ある車掌が京都行きの列車に乗務していた。
終電近くのため車内の乗客は数えるほどしかいなかった。
北小松に着いたとき、一番後ろの車両に若い女性が乗ってきた。
彼女は発車するや否や「すみません。この列車は吹田へは行きますか」と尋ねてきた。
この列車は京都止まりで、吹田へは京都でお乗り替えですと答えると
「そうですか…」とさびしげに席へ戻って行った。
外は雨も降っていないのに彼女の髪はぐっしょりとぬれていた。
列車が近江舞子に着くと彼女は降車していった。
「行き先を変更したのか」と思っていると、間もなく比良に到着した。
列車が駅のホーム中央に来た時にふと車窓をみると、近江舞子で降りた先ほどの女がホームに立ち、
こちらをじっと見つめている。
「偶然に似た人か?」と思っていると次の駅でもその次の駅でも先ほどの女がホームに立っている。
「車で移動するにしても列車にはおいつけないだろうし…いたずらにしては手が込んでるな」と思っていると乗務員室のドアがノックされた。
ついさっきまでホームにいたはずの女がそこに居て思わず後ずさりした。
彼女は髪から水滴をしたたらせぼんやりとした表情でこう言った。
「帰りたい、帰りたいんです…」
その後、その車掌はその女を見たことはなかった。
同僚にも同じ経験をしたという話も聞かない。
作者machida