これはいまから、１０年前の話です。僕が中３のときの話です。
富山県の田舎で暮らしていた僕は中学卒業後、埼玉に上京することを決めていました。
都会の憧れもありましたが、友達と離れることになるのは、寂しかったです。
友達のＴは僕のそんな気持ちを察してくれたのか、「心霊写真でもとりにいこうや」と誘ってくれました。
僕の町には心霊スポットといえるものが一つだけありました。
心霊スポットといってもちいさな空き家なのですが、いろいろな噂があったわけでもなく、その家は心霊スポットとされていました。
その家の周りはフェンスがかこってあって、地元の人達が時々見回りにきています。
僕はなぜ、地元の人が見回っているのかは全く分かりませんでした。ほとんどの人は分かってなかったと思います。
そうゆうことが重なり重なり、その空き家は心霊スポットとして知られるようになりました。
僕とＴ，そして、ＫとＳをいれ、空き家にむかいました。いくら地元の人が見回りをしてるといっても、全く入れない訳ではありませんでした。
僕たち４人は容易にフェンスを乗り越え空き家に向かいます。空き家には鍵は掛けられておらず、簡単に入ることができました。
中は、とても埃っぽいことだけは覚えています。
「めちゃきっしょいわぁ」というと、ズカズカとＳは玄関を通り、正面のドアに手を掛けてはいりました。
その次に僕らは「写真とらんとな」と雑談をしながら、居間らしきとこにはいりました。
Ｓがうっと呻き声をあげたっています。あとからきた僕たちも息をのみました。
居間には一面に（ちぃちゃん）とクレヨンなようなものでびっしりと書かれていました。
「これはやばいなぁ～」
と僕が半分強がりでいうと、突然Ｓが大声を上げました。
「Ｓ！声だすなや！！」
とＴがいったとたんＳが大声をあげた意味が分かりました。
さっきまでいなかった、場所に女の子がすわっていました。血だらけではありませんでしたが。あきらかに、ヤバイという感じがヒシヒシと伝わってきました。
Ｔが「に、逃げ・・・」ととぎれとぎれに言い、僕の服をひっぱります。
ＫがＳを連れ戻そうとしましたが、Ｓが固まったように動きません。
Ｓがポツリと「ちぃちゃん・・・」と言ったかと思うと、「ちぃちゃん、ちぃちゃん、ちぃちゃんん！！」と叫び声をあげました。
いつしか女の子の目線はＳに向いてます。
「なにしとんがだー！」と見回りをしていた人がＳの声を聞いたのか、助けにきてくれました。
Ｓを抱きかかえると僕たちを睨み、「逃げんかはよぅ！！」と言い、玄関へと向かいました。
僕たちも逃げようと「ああぁ・・・」と情けない声をあげて玄関へいくと女のこがスクとたちあがりました。
女の子の動き一つ一つが僕を恐怖にたたき込みます。
Ｋが突然尻餅をつき、「痛いぃ！！」と泣き始めました。
女の子はＫの長い髪をひっぱっていたのです。
もう女の子にはさっきの面影はなく、髪の毛が半分位抜け落ち、肌は黒こげになっていました。
地元の人は僕とＴを抱きかかえ、玄関に向かおうとします。
「Ｋが・・・」と絞りだすようにいうと「あのガキはダメだ。」と涙声でいうと戸を閉めました。髪をひっぱられ泣き叫ぶＫをおいて・・・。
僕とＳは大人に叱られ、中３だというのに、泣いていました。大人の注意で泣いたわけではありません。
おそらく、ちぃちゃんという名前の女の子に僕たちは怯えていました。
そのあと助けにいった地元の人の話では、Ｋは髪の毛が抜け落ち、尿をもらして倒れていたそうです。
ＫもＳと同じく精神病院に入れられていたのですが、突然、発狂して、死んだと聞きました。
Ｔはそのあと、Ｔの両親といっしょに僕の家まできて、謝りにきました。
一週間後、僕とＴはお寺に行き、お払いをして貰うことになりました。
ひととおり終わると、お払いをしてくれたお坊さんは僕たちに話してくれた。
「君たちは髪をきりなさい。そして、できるだけここから遠くまでいきなさい。霊が君たちを諦め、もとの場所にもどるまでね。」
お坊さんはそれだけいい、ポツリと「怖かった。」といいました。
僕と同じくＴも上京する予定だったので、卒業式がおわったあと、荷物をまとめ、この町を出ました。
Ｔは最後に「ごめんなさい。」と涙ながらに謝ってきてくれました。
上京して６年後、
