中編7
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笑う生首

随分と昔になりますが、私が若い頃に、とある工場で働いていた時の話です。

自分の住んでいた町から 五つ程離れた町の駅に勤めていた工場がありました。

さほど自分の住んでいた町とは変わらない、少し田舎の雰囲気が漂う風景です。

両親に会いに行こうと思えば行ける距離ですが、私は、その工場の独身寮で生活をしました。

私が、初日に就く前に、その独身寮の空いている部屋を工場長に案内され、古びたドアを跨がり、中を拝承し、外から見た外壁というか、建物全体の構造からは思ったより感じがよく、日当たりも良好で「悪くないな」と思いながら荷物を床に置ました。早速、荷物の整理を始めました。

それから一ヶ月後には、その寮での生活にも仕事仲間とも、だいぶ落ち着いて来た頃でした。仕事が終わり次第に、よく隣に住むAさんと酒を飲む仲になり、私の部屋やAさんの部屋やらと交代交代で飲み会がありますが、他にもまだ三人か四人ぐらいと多人数でも飲んでいた時もあります。その中でも一番よく飲む仲はAさんでした。

いつものように仕事が終わりAさんの部屋で軽く飲んでいた時です。

他にも、その日はBさんやCさんもいました。男ばかりですが年齢が近いAさんとBさん。少し年配のCさん。

仕事の話だとか昔話とかにあれこれと話が盛り上がって来た時に、私はある事を聞いたのです。

「ところでさ、僕の前はどんな人が住んでいたの?」

「…………」この質問に三人の手と顔の表情が止まりました。聞いちゃいけなかったかなと思い

「……普通の若い兄ちゃんだったよ…。なあ」年配のCさんがそう言いAさんに(そうだろ?)みたいな顔をしてきました。それに対してAさんも

「ああ、真面目な奴だったな」と。三人とも詳しい話はしてくれませんでした。入ってすぐに、家庭の事情ですぐに辞めて行ったと三人が口を揃えた為 私は「そう…」と小さく頷くしかありませんでした。

皆が帰り私も自分の部屋に戻り、気がつけば布団の上にゴロンと横たわり、いつのまにやら眠ってしまいました。

しかし、おかしな事にまだ真夜中というのに夜中の2時前後に目が覚めたのです。いつもなら朝までグッスリなんですが、どういう訳かその時は目が覚めました。こんな事もあるもんだ…と、また 欝すらと眠りにつこうとした時です。

「ギャアァァァァァァ!」

獣が鳴くような悲鳴でした。

Aさんの部屋からです。

私は最初、悲鳴の大きさに驚き、暫く身体が動きませんでした。すると直ぐさま、私の部屋のドアの小さな硝子からAさんの部屋へ駆け寄る足音と人影が見え、Aさんの様子を見に来た人達が集まりました。ここで私もようやく身体が動き、Aさんの部屋に寄りました。

五人ぐらいがAさんを心配をして駆け寄って来た人達の中からAさんの姿が見えました。

部屋の隅でガタガタ震え

「あいつの生首が出て来た…!!」と泣きながらAさんの近くにいた方に必死でしがみついていて「信じてくれ!」と言わんばかりの泣き顔です。

その後、何とか落ち着きを取り戻したAさんに皆は自分の部屋に帰って行きました。私も自分の部屋に帰ろうとした時に、ガシッと左手を掴まれた。恐る恐る振り向くとAさんでした。そして私に

「一緒に寝てくれないか?怖いんだ。頼む。」

Aさんは空いた左手で拝むように私に懇願してきたのです。

内心は「え〜…。」と思いながらも気の毒に思い、Aさんの部屋に泊まりました。

先程の影響なのかAさんは電気を付けたままにしており目が冴えているようです。

お互いに何も話す事は出来ませんでした。

気がつけば、いつのまにやら眠りについており朝を迎えていた。

Aさんは変わらぬ顔で私に「付き合ってくれて、悪ぃな」と挨拶程度な会釈をしながら作業着に着替えてました。私はAさんに誰の生首なのか?気になりましたが、あえて言いませんでした。何事もなく仕事が始まりましたが、しかしAさんは元気がない状態を時折顔に出てます。

それでも普段と変わらない態度を無理に装っていた気もしました。

昼休みに夜中の出来事が耳に入ったのかBさんとCさんがAさんに話しているのを見ましたが会話は聞き取れません。

その夜はAさんと二人で飲みました。昨夜の事があったのかAさんはいつもより沢山、酒を飲み、そしてまた「一緒に寝てくれないか?」と懇願してきたのです。

やだなぁ〜と思いながらも先輩の頼みなら仕方ないなと半場諦め、その日も付き合いました。

しかし、恐れていた現実が起こりました。

その夜も明かりは付いたまま私達は眠りにつきました。私は壁側に顔を向け横向きに眠っており、その隣にAさんが少し離れた場所で寝息を立てていました。酒の臭いがいまだに部屋に残ってます。

そして、壁側から身体を何気なくAさんの方に向けた瞬間

「!!」

います…!

Aさんの寝顔を見ているのか畳から首だけがジーとAさんを見ているようでした

後ろ姿で私にはボサボサの髪しか見えませんがそれだけでも首だけという恐ろしい者に眠気も一気に吹っ切れたのです。

確かにそれは生首でした!

