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中編7
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本当は・・・

俺はどうしようもない人間だ。

あの日もいつもの様に母と言い合いになった。

「うっせー。ばばあ殺すぞ。」

俺は母に罵声を浴びせ手をあげ、玄関横の壁を力任せに蹴り家を飛び出した。

父はいつも見て見ぬふりをする最低のおやじだ。

そして単車に跨り、当ても無く流し続け・・事故った。

目が覚めたのは自宅のベッドの上。

なぜか部屋が片されていた。

三日は眠っていたろう空腹で吐き気がする。

時刻は午後8時13分。

「メシ!」

俺は部屋を出て台所の母に命令する。

テーブルにカレーが出され、がっつきながら母に問う。

「俺どん位寝てた?」

答えは無くただキャベツを刻む音だけが響く。

「まだ怒ってんのかよ。うぜーなー!」

母の真横の棚を蹴った。

彼女はビクッと軽く反応し、俺はまた家を出た。

携帯も単車も無く仕方ないので一人暮らしをしている悪友の隆の家に行った。

コイツの家は鍵が閉まっていた試しがない。

部屋に入ると隆が寝ている。

何度も起こしたが、一向に起きる気配が無い。

少し苛立つが仕方ないのでそのまま眠りについた。

起きると隆はおらず、冷蔵庫に一人分の食事が用意されていたので、それをたいらげ家を後にした。

煙草を買いにコンビニに入ると知った顔の店員がいた。

中学の時にいじめていた吉備山だ。

「よう。ちび山じゃん。」

「・・・。」

吉備山は目を合わそうとしない。

「おい!」

「・・・。」

「てめーなにシカトこいてんだよ!」

俺はカウンターを蹴った。

彼はそそくさと奥へ逃げていく。

得意気にレジ奥のタバコを取り、

「ちび山、てめーのツケな。またくっから。」

と店を出る。

先程の煙草をふかしながら、街を歩いていると正面から密入国者であろう外国人と警官が走ってきた。

こんな面白い物はなかなか見れないと野次馬根性で通り過ぎる外国人に合わせ体を動かし傍観する。

すると外国人は俺の前で旋回し、こっちに向かってくる。

その手にはナイフが握られていた。

束の間の出来事になす術も無く俺は刺された。

同時に男は後方より来た警官に取り押さえられた。

刺された腹を押さえうずくまる。

全身から汗が噴き出した。

が痛みがない。

血も出ていなければ、服も無傷である。

刺される刹那に警官が勝ったのか。

不思議に思ったが特に気にもせず帰路についた。

家に着くなりお袋に呼ばれる。

「涼介。」

「あん?」

俺はけだるく返事をした。

「あんたは親不孝な子だよ!」

この一言にまた俺は暴君になりそこらを手当たり次第殴った。

母は怯えて小さくなっている。

部屋に入りタンスを開けると特攻服が無くなっている。代わりに学生服が。

俺はまた暴れた。

胸糞悪く、その夜も隆の家に泊まった。

彼は相変わらず起きない。

それから、一週間は居座り続けたが隆と時間が合う事はなかった。

ある日の夜、吉備山のコンビニで酒を盗んだ俺はほろ酔いの中、久方ぶりに家に帰った。

夜中だというのに母が起きている。泣いているようだ。

相変わらず辛気臭いと半ば呆れ部屋に行こうとした。

「親不孝な子だよ。」

またきれそうになり母のいる仏間に方向転換した。

「なにも死ななくても・・・出来が悪かろうが生きててくれるだけで良かったのに。」

(何を言ってるんだコイツ。)

怒りで我を忘れそうな俺は仏間に一歩入り、唖然とした。

普段は閉まっている襖が開いていた。

そこには小さな仏壇と自分の遺影が。

「んだよこれ!ふざけんなよ!」

近くにあった花瓶を勢いよく蹴る。

花瓶は梁に当たり花火のように砕けた。

「涼介もうやめて!自殺なんかするからいつまでも成仏出来ないのよ!」

泣きながら母が叫ぶ。

(・・・・・・自殺?)

物音を聞きつけ奥の部屋から父が出てくる。

「涼介!もうお前は死んだんだ!これ以上私達を苦しめないでくれ!」

父が母を庇いそう諭した。

訳が分からない。

俺は死んだのか?

そんな訳がない。現にこうやって動いている。

いや、待てよ。

考えてみると確かにおかしい。

ここ数日まともに誰とも会話をしていない。

隆も吉備山も、あの外国人の時も。

頭が真っ白になる。

(俺はあのバイク事故で死んだのか?しかも自殺と思われている。)

なんとも云えぬ虚無感が体に広がる。

自分の体であってないような。

父が言う。

「母さん、もう自分を責めるな。仕方ない事なんだ。」

間髪入れずに母が叫ぶ。

「でも学校から飛び降りる事ないじゃない!」

(・・・学校?飛び降り?)