都会で色々なことがあり、少しずつあの日のことは、忘れていきました。いえ、忘れるように努力してきました。
仕事でつかれ、家に戻ると携帯電話が鳴りました。母からの電話で「今度のお盆に戻ってきなさい。」といわれ、あのことを思い出しました。
お盆に富山にもどってきました。あのことが何度もかすめ、気分が悪くなるのが分かります。
戻ってくるなり母は、しわの増えた口を開きました。
「Ｓ君と、あんたを助けてくれたおじさんがなくなられてよ。」
なにか重いものがのしかかった様な気がしました。
母の顔はこの６年間でしわくちゃになっていました。息子の僕の安否がきがかりだったのか、手首には数珠などがいくつもまかれていました。
母の言いたいことは、分かりました。次にあの女の子に憑かれるのはＴ君か僕なのだと言いたいのでしょう。
僕は恐怖を押し殺し「大丈夫やちゃ」と母にいいました。
この６年間、様々なことがあったそうです。
僕とＴが上京したあと、僕たちを助けてくれたおじさんはＳに「お前らさえおらんければ！」とＳに暴力を振るったのだそうです。
容態がよくなってきたＳは、その後、激しい自責の念にかられ自殺したのだそうです。
おじさんもお坊さんのいうとうり、頭を丸め、毎日お経をよんでたのだそうですが、１年前、Ｓと同じように「ちぃちゃん」と叫びながら亡くなられたと聞きました。
僕が煙草に火を付けると「あんたが煙草すうとわな」と母が笑ってくれました。
もうこんな話もできなくなるかもしれないのだ、と思い目に涙が浮かんできました。
自分の死期がすぐそこまで迫ってくる恐怖感をぬぐうように、煙を肺に深く入れていたことは覚えています。
母は「Ｔ君もここにきとるよ。午後から、いっしょお寺にいきなさい。」と言いました。
「なーん、（いや）もういってくる。」
僕は重い腰を上げ、Ｔの家に足を運びました。
「お前も丸坊主か」と耳にピアスをしていたＴは笑い、僕を迎えてくれました。ＴもＳとおじさんのことを聞き、少なからず、動揺しているようでした。
お寺にいくと、お坊さんはいませんでした。僕より少し年上の若いお坊さんが「今は自宅で老後をすごしてるよ。」とわらっていいました。
「親父のあとを継いだんだよ。」といった今のお坊さんは僕達のことをしっているのか、「あそこにはいった子か。」と聞いてきましたが、「いいえ。」と短く答えると、お寺をあとにしました。
すると、「ピアスしてない方の人ー。」と呼び止められました。
僕は「なんですか？」と聞くと小さい声で「向こうの人、ヤバメの憑いてるよ。小さい女の子。」
背中にサーーっと冷や汗をかきました。
一応、お坊さんの家にいき、お祓いをしてもらいました。しかし、僕はそれどころではありませんでした。
隣にあの女の子が居ると思うと体の震えが止まりませんでした。
Ｔと別れるとき、僕は言い出そうとしましたが、
ある疑問がよぎったのです。
今言ったら、憑かれるのは僕ではないのか？
しかし、今言わないと、
Ｔは女の子に殺されてしまう。
Ｔは僕を不思議そうにみつめます。僕は母からもらった数珠をすべてＴに渡しました。
僕は言わなかったのです。それは、Ｔを見殺しにするのといっしょでした。
Ｔは「うん、ありがとうね。」というと、別方向へと足を進めました。
Ｔ，すまんと心でいうとあることに気付きました。Ｔからでていた、まがまがしいともいえる気が消えていたのです。
「ちぃちゃん・・・消えた？」と独り言をいうと
視界の隅に女の子がうつっていました。
口をぱくぱくしている女の子。中３のころみた、
ちぃちゃんでした。
女の子の口パクは僕の脳で言葉へと変換されます。
自然に僕の口からは「ちぃちゃん」と漏れるように言葉がでてきました。
女の子の口がつり上がって行くのが分かります。
僕は静かに目を瞑りました。ついにこのときがきたのかと。
薄目で見てみると女の子は消えていました。
しかし、さっきまでＴからでていたまがまがしいほどの気が、僕から出ているのが分かりました。
ああ、憑かれたのだと認識し、体中から、脂汗が滲んできました。
できれば６年前のことは認めたくありませんでした。
しかし、あの女の子は少しずつ、確実に僕の命を奪っていくのです。
一歩も動けない僕を尻目に日はジリジリと僕の肌を焼いていました。