私は悲鳴を上げたいのに身体が硬直して、ただただ震えるしか出来ません。

それだけではなく付いていた明かりが何故か消えているのです。

真っ暗な部屋に私の目の前に後ろ姿の生首がジーとAさんを見ています。

そしてAさんがやたらと寝苦しい顔になってきて時に、その生首はゆっくりと私の方へ振り向こうとしたのです。

「…………」

「振り向くな!」心の中で何度も叫びましたが、その生首はゆっくりですが私に向けようとします。背中に汗が流れ落ちるのを感じました。額にも汗が流れ全身に寒気を感じます。そして顔が三分の一程になった時に、

「ギャアァァァァァァ!」

生首に気付いたAさんの悲鳴でした。Aさんはあまりの恐さに布団で顔を隠し、ぶるぶると震えてます。私も同じように布団を頭まで無我夢中で被りました。

しかしダメです。ガクガク震えながらあの生首が頭から離れません。

そしてまた、周囲の人達が駆け付ける足音が震える身体からも聞こえました。昨夜と同じようにAさんは必死で周囲の人達に泣きながらしがみついてました。

「出たよ!また!あいつの生首が!」

その時に私も

「僕も見た!何なんですか!?あれは!……Aさん!あいつって誰だよ! 」

私はAさんに少し叱責するかのように問い詰めましたがAさんは泣きながら話せる状態ではありません。

そしてまた、また何とか落ち着きを取り戻しましたが今回は時間がかかりました。

翌朝、私がAさんの部屋で目が覚めましたが、Aさんはどこにもいませんでした。

もう先に出勤かと考えましたが作業着はそのままです。その朝、会社で聞いた話だとAさんは朝早く工場長と一緒にどこかへ車を走らせたそうです。

BさんとCさんが話があると昼休みに言われ、私は仕事が終わり次第、三人で小さな居酒屋に寄りました。

少々、騒がしかったのを覚えていますがBさんやCさんにはこの場所の方が話しやすいと言われ居酒屋の暖簾をくぐりました。

「お前とAが見た生首はきっとKだろう」

「…K?」 私には初めて聞く名前です。

酒好きな二人が今回はあまり酒が進まない状態でした。話はほとんどがCさんが語りBさんがそれに頷くような語らいでした。

「Aは昔Kという奴がどうも苦手なタイプだった。

まあ悪い奴じゃない。大人しくて真面目な男だったよ。ただ…仕事がなかなか覚わらない奴で、Aがそいつを、からかい始めたんだよ」

「そんな風には見えないけどね…Aさんって」

「あいつ酒好きだろ」

「ええ…」

「実はな、あいつ酒なんか全く飲まない人間だった。……ある事故があってね…」

「事故?」

「いつものようにあいつがKをからかった時に、Kが珍しく怒ったらしく、それがあいつもまた、カッとなって、仕事が終わった後にAがKを誰もいない所に連れて行き、ボコボコに殴ったらしい」

「酷い…」

「その時に、Aが殴るのを止めた時にはKは動かなくなっていたんだ」

「………」

「気がつけばKは意識が無く全く動かなくなった。怖くなったあいつは、その場でKを置き去りにして、取り返しのつかない事に俺に家に電話を掛けてきた。俺はAに言われるままAの所へ行きKの倒れてる所へ行った。大至急に病院へ運んだが、頭を強く殴られていたせいか、意識不明のまま今でも入院している。」

「それと生首とどう関係しているんすか?」

「わからない。ただ昨日の昼休みにAと話した時にKの生首だった言っていた。不気味に笑う生首だったそうだ」

「信じられない…。あのAさんが…。」

「それからだろう。あいつが酒に溺れたのは…」

Cさんは日本酒をチビチビと飲みながら語りだし、最後はグーッと飲み干した。

「Kも独身寮で生活していてね…。それが今のお前の住んでいる所だ」

「えっ?じゃあ、なぜ俺が。入院しているなら、いつ戻るかもしれないし」

「もう半年過ぎてるんだ、それだけ意識が戻らないんだ。……もう、植物状態かもしれないとされている」

「Aには言うなよ」Bさんがここで初めて口を開いた。

「AがKを殴った事実も俺とBだけで隠してる。しかし、もしKの意識が戻ったら、俺達は必死でKに謝れとAに言った。恐らくAは後悔しているだろう。自分のやった行いがあんな形になるとは」

「だからKの居た部屋にお前が来た時はAはKにもう一度仲良くしたい気持ちでお前と接してたと思う」Bさんがそう言うと最後の日本酒を飲み干した。

あれからAさんは会社に来ましたが、仕事が終わる度にKさんの病院へ毎日、足を運ばせていた。私もBさんもCさんも意識の戻らないKさんに見舞いに良く行った日もあります。Aさん自らが決意したKさんと向き合う姿勢にAさんは謝りたかったのだろう。Kさんは優しく大人しい顔をしていた。

病院へ足を運ぶようになってからかAさんは生首を見る事はありませんでした。

そしてAさんの心の叫びがあったのかAさんKさんの看病をしてから五ヶ月後にKさんが意識を回復したそうです。

その時のAさんは何度も何度も大粒の涙を流しながら自らの過ちをKさんに謝罪しました。

怖い話投稿:ホラーテラー 匿名さん  

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