僕の住むアパートには、幽霊が出る。
白い服を着た、髪の長い、若い女の幽霊だ。
彼女が何故このアパートに憑いているのか、何を恨んでいるのかは分からないが、割と日常的に現れる。
『ぎゃーっはははははっ!』
不意に暗闇から現れ、不気味な笑みを浮かべながら、高らかな笑い声を上げる。
そうして、慌てふためく僕を見ては、満足そうに消えていく。
その繰り返し……僕にはそれが、堪らない恐怖だった。
その幽霊は、僕のみならず、アパートの住民全てが目撃していた。
そして皆同様に、僕と同じ恐怖を味わっていたのだが、隣のおじさんだけは違った。
「彼女は人を脅かして遊んでいるだけだから、やらせておいてあげなさい。害はないから」
そんな事を言われたって、怖いものは怖い。
ってかそもそも、害のない幽霊なんているのか?
現世に強烈な恨みを持ち、人を呪い殺そうとしているからこそ、こうして現れるのではないか?
いつか誰かが殺される……僕にはそう思えて仕方がなかった。
そんなある日のこと。
夕食を作る為に、台所で包丁を握っていると、不意に照明が消えた。
驚き振り返る先、あの女の幽霊が、居間の中央に立っていた。
『ぎゃーっはははははっ!』
次の瞬間、グサッという鈍い音と共に、右足の甲に走る鋭い痛み。
慌てて視線を下に向けると、スリッパ越し、包丁が足に突き刺さっていた。
思いがけぬ出来事に、増幅する恐怖。
「こっ、殺されるーっ!!!(絶叫)」
台所にしゃがみ込み、両手で頭を抱える僕。
包丁が足に刺さったのは偶然では無い、女の幽霊がそう仕組んだのだ、そう思った。
そう、やはり彼女の目的は、人間を殺す事だったんだ!
『ちっ、ちが……』
不意に耳に届く、幽霊の声。
視線を向けると、彼女は何故か狼狽しながら、顔を小刻みに振っていた。
そして、何ともばつの悪そうな表情を浮かべながら、闇の中に消えて行った。
以来、あの女の幽霊は、僕の前『だけ』には現れなくなった。
(他の部屋には今でも出る)
きっと、僕が驚いて包丁を落とすのは、彼女にも想定外の出来事だったのだろう。
怖い話投稿:ホラーテラー 匿名さん
作者怖話