日が落ちて、夕食を食べた後、母は仏様にお祈りしよう、と僕に勧めてくれました。
「いい、早よ寝るよ。」とことわり、僕は煙草を１本だけ吸うと、布団に体を沈めるとしずかに
目を瞑りました。手に数珠を握りながら。
いままでのことが浮かんでは消えていきました。
そして僕は決心しました。
Ｔのことを見逃してくれるようと。その時の僕はまだ死から目を背けるよう意識していたのだと思います。
ピシッっと音がしました。その音で目が覚めた僕は数珠を握りしめようとして、驚愕しました。
音の正体は数珠にヒビがはいる音だったのです。
ピシッピシッと割れていく数珠はついに粉々にくだけてしまいました。
ドンっと重い物がのしかかったように体が動かなくなりました。必死に金縛りを解こうと僕は体に力をいれますが、全くといっていいほど動きません。
「ちぃちゃん・・・」自分の口からでた声におもわず、はっとしました。
今の言葉は・・・そう思った瞬間、視界に女の子が写りました。
今いる女の子は昼に見た女の子ではありませんでした。あのときに見た肌が焦げ、髪の毛がかなり抜け落ちた女の子でした。
突然、頭に鋭い痛みをかんじました。
女の子が僕の短い髪の毛をつかもうと、爪を立てて僕の頭を掻きむしります。
長い髪を引っ張られ泣き叫ぶＫの顔を思い出し、背筋に寒気がはしりました。
女の子は口をパクパクしてなにか話しかけています。その言葉は僕の頭に響いていきます。
昼に聞いた声とは違い、
半分叫び声に近い声が僕の頭を駆けめぐりました。
女の子の爪はガリガリと掻きむしり、血が出てきたのが分かります。
突然女の子の手が止まり、別方向を睨みつけていました。焼けただれた肌をこわばらせ、そこ、をみています。
スッと体が楽になり、バッと体を起きあがらせます。そこには、女の子はいませんでした。
女の子が見つめていた先には母が置いていったのか札や数珠がありました。
母がいなかったら僕は・・・そう思い胸をなでおろすと、ある疑問が浮かびました。
あの女の子はＴのとこにいったのではないのか？
その疑問は確信に変わろうとしていました。僕は急いでＴに電話をかけます。
「なんだよ、お前。」Ｔの声は荒れていました。
「Ｔ、俺が渡した数珠持て！！」唾を必死に飲み込み「女の子が来る。」
えっ、といったＴは「来るって・・・」と、戸惑うＴがポソッとなにかいいました。
「なんてっ？聞こえんよ・・・」というと、
「ちぃちゃん。」
その瞬間、Ｔの携帯がきれました。
全身が震え、「ああぁ・・・」と情けない声をだし、その場に座り込んでしまいました。
Ｔはあの女の子に憑かれてしまったのです。僕はＴを助けることができませんでした。
夜はもう明けていて、都会では聞けなかった、鳥の声がむなしく響いていました。
朝早く、僕は母を起こし、別れを告げて富山をでました。次に狙われるのはもう、僕しかいないのだと思い、女の子の顔を思い出してしまい、身震いしました。
寝る前はＴの身代わりになると驕っていた自分を情けなく思い、ため息がもれました。
母が置いてくれた数珠を握りしめ、家をでようとすると、遠くから、パトカーのサイレンが聞こえてきます。
あれから、５年が経ちました。現在、２６になった僕は、全国をまわりながら、暮らしています。
お坊さんの話では、女の子は追いかけるのを諦めるのはしばらく先のことだそうです。
「１ヶ月に１回はすむ場所を移りなさい。できるだけ離れてね。」というと、「力になれんですまんかった。」と僕にいいました。
頭の傷のいくつかは今も残っています。坊主頭ではその傷は目立ってしまいますが、命には代えられません。
家族とは会っていません。病気がちだった父親は１年前、息を引き取りました。親の死に目にもあえず、僕の歯車は少しずつ狂っていきます。
今は香川にいます。今もある、数珠はすこし古ぼけてきました。
いまでもあのことは忘れません。あの女の子の顔は今も鮮明におぼえています。
ちぃちゃんはいまこの時も僕のところへとむかっているのでしょうか。
おそらくちぃちゃんと呼ばれていた、あの女の子が富山に戻るのはまだなのでしょうか。
ちぃちゃんという言葉は今でも僕の頭に響いています。
完
怖い話投稿：ホラーテラー 匿名さん
作者怖話