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中編6
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「旅行関係」

仕事でとある県に行った時のこと。

城などの観光地が近く、土曜の夜だったこともあり、自費で一泊して翌日ゆっくり帰ろうと思っていた。

宿を探している時に、昔からこの県に観光で頻繁に来ていた旧友のYに、数年前に貰ったアドバイスを思い出した。

少し地方だと、新しそうなラブホテルに泊まった方が、安いし部屋は広いし、素泊まりにはいい。

特に俺が今回訪れた県はそれが顕著だと言っていた。

但し、一抹の虚しさは避けられないが。

それでもたまにはいいかな、一度くらい試してみよう…。

ちょうどよく新しそうで綺麗なラブホテルがあったので、チェックインしてみた

確かに安い。

そして広い。ルーOインとかドーOーの並の部屋の4~5倍くらいのスペースがある。

多分特別広い部屋なんだと思うが(どうなんでしょうか、長O県松O市の方々)。

シャワーを浴びて、ベッドに寝転がる。

その時頭側のベッドマットと木枠の間に、何かが挟まっているのに気付いた。

市販のDVDだ。

油性ペンで、「旅行関係」と書いてある。

誰かの忘れ物か。

…。

中身に興味が湧いた。

フロントでは成人向けのDVDレンタルもしているので、この部屋にもプレーヤーがある。

ディスクを挿入し、再生してみた。

ベッドに座って会話している様子の若い男女の姿が映った。

何故か音声は無かったが、恋人同士なのだろう、むつまじい様子が伝わってくる。

よく見ると、二人がいるのはこの部屋のようだった。

ここで撮影したのか。

まさか隠し撮りというやつか?

