
一瞬、なにを言ってるのかわからなかった。
あのババアが?
なんで?
「俺くん、お願い。最期にお婆ちゃんにあってあげて」
俺は一緒にいた友達に急用が出来たと言って、サンダルをはいて家を飛び出した。チャリに飛び乗り、むちゃくちゃに漕いで急いだ。
鯨幕を見つけた瞬間、胸を無理やりギューっと締め付けられた。
チャリを放り捨て、サンダルを脱ぎ捨てながら玄関を駆け上がった。
玄関や庭に大勢の人が集まっていたけど、そんなものはどうでもよかった。
「俺くん・・・」
Aちゃんが泣き腫らした顔で、俺を出迎えてくれた。隣には制服を着たマーの姿が。こいつも涙と鼻水でひどい顔だった。
当時の俺は焼香なんて知らなかったし、そういう礼儀がどうとかも考えてなかった。
棺桶を覗き込むと、バアさんが横たわっていた。バアさんは俺の知る頃に比べて、ガリガリに痩せ細っていた。
バアさんは死んでいた。
それからのことはよく覚えてない。
縁側でマーとAちゃんの三人で泣いた。
Aちゃんのお父さんが気を遣ってくれて、俺たちに留守番を任せてくれた。
「俺くんとマー君だね。母から話は聞いてたよ。母の相手をしてくれてありがとう。病床でも君たちの話ばかりしていたんだ。本当にありがとう」
俺たちは涙でぐじゃぐじゃになりながら頭を下げた。
「君たちに手紙を預かっているんだ。よかったら見てやって欲しい」
出棺し、火葬場へ向かう霊柩車を見送って、俺たちは手紙を開いた。
バアさんの字は達筆で、読みにくかった。
内容は書かない。
これは俺とマーだけの秘密だ。墓まで持っていく。
ただ、あの女のことは書いておく。バアさんの説明が正しいのかどうかは分からないが。
まず、あの日はお盆だった。マーはタチの悪い悪霊に目をつけられていて、あのままだったら一緒に連れて行かれていたらしい。
バアさんは訪ねてきた女を追い払おうとしたが、無理だった。仕方がないので代わりに自分で我慢しとけと言ったらしい。
ただいつ迎えに来るかは分からなかった。それに俺たちがここに近づくのも危険だと判断したらしい。
要するに、バアさんは俺たちの身代わりになったわけだ。
勝手に。
誰もそんなこと頼んでねぇのに。
俺たちは歯を食いしばって泣いていた。悲しいのと悔しいのとで、もうぐじゃぐじゃになっていた。
「グゾババア」
俺たちはバアさんに守られていた。
その後、Aちゃんに話を聞いたが、元々Aちゃんの家は巫女の家系らしく(そういえばAちゃんも祭りで巫女舞してたな)、バアさんはかなり霊感が強かったそうだ。
俺たちの目には、あの女の顔はどうしても見えなかったが、Aちゃんには見えたというから彼女も霊感があるのだろう。
俺はもう地元を離れて生活しているが、石榴と聞いて思い出すのは、楽しくて仕方なかったバアさんのことだ。
そういや、結局あのザクロは食ってねぇな。
今度帰省したらマーに頼んで食わせてもらおう。
余談だが、中3の時に俺はAに告白してフられ、憂さ晴らしに夜のフェリー乗り場でダイブした。
マーは大学で偶然、Aちゃんと再会し、去年結婚した。
もしかしたら、バアさんには未来も見えていたのかもしれない。
怖い話投稿:ホラーテラー 不幸満載さん
作者怖話