あれは記録的な猛暑が続いたある年の夏の出来事でした。
大学を卒業し「形だけでも自立」をと思った僕は、カラオケ屋のアルバイトでもやっていける様な激安物件を探していました。
そんな時、運よく不動産の仲介業をしていた高校時代の同級生Aから一本の電話がありました。
A「おう、でたぞ!激安物件!」
彼の会社にとあるアパートのオーナーから、仲介の依頼が来たそうです。家賃18000円。
僕「おいおい、まさか『でる』んじゃないよな?」
A「おい。友達を疑うのか?」
僕「だって安すぎだろ」
A「俺は専門だぞ?なんかあるなら分かるってw」
一応、Aを信用し真っ先にその物件で契約をしました。
アパートは2階建てで、中庭を挟んで2棟ありました。よくある××アパート①と××アパート②という安易なネーミングのアパートです。
図にすると
□庭□
□庭□
□庭□
□庭□
こんな感じです。
僕は1階の角部屋に入居しました。
一通り引越しが終わると、すっかり日が落ちて夕方になっていました。
汗でびしゃびしゃになったTシャツを洗濯機に放り込み、部屋のシャワーを浴びてから泥の様に眠りました。
僕「・・寒いな」
真夏だというのに、何故か寒気を感じて目を覚ましました。
真っ暗な部屋が、今は深夜であることを物語っています。
僕「今・・何時?」
枕元に置いてあった携帯を手探りで探します。無造作に携帯を開くと、不意にディスプレイの明るさで目が眩みました。
携帯の時計は深夜3時を表示していました。
僕「うぅ・・」
少し頭が冴えた処で、ブルブルと全身を悪寒が包みます。『風邪でもひいたかな?』と思い、まだダンボールから出していない衣服を探そうと電気をつけました。
僕「あれ?停電か?」
何故か電気がつきません。そして異常なモノに気づきました。
中庭に面したベランダからの外明かりで、薄暗く部屋の中が見えていたのですが、そのベランダが10cmほど開いていたのです。
そしてその隙間から雪が入ってきました。この真夏に外が吹雪なのです。
僕「おいおい嘘だろ?」
この寒さの正体に気づいた僕は、とりあえずベランダを閉めようと近付きました。
まさにベランダに手をかけた瞬間のことです。
バン!
僕「わああぁぁぁぁ!」
突然、吹雪の中から人影が現れました!
バン!バン!
突然現れた人影がベランダを両手で叩いています!
突然の出来事に腰を抜かながらも、僕はベランダを叩いている人物を見つめていました。
『老婆』でした。
よくよく見ると、部屋着のような薄着で吹雪の中にいます。
泣きながら「あけて」「あけて」と言っている様でした。
ちょっと考えれば「霊」かも知れないと思うのですが、何故かその時は「助けなくては」と咄嗟にベランダを開けました。
大量の雪と一緒に部屋の中に倒れこんだ老婆に「大丈夫ですか?」と声を掛けながら、急いで布団で身体を包みました。
僕「いま、救急車を呼びますからね!」
玄関に向かいながら震える手で携帯を開き、110番を押そうとした時です。
・・・暖かいねぇ・・・
その声に振り向くと、老婆は居ませんでした。
先ほどの雪も消え失せ、部屋の温度も「夏」に戻っていました。
プルルルルル
携帯の着信で目が覚めました。
どうやら昼過ぎまで寝ていたようです。
Aからの電話でした。ずいぶんと嫌な夢を見たもんだと、寝ぼけた頭を抱えながら携帯を取りました。
A「あ、○?あのさ・・・」
僕「どうした?」
A「その部屋は問題無いんだけどさ・・・」
ハッキリしないAの口調にイラっとした僕は、「だから何?」と強い口調で捲し立てました。
その内容が唖然。
Aが言うには、この部屋に「自殺や事件」は無かった。しかし、よく調べると向かいのアパート、真正面の部屋で昨年、事件があったらしい。
それは真冬に母親(70歳)と2人暮らしの長男(48歳)が、母親を虐待し挙句の果てには、真冬に外へ追い出し、中庭で暮らさせて凍死させたという痛ましい事件が起きた。
僕は怒り心頭で、その日の内に知り合いの住職を部屋に招き、まだ部屋にいるであろう老婆を供養してもらいました。
お経を読み終えると、住職は「○君のお婆ちゃんの部屋だったのかい?」と尋ねてきました。
僕「・・?何故です?」
住職「いや、○君の後ろにいるお婆ちゃんが嬉しそうな顔をしているからね。きっと良い守護霊になってくれているよ」
僕「・・・そうですか」
・・・数日後
Aを立会人にして、部屋を空けた。
A「なぁ、なんで引越すんだよ。供養してもらったんだろ?」
僕「いや、ここはわけあり物件だよ。」
A「なんで?成仏したんじゃないの?」
僕「ここにいちゃ、お婆ちゃんが可哀相だからさ」
お婆ちゃんが亡くなる時、住民達は虐待を知っていたハズです。
そして誰もお婆ちゃんを助けずに見殺しにした。
部屋を立ち去る時、最後に振り返ってアパートを目に焼き付けました。
本当に怖いのは、やはり生きている人間かも知れません。
怖い話投稿:ホラーテラー 店長さん
作者怖話