俺はもちろん高校なんか行っていない。

何かがおかしい。

どうやら俺は本当に死んだらしい。

物理的攻撃はこの体に効かず、姿も誰にも見えない。

声すら届かない。

ただどうしても、両親が言う学校の意味が分からない。

その後の二人の会話から、学校名は分かった。

市内ではあるが少し遠いそこには電車を使わなければ行けない。

(明日の朝行ってみよう。)

その夜は眠れなかった。

始発の動く時間、俺は駅にいた。

切符を買わず駅員の前の改札を通り過ぎるが何も言われない。

しばらく電車に揺られ、バスに乗り換えその場所に着いた。

やはり来た事がない。

途方に暮れながら学校の周りを散策する。

(本当にここなのか?)

そう思いながら、裏側まで来てしまった。

塀の向こうには校舎の裏にある音楽室と理科室が見えている。

と、そこにひっそりと立っている古びた電信柱の根本にたくさんの献花が手向けられているいるのが目についた。

近寄ってみると、そこで亡くなった者を偲ぶ為であろうメッセージカードが幾重にも重なっている。

それを見た瞬間頭に無数の名前が浮かぶ。

(安藤・井垣・森田・安田・梅内・棚橋・・・)

知っている。

顔は思い出せないが、みな知っている。

カードの中心には俺の名前が大きく書かれていた。

(俺はここで・・・)

遅刻してあの正門でゴリ松に怒られた、この体育館裏でみんなでやらしい本を見た。

あの音楽室で告白して振られた、あの運動場で初めて殴り合いの喧嘩をした。

あの技術室で指を切った、あの教室でみんなで笑い合った。

あの屋上で飛び降りた。

頬を一筋の温かい粒が流れる。

ここにいたら後悔の念に押し潰されそうになるので逃げるように立ち去った。

俺は全てを思い出した。

幼少の頃からずっと勉強だけをしてきた。

そして受験に失敗し、絶望の淵の中決行したんだ。

どうやら今まで自分の記憶と思っていたのは、がり勉の自分が思い描いた理想だったのか。

確かに現実が嫌になったから、こんな馬鹿げた行動をした訳で。

それにしても、また滑稽な理想に情けなくなった。

(しかしなぜ俺は成仏できないのだ?自ら命を絶ったからか?)

(どうすればいい?)

(確か自分は毎日、日記をつけていた。なにか手がかりがあれば。)

きっと何かしらの未練があるからに違いないと希望を持ち家に帰る事にした。

帰りに例のコンビニを通ったが、そこには知らない店員がいた。

部屋に戻るなり引き出しをあけ日記を探した。

が、そこには何も無かった。

手がかりも無く茫然と窓の外を見ると庭の焼却炉で父が日記やアルバムを燃やそうとしている。

「私達は息子を愛していた。だが、今は辛いんだ。許してくれ。」

俺は慌てて部屋を飛び出し、庭へ駆け寄った。

父が焼却炉にそれらを放り投げると同時に、自分も上半身を突っ込んだ。

(これで手がかりが分かる!)

瞬間、体に激痛が走った。

服に火が燃え移り皮膚にはりつく。

一瞬にして俺は火だるまになった。

熱い痛い。呼吸をしたいが火の粉がそれをさせない。

苦しさに耐えかね一気に空気を吸い込む。

肺が焼け内腑が爛れる。

頭の中を二つの走馬灯が駆け巡る。

常に勉強をしていた品行方正な人生。

悪さばかりを繰り返した人生。

後者にはほとんど思い入れが無い。

そして俺はその場に崩れ落ちた。

ジリリリリリリリリリ

けたたましいサイレンが鳴り響く。

俺は鎮火されどこからかアナウンスが流れた。

ヒュッ・・・ヒュッと呼吸が出来ず情けない音だけ響く。

「サンプルが絶命した為、今回の実験は終了です。ご協力ありがとうございました。バリケードを解除しますので押し合わず退場して下さい。尚、退場の際に誓約書にサインをお願い致します。サインを持って報酬の引換券をお渡し致します。繰り返します。サンプルが・・・」

(なんなんだ一体?)

「先生、今回の新薬MMS-04はマインドコントロール率70%を記録しました。」

(誰だこいつ?)

「よし、ではMMS-04をベースに次の新薬の開発に取り掛かろう。」

(何を言っている?)

黒服を着た男が俺の両親に近づく。

「今回のご協力、本当にありがとうございました。今回は大変貴重な実験となりました。従来の記憶入れ替えと並行して霊魂という非現実的な対象にまで意識を持っていけたのです。これは多大な進歩です。サンプルを提供して頂いたご家族には特別報酬が出ますので別室へどうぞ。」

もう俺の視界はほとんど無い。耳の奥に父の声が響く。

「涼介、お前はいい子だ。どう頑張ってもチンピラ位にしかなれず人様に迷惑をかけるだけの素行不良なお前が技術の進歩に貢献出来たんだぞ。しかも最後に親孝行も出来て良かったな。

私と母さんはあの汚いアパートを出て余生を軽井沢で過ごすよ。なんの心配もするな。」

そう言い放ち、黒服とリムジンに乗って消えていった。

そして俺の意識も途絶えた。

目が覚めたのは自宅のベッドの上。

「さて、軽井沢にでも行くか。」

切符も買わず駅員の前の改札を俺はすり抜けた。

手には抱えきれない憎しみを持って。

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