これは高校生時代、新聞配達のアルバイトをしていた時の出来事です。
朝刊の配達と言うと、早朝と思われる人も多いと思いますが、実際には午前1時から2時頃には準備をして出掛けますから深夜の仕事と言ってもいいと思います。
人が寝静まった時間に活動していると色々な事があります。
アルバイトをし始めて何ヶ月かすると僕の周りには嫌な事が起こり始めました。
最初に見てしまった“とんでもないもの”が次々と不幸を運んで来たのでしょうか?
その“とんでもないもの”を見てしまったのは、あるマンションの十階でした。
十軒並んだ部屋の一番奥の扉に新聞を差し込んで、階段まで走ろうとした時、反対側の廊下の角で何かが動きました。
「おやっ?」と思いそちらに目をやると、手すりに足をかけて登ろうとしている女の人の姿が見えたのです。
僕に気が付いたのか、女の人はこちらに振り返りました。
その顔は、死人のように真っ青で表情と言える物は全くありませんでした。
僕が立ちすくんだ次の瞬間、女の人の身体は宙に浮いて次に「ドスン!」と鈍い音が暗闇を破るように聞こえたのです。
飛び降り自殺でした。
あの日、何時ものように朝刊を配達するため、五階建てのエレベーターのない古い市営住宅に行きました。
そこは、二軒ごとに1つの階段を共有しているタイプの建物でした。
五階の右手に新聞を差し込もうとした所、ドアが五センチほど開いているのに気が付きました。
不自然な開き方です。
しかし、おそらくドアを閉め忘れたのだろうと思った僕は、中の人を起こさないように気を付けて、そっと新聞を差し込みました。
そして下の階に行こうとした時です。
「…トン……トン……トン……」
下から誰が上がってくる足音が聞こえました。
やけにゆっくり上がってくる足音でした。
初めは僕と同じ仕事、つまり牛乳配達をしている人の足音かと思ったのですが、それにしてはリズムが遅すぎです。
でも、たまには深夜に帰ってくる人もいるでしょうしすれ違ったら、挨拶をするつもりで僕もゆっくりと階段を下りはじめた。
四階まで降りてきました。
「トン……トン……トン。」
相変わらず、ゆっくりとしたリズムで足音は近付いてきます。
自分の速さと足のリズムから考えると、もう姿が見えもよさそうでした。
僕は立ち止まって下を覗き込みました。
足音は三階位まで来ましたが…、姿は見えません。
「トン………トン……トン」
さらに足音は近付いてきます。しかしまだ人影はありません。
ところが、何も見えないまま、遂に足音は目の前まで迫り、フイと僕の身体を何かが通り抜けたのです。
その瞬間、身体中に何かいやな感覚が走りました。
何と言っていいか分かりませんが死にたくなるような、絶望感、不安感、悲しみのような感情が湧いたのです。
瞬時にして気が滅入っていました。
そして、何も見えなかったにもかかわらず、我に返った時には、僕の目には年配のやつれた男性が残像として残っていたのです。
振り返っても誰もいないし、足音はそこでプツンと途絶えていました。
何か嫌な気配がして僕は階段の方に移動をして降りて来たばかりの五階を見上げました。
すると、先ほど新聞を差し込んだばかりの右側の家が全開にドアが開いていて、次の瞬間突然新聞が引き込まれました。
そして、重い鉄のドアは団地中に響きわたるような大きな音を立てて閉じられたのです。
怖くなった僕は、数軒残したまま、急いで新聞店に戻り、店主に見たまま話たのですが、当然信じてはもらえませんでした。
それからその場に戻る気にはなれませんでしたが、どうしても気になるので、学校の授業が終わってからもう一度行きました。
明るい昼間なら大丈夫だと思ったからです。
あの不自然にドアが開かれた家の前まで行って見ると、そのドアには…
『忌』
と墨文字が書かれたグレーの紙が貼られていました。
新聞配達の時にはなかったはずなのに?
すると表に出て来た近所の人に頼んで見ると、
「そこの人は亡くなったよ。首吊り自殺していたのを発見されたのは二日前だけど、1ヶ月前に死んでたらしいよ?」
と言います。
では、この1ヶ月、僕が配達した新聞を取り込んでいたのは誰だったのでしょうか?
今日の末明、大きな音を立てて、ドアを閉めたのは誰だったのでしょうか?
そして姿が見えない足音だけの人物は………?
僕は、その日のうちに新聞配達のアルバイトを辞めました。
長文に付き合ってくれてありがとうございました!
本当に長々と読んでいただきありがとうございました!
怖い話投稿:ホラーテラー 伊月さん
作者怖話