もう10年近く前の話だ。
当時俺は、某ホラーサイトの管理人だったSさんと親密なオカルト付き合い?をさせてもらっていた。
冬から春になりかけの、肌寒い日だったと記憶している。
定職にも就かずブラブラしていた俺の携帯にSさんからメールが届いた。
面白そうなスポット入手したんだけど一緒に行かない?
暇を大いに持て余していた俺の返事は決まっていた。
情報源は彼の運営するサイトに寄せられた一通のメールだった。
Sさんいわく「本物だけが持つ迫力が文面からビシバシ伝わってきた」らしい。
テンションMAXの俺は取る物も取り敢えずバイクを五時間走らせて彼のアパートに飛び込んだ。
確かに異様なメールだった。
電子メールの文字が震えて見えるくらい、送り主の怯えようが半端じゃないんだ。
今日にでも首を吊るんじゃ?と心配になる程切羽詰まっている。
数行読んだところでSさんが「これ見てみ」とPC画面いっぱいに一枚の写真を拡大した。
「・・・・・・・何これ?」
「添付されてた写真だ。不気味だろ?」
不気味なんてもんじゃない!
一軒の家らしき物が写ってるんだが、あちこちから髪の毛のようなものが流れ出ている。それに、画面全体が妙に赤い。ヤバいヤバい!と本能が狂ったように警鐘を鳴らす。俺は思わず目を逸らした。
「最初はただ家が写ってるだけだったらしい。まあ、家といっても人なんか住めない。高さ1メートル程の犬小屋みたいな物だったらしいんだが」
Sさんは画面を再びメール本体に戻し「コーヒーいれてくる」と言って立ち上がった。
送り主によると、それを見たのは約一年前。大学のサークル仲間数人で、姥捨てならぬ女郎捨て山に入った時らしい。
メンバーの一人が都内の古本屋でそれを見つけたのが全ての始まりだった。
その薄っぺらい本には、遊郭の依頼を受け、自らの手で何人もの女郎を始末した男の記録が淡々と書かれていた。
その山には温泉の湧き出る穴があり、病気で働けなくなった女郎や堕胎薬(水銀玉)を飲んで自ら命を落とした女郎をそこに捨てていたという、ある男の手記。
読みようによっては手記というよりはむしろ遺書のような内容だったという。
その温泉は強酸性で骨まで溶かす。
証拠は一切残らない。
きぬ
十八
病
おみつ
十六
自死
自らが放り込んだ女の記録とともにただただ淡々と語られる男の告白。
商業用に書かれた物ではない事は明らかだった。
もう関わりたくない・・・
メールを読み終えた時正直そう思った。
しかし・・・
何なんだSさんは?
怖くねえのかよ・・・
俺は改めてSさんの凄さを強く感じていた。
尊敬とは少し違う。
驚きに近い。
オカルトと深く関わっている人間の底知れぬ強さ。
常人の俺には到底理解出来ない。
Sさんが戻って来た時には軽い頭痛と吐き気でコーヒーどころじゃなかった。
「明日相手と会う事になってる。金の心配はしなくていい。どうする?」
ヘタレだと思われたくない、ただそれだけの為に俺は首を縦に振った。
しかし・・・
あの写真・・・
まじで行くのか?
心霊スポットなんて生易しいもんじゃない。
祟り場じゃないか。
下手すりゃ命にかかわる。
現に送り主の仲間が二人死んでるんだ。
俺はSさんの心変わりを願って無駄な抵抗を試みた。
「頼むとこ違うんじゃないすか?霊能者でもないSさんが行ったところでどうにもならないっしょ」
「神社から寺から霊能者から、手当たり次第当たってみたけど、真剣に相手してくれたのは俺だけだってよ。お祓いならもう何度もしたらしい。だけどまるで効き目がない。何とかしてやりてえって思うだろ?男ならやっぱ」
「でも仲間がもう二人死んでるんすよ!Sさんに何かあったらKさん(Sさんの彼女)泣きますよ」
「そん時はそん時!お前が来るまでに何度もメールのやり取りをした。実は、俺もお前ももう逃げられないんだ」
「どういう意味すか?」
「さっきの写真、一度見たら最後、毎日毎晩夢に現れるらしいぜ。写ってた画像がそのまま」
「・・・・・・Sさん、そんな不気味な写真、何で捨てないでいつまでも持ってるんすかねその人。俺認めたくなかったけど、あの画像見た瞬間、頭に焼き付いたって気がしてたんすよ実は。目閉じたら浮かぶんすよ!恐ろしく鮮明に。まじで夢に出てきそうなんです」
「画像の変化に気付いたのはつい最近だそうだ。てか消去した筈なのに残ってたらしい。俺、写ってた家を調べてみようと思ってる。中に何が入ってるのか。古本に書かれてた穴の近くにあったんだ。絶対に無関係じゃない。間違いなく書いた奴が作ったんだ」
「・・・・・・怖くないんすか?Sさん」
「怖い。お前が一緒に行ってくれなかったらまじ止めようかと思ってた。調べてヤバそうだったら逃亡しよう。韓国までは付いて来んだろ(笑)」
Sさんが弱さを見せてくれたので言いやすくなった。
「Sさん・・・止めません?何か怖いんすよ冗談抜きで。もちろんSさんがどうしても行くってんならお供しますよ。でもなあ、あの写真、普通じゃないっすよ」
「確かにな。でも相手の人にもう約束しちゃったし。それにやっぱ気になるだろ?あの家」
「・・・・・・」
まあ確かに気にはなるけど・・・
「さあてと!