蝉が一匹、また一匹と鳴き始める初夏のよく晴れた日。
俺はいつもの4人でいた。
調子が良くすぐに誰とでも打ち解けられる堅一、幼少の頃から師範である親父に柔道を叩き込まれ礼儀作法を重んじながらも若さのそれが相まって俗に不良と呼ばれる友哉、ニコニコと皆の話を聞き何事も合わせてくれる無口な昭弘。
一見アンバランスな面子だが妙に居心地が良く何をするにも一緒だった。
「あっちーなー。旅行でもいくか。」突拍子もない裕也の発言に今更つっこむ者はおらず、「いいね。どこ行く?」堅一の一言で話は進んでいく。
「どうせなら、泊まりでいきますか。俺らもう大人だしね。」
「尚吾たまには良い事言うね。旅館とか泊まってみたいかも。」
堅一が目をきらきらさせながら俺に言う。
「旅館なら俺すげーとこあるの知ってるよ。隣の県だしさすぐ行けるっしょ。」
「ちょっと待って!友哉それって例の旅館じゃないよね?あのおばけ座敷?」
「ん?堅一も知ってんの?有名だもんな。男だけで泊まるんなら、そっちのが面白いべ。なっ尚吾?」
「・・・まあ、普通に運営してるし単なる噂でしょ。いいんじゃない?」
「初めて泊まる旅館がおばけ座敷かよ。友哉が言うんならどうせ決定でしょ?」
堅一が半ば諦め口調で言った。
「昭弘もそれでいい?」
俺が聞くとニコニコしながら、無言で頷いた。
一週間後、4人は準備をすませ俺の車に乗り込んだ。
3時間も走ると例のおばけ座敷が見えてきた。
「ここに泊ると絶対心霊現象にあえるらいいぜ」
友哉が声を荒げて言う。
「俺のじーちゃんでも知ってる位、有名だもんね。でもなんでおばけ屋敷じゃなくて座敷なんだろう?友哉知ってる?」
「そんなん何だっていいじゃん。尚吾はいちいち細けーんだよ。」
そんな雑談をしている内に4人は目的地に到着した。
大きな朱色の門をくぐって玄関に入ると、着物姿の女将さんが出迎えてくれた。
おばけ座敷は例のいわくから想像も出来ない程に外観、内装共に立派で奇麗だった。
そして俺達は「椿乃間」という一番いわくつきの部屋に通された。
そう、友哉の素晴らしい計らいで。
「すごい綺麗な部屋だね。なんか心地良さは全く期待してなかったから、嬉しすぎて感動するよ。ってか広いね。」
部屋に入るなりあちこちを触りながら堅一が言うと
「当たり前だろ!男4人で泊まるのに狭かったら気持ちわりーじゃん」
すかさず友哉が誇らしげに言い放つ。
確かに広く綺麗なその部屋にみんな拍子抜けし、安堵の表情を浮かべた。
俺達は夕食までの時間を旅館裏の川で潰し、夕食後みんなで露天風呂に浸かって1日の疲れを落とした。
部屋に戻ると人数分の寝具が綺麗に並べられており、各々それに向かって飛び込んだ。
「なんか普通に良い旅行になったね。」
俺は天井を見つめぽつりと呟いた。
「ばーか。夜は今からだろ?つー事はこれからがお楽しみなんだよ!」
「友哉もう諦めなよ。結局単なる噂だったんだよ。それになんだかんだで安心してるじゃん。」
友哉にヘッドロックされている堅一の視線を無視して
「何も起らなそうで良かったね。」
と俺は昭弘に話しかけた。
彼は微笑んで静かに頷いた。
ひとしきり騒いだ俺達は、一人また一人と静かに眠りに落ちた。
・・・・・・バタバタバタ・・
バタバタバタバタ・・
部屋の前の長い廊下を何往復も走り周る様な物音で俺は目が覚めた。
長く眠っていた感覚が真夜中である事を教えてくれた。
・・・バタバタバタ・・・・・
「何この音・・・?」
静まり返った部屋に異常な物音で目覚めた堅一の声がこだました。
「うっせー。どこの馬鹿だよ」
元来寝起きの悪い友哉の声は当たり前の如く苛ついている。
「どっかの部屋で病人でもでたのかな?」
俺がみんなに問いただす。
「俺が見てきてやるよ。」
業を煮やした友哉が立ち上がろうとした時
「待って!緊急なら廊下の電気位つけるでしょ。」
堅一の一言でみんな背筋に寒気を感じた。
無言の刻が永遠に続くかの様に思われた。
外では相も変わらず何かが走っている。
きっと雲に隠れていたであろう月が露になり、障子越に廊下が月明かりで照らされる。
・・・・・・バタバタバタ
来た!このままでは足音の正体が見えてしまう。
が、誰も眼を背ける事が出来なかった。
黒い影は障子の左端からじょじょに姿を現してきた。
影はすーっと右へ移動しながら足音と共に椿乃間の前で止まる。
俺の、いやみんなの心臓は今にも破裂しそうな勢いで鼓動していた。
月明かりに照らされた障子の真ん中にゆらゆらと黒い影が佇んでいる。
部屋の前にいる影。
俺達は金縛りとかではなく、ただ動けなかった。
鼓動に合わせて視界が波打つ。
いつまで続くのか。みんなは無事なのか。一体どうなるのか・・・
色んな思念が浮かんでは消える。
ッガラッッ!!
