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中編5
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深夜のハイキング

これは俺が中学生のときに林間学校で体験した話。

通ってた中学校は、中学二年になると、とある林間学校に2泊3日で行く。

「受験競争に勝てるような精神力を養う」という全くもって面倒な理念の元、深夜のハイキングが実施されるのであった

この深夜のハイキング、午前12時に林間学校を出発し、山道を五キロ踏破するといったものだった。

帰りは、昼間なので問題ない。だが、なにぶん出発は深夜ということで 、事前にレクチャーが念入りに行われた。

行動は班単位。

1つの班は男3人、女3人。持ち物は、懐中電灯(班に二つ)、人数分の非常食、雨ガッパ、地図、方位磁石。もし、迷ってしまったらその場待機で先生を待つ。差し詰め、そんな感じであった。

そして、時計の針が深夜12時を指す頃、俺の班も深い森の中へ出発した。

道は細く、人ひとりが通るにやっとで、周りに生い茂る木々はかなり高い。近くに沢があり、流れる水の音と葉が擦れ合うが静寂を支配していた。

男女交互に1列な為か、あまり会話もない。

たまに声にするのは

「ここ崩れてるから気を付けて」

などの足元に関する注意を、班長である俺が発するくらい。

――2時間くらい経った頃であろうか。

雨が降り始め、雨脚が激しくなった。

「雨合羽着て――」

俺が指示すると、みんな雨合羽をいそいそと着た。

「班長、1メートル先も見えないね……」

後ろの女子が不安げに話し掛けてきた。

とにかく、俺たちが出来ることは足元に注意し、進むことだけだった。

途中、鎖を伝いながら登る斜面やぬかるんだ道に苦戦しながら行進は続いた。

道程の中ほどで、激しい雨音をかき消すくらいの雷鳴が轟いた。

閃光と共に聞こえる雷鳴は、雷鳴といった生易しいものではなく、爆発音であった。

暫く進んで、少し開けた場所を見付けると休憩と点呼をとった。

「これヤバくないか?」

「帰ろうよ――」

周りの口から出るのは、やはり引き返した方がいいといった意見。

「じゃあ引き返そうか……」

俺が言い掛け刹那、進行方向の雨のカーテンから隣クラスの担任のT先生が声を掛けてきた。

「お前たち、大丈夫か?」

激しい雨で顔は見えないが声は確かにT先生だ。

「T先生、話し合いの結果、引き返した方がいいってことになったんですが……」

「大丈夫、山頂は直ぐだ。先生についてきなさい――」

T先生がそういうなら従うしかないし、疲弊して考える力もなかったというのが本当のところとか。

俺たちは、肩に食い込むリュックと鉛のような足を引き摺るように雨のカーテンの中を歩き続けた。

――ズシャズシャズシャ

力強く泥濘を踏み締めるT先生の足の心地よいリズムに催眠状態になっていた頃であった。

気が付けば、山道を逸れ、獣道みたいな道なき道。ぼーっと、T先生の足元をただ見ながら来てしまった

トントン

後ろの女子に肩を叩かれた。

「ねぇ……こんなとこ歩くのおかしくない?地図からも大幅にずれてるよ」

確かにおかしい。俺は雷鳴に負けないように大声でT先生に訊ねた。

「T先生!道間違ってませんか?」

先生は立ち止まり、振りかえることなく答えた。

「ああ。大丈夫だ。この先に雨を凌げる洞穴があるからそこまで頑張るんだぞ――」

その旨を後ろの連中にも伝えた。

それから、傾斜のきつい斜面に生える木々の間を縫うように進んだ。

また、後ろから伝言がきた。だが今度は耳元で囁かれた。

(やっぱりおかしいって。先生がルール破るなんて。あれ本当にT先生?)

(ちょっと確認してくる)

俺はT先生に気付かれないようにないように斜めから静かに忍び寄った。

――ピカッ

雷の閃光が、一瞬、T先生の横顔を闇夜に浮き上がらせた。

顔にはぽっかりと穴が空いていた。その穴から烏賊の脚のような滑り毛のある触手が無数に顔を覗かせていた。

にゅるにゅる

不規則に動く触手に生理的嫌悪感を抱いた。

こいつはT先生でもなければ人間でもない。

俺は声を上げそうになるのを両手で口を必死に塞ぎながら、仲間のところまで歩みを緩めた。

(おい、みんな止まれ止まれ)

(どうしたの?)

見たものをそのまま説明した。

(だから引き返すぞ。伝言頼む)

後ろまで伝わったかどうかの瞬間、1人で進み続けてたあいつが大声で話し掛けてきた。

「おおい……お前たち何処へ行った……洞穴は直ぐそこだぞ」

俺はみんなと一塊になり、声を上げないように、懐中電灯も消したまま、速やかにこの場所から逃げるしかなかった。

「おおおい何処いったああ」

後ろから定期的に聞こえる何かのから発せられる声。声が聞こえる度に、女子は肩をビクッと震わせ泣きそうになっている。いや、女子だけじゃない全員だ。

それでも歩みを止めるわけにはいかない。

雨は容赦なく身体をうちつける。

お互い励まし合いながらひたすら歩き続けた。

「……お……何処……」

次第に声は遠退いて行った。

漸く山道に戻ったとき雨の中からあの声がした。

「おい!お前たち今どこから来た?」

T先生の声だった。追跡を逃れたと安堵した矢先の出来事に、一同パニックになった。

「お前たち落ち着け。どうしてあんな道もない急な斜面から降りて来たんだ?危ないじゃないか」

目の前にいたのは紛れもなく本物のT先生だった。

全員一斉に理由を説明し始めたから、先生は要領を得なかったみたいで取り敢えず、林間学校に帰ることになった。

帰り道も生きた心地がしなかった。異常な雰囲気の一同を見てT先生は心配し、声を掛けてくれたが、その度に女子は泣いた。

空気を読んだT先生は、次第に話し掛けてこなくなり、寡黙な行進が林間学校まで暫く続いた。

林間学校に着いて、一通り、先生方に恐怖の出来事を説明したが、当然信じて貰えることもなく……。一応不審者がいたかもしれないと地元警察には連絡を入れてくれたみたいではあったが。

その後、大学生になった今でもあの山とあの化け物について調べてはいるが、なんの曰くも見当たらない。

最後まであれがなんであったか分からないままだ。

ただ、あの中学校は相変わらずあそこの林間学校で深夜ハイキングを実施しているらしい

俺に出来ることは、雨が降らないことを祈ることぐらいだ。

怖い話投稿:ホラーテラー 竹内ハイツさん  

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