場所柄から考えて、まだ衣服を来ている二人だが、いずれは脱いでしまうだろう。

下衆な奴がいるものだと、停止ボタンに手を伸ばした。

しかし。

気になり、部屋の間取りを確認する。

どうも二人とカメラの位置関係からすると、カメラの据えてある方向にはただ壁があるだけで、チェスト一つ無い。

これではカメラを隠す事など出来ない。

この時に気付いたが、画面もやや手ブレしているのだ。固定していない。

盗撮でないということは、二人は納得ずくで、同室の第三者に撮影させていることになる。

…彼らはそういう趣味なのか。

まあどちらにせよ、大して見たいものではない。

俺はプレーヤーを停止し、ビールを一缶空けて寝てしまった。

翌日の夜、東京のアパートに戻り、明日の出社の為の荷物の整理をしていた。

すると鞄の中から、あのDVDが出てきた。

うっかり持って帰ってしまったのか。そんな覚えは無かったが…。

ついしげしげとディスクを見ていたら、あることに思いが至った。

ディスクに手書きされた「旅行関係」の文字。

門がまえの書き方、独特の右肩上がりに見覚えがある。

これはYの字じゃないか。

これはあいつの忘れ物か。

俺はYと同じホテルに泊まったのか。

なにやってんだか、あいつは、全く…。

勿論気のせいかもしれないが、それでも旧友の事を懐かしく思いだし、何だか声が聞きたくなった。

最近は縁遠くなってしまい、電話もしていない。

Y、お前の好きな県に、俺も行ったんだぜ、そしてもしかしたらお前と同じホテルの部屋にだな…

たまにはそんな他愛も無い話をしてみようかと、Yの携帯電話番号をコールした。

しかし、番号が変わったのか繋がらなかった。

この機会だ、Yの新しい番号を確認しておこうと、共通の友人のMに電話してみた。

こいつと話すのも数年ぶりだ。

Mはすぐに出た。

「ああ、もしもし、M?久しぶりだな」

少し世間話をしてから切り出す。

「M、そういや、Yって番号変わったか?」

「Yか。お前知らなかったのか。あいつ、去年死んだぜ。交通事故だ」

「…え?」

「この話あまり広まってないみたいだな、俺も知ったのはついこの間だ」

全く知らなかった。

「…M、俺さ、Yが旅先で落としたらしい物をたまたま拾ったんだ。DVDなん

だけどさ」

「あいつ、よく彼女と旅先で二人の思い出作りに撮影してたらしいからな。

巡り合わせだな。とっておいてやってくれよ」

言われなくても、捨てる気にはなれなかった。

Mが続けた。

「DVDっていや、俺が最後にYと話した時におかしな事言ってたな。

えらく悲壮な感じで切り出してきて、変なDVDの事で困ってるとか。

詳しく聞いてみたら、段々しどろもどろになって、結局は彼女との旅行先で撮影した映像がうまく撮れてなかった、なんてしょうもない話だったけどな」

「その彼女はどうしてるんだ?」

「少し前に別れたらしい。そのせいか、死ぬまでのYは、ちとノイローゼ気味だったとかなんとか」

そんな話をして、電話は終わった。

ディスクを眺める。

これも形見の一種と言えるのだろうか。

夕べは気付かなかったが、映っていたのはYとその恋人だったのだろうか。

最後に確かめたい。

際どいシーンまでは見るまいと決め、もう一度DVDを、今度は俺の部屋で再生してみた。

その時に画面に映った光景を俺はきっと一生忘れない。

これはYじゃない。

映っている男は明らかに別人だ。

最近会っていなくてもそれぐらいは分かる。

赤の他人だ。

Mはさっき何と言っていた?

Yが悲壮な感じで話し始めて?

途中でしどろもどろになり?

しょうもない話で終わった?

Yは恐らく、奇妙な映像が映ってしまったDVDのことを、Mに相談しようとし

たんじゃないだろうか。

しかしいざ話し出してみると、

自分の勘違いか、

ちょっとおかしい奴だと思われるか、

或いは恐ろしすぎて口に出せなくなったのか。

そのいずれかで、下らない話にシフトしてごまかしたんじゃないだろうか。

テレビ画面にはベッドに座った男が映っている。

昨夜とは違い、たった一人で。

それだけならば、俺が昨夜見ていないチャプターの映像なのだろうと思う。

しかし今夜の男は、恋人らしき女性に向けていた屈託の無い笑顔が嘘の様に、全くの無表情だ。

半開きの口は人形の様。

何の感情も顔に表れていないのに、目だけがやけに生々しい。

そして、瞬きもせずに画面のこちら側を見ている。

俺と目が合っている。

体が急に固まった様で、微動だに出来ない。

男の肌もおかしい。

昨夜見たときにはごく普通の肌色だった。

今は、青みがかった茶色、その濃淡のまだら。

腕も、胸元も、顔面も全て。

呼吸すら忘れたように、俺は身動き出来ずにいた。

男はずっと俺を見ている。

いや違う。

男の焦点は、俺から外れている。

奴が見ているのは、もう少し遠くだ。

俺の後ろだ。

そこに何があるというのか。

奴の興味を引くものなんて、俺の部屋には無いはずだ。

いや。

さっきまではディスクの中で共にあった誰かを、

奴は見つめているのではないか。

女が画面内に映っていない。

もうそこにはいないのなら、

じゃあ今は、どこにいる?

俺はゆっくり振り返った。

見慣れた部屋だ。何の違和感も無い。誰もいない。

そうだ、全ては何かの間違いだ。

胸中で呟いた俺の首筋に、後ろから誰かの冷たい指が絡みついた。

俺は悲鳴を上げてアパートから靴下のまま転がり出た。

歩道に出て少し走り、足の痛みと酸欠で立ち止まる。

次の瞬間、右半身に強い衝撃を感じた。

そのまま転倒した俺は頭を打ち、しばらくのあいだ朦朧としていた。

はっきりと意識が戻った時には、俺は病室にいた。

歩道を走っていたロードバイク(高速自転車)にぶつけられたらしい。

向こうが無灯火だったこともあり(この県は普通の自転車でもやたらと無灯火が多い気がする)、非常に恐縮されたが、大した怪我ではなかった。

なぜYがあんな映像を撮影したのか。

今となってはもう分からない。

Yの交通事故の原因も、偶然なのか、この映像のせいなのか。

Yの別れた恋人は、この映像のことを知っているのか。

あの男女は誰なのか。

あのホテルで何があったのか。

今となっては、もう。

追求する気も、無い。

退院した俺は、明るい内にあのDVDを取り出し、近所の寺に電話した。

産まれて初めてだ、ものの供養を依頼するのは。

翌日ディスクを寺に納め、それ以来、おかしなことは起こっていない。

怖い話投稿:ホラーテラー 匿名さん  

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