その時、勢いよく障子が両側に開いた。
逆光で良く見えないが着物を着た少・・女?
「うわああああああ」
俺の後ろで思考をつんざく堅一の雄叫びの様な絶叫が、それにつられる様にみんな叫んだ。
「うわああああああ」
「ああぁぁぁああああ」
「きゃあああああああ」
ん?雄々しい叫びの中に一つか弱い叫び声が。
その主はどうやら例の影から出ている。
そして影はその場に崩れ落ちた。
俺は慌てて部屋の電気をつけた。
そこには浴衣姿の少女が顔を涙で濡らし怯えきっていた。
その刹那。
「ゆかりー!」
これまた旅館の浴衣をきた夫婦らしき2人が廊下の右側から慌ただしく走ってきた。
俺達は放心状態で廊下の3人を見つめていた。
束の間の時間を設け各々が平常心を取り戻す事に努めた。
聞くにゆかりちゃんは夜中寝ぼけながらトイレに行き部屋が分からなくなり、右往左往していたらしい。
そして2つ隣の俺達の部屋に勘違いで入って来たものの絶叫を聞いて腰を抜かしてしまった。
からくりを知りなんとも可愛らしい心霊現象かと俺達はお互いの顔を見合って笑った。
娘の両親は何度も頭を下げ、自室に戻って行った。
去り際にゆかりちゃんが母親に不思議そうに尋ねた。
「なんであのお兄ちゃん1人なのにお布団4つも敷いてるの?」
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
ひとり?
その言葉で俺は全てを思い出した。
ここへくる道中俺の車は飛び出してきた猫を避けて、崖下へ落ちていった。
みんなは?
周りを見渡せば部屋には俺1人だった。
即死だった。
首がちぎれ中身が飛び出し静かに俺を見つめていた。
泣いた。
俺は泣きながらみんなに謝った。
泣きながら名前を呼び続けた。
そして着替えて車を後にした。
なぜ俺だけ無傷で助かった?
俺は逃げたのか?
なぜ女将は布団を4組敷いたのか?
そうだ俺が言ったんだ。
「後で合流しますから。」
ここの裏の川の上流に崖があるらしい。
少しは名の知れた自殺の名所が。
明日そこへ行こう。
という内容の手紙が先日、尚吾先輩から届いた。
消印は4日前。
先輩は2ヶ月前から失踪しており、母親が捜索願いが出していたが単なる家出と警察は真剣に捜索しなかった。
そんな矢先に僕の元へ届いた1通の手紙。
先輩は今では疎遠だが僕が5歳の頃から中学を卒業するまで家が隣同士だった事もあり、大変良くしてくれた。
今でも母親同士の付き合いがあり噂は聞いていた。
なぜ僕にこんな手紙を?
いやそれ以前にこの手紙はおかしい。
なぜなら、先輩は小学6年生の時に精神疾患を患い引きこもっていた。
友達なんてただの1人もいなかったのだ。
この手紙を先輩の母に届けよう。
「お久しぶりです。昔お隣だった山井家の二男の信二です。」
「・・・まあ、信二ちゃん大きくなったわね。」
「おばさんは少しやつれましたね。」
「・・・そう。」
先輩の母親が力なく答え、少しの沈黙が流れた。
「どうしてもお渡ししておきたい物があって、会いにきました。」
そう切り出して僕は鞄からあの手紙を取り出した。
「尚吾先輩から昨日、僕に届いた手紙です。」
彼女は封筒からゆっくりと中身を取り出し、読み始めた。
俯いたまま、ただ黙々と。
読み終えても何も喋らず、ただ時計の秒針の音だけが忙しく鳴っていた。
「・・・もう紅葉は始まっているの?」
彼女が問う。
「はい。草木は枯れ始めています。また新しい生命を息吹く為に。」
「・・・そう。」
「・・・先輩・・友達いなかったんですよ。」
「そうね。中学にも行かずに家にいたものね。」
「・・・」
「・・・」
「車の免許も無いんですよ。」
「・・・そうだったかしら。」
「・・・」
「・・・」
ガチャ。
ドアが開き部屋に警察が溢れ彼女に紙を突き付ける。
彼女は操り人形の様にすっと立ち上がり、手首を合わせた。
僕は、腕を隠され連れて行かれる為に背中を向けた彼女に声を張った。
「最後に1つ。手紙はおばさんが僕に?」
「・・・その手紙はあの崖の上に置いてきたのよ。」
長い冬が終わろうとしている初春のある日。
雪が溶け、新しい生命が産声をあげ始めた。
怖い話投稿:ホラーテラー 四〇八さん
作者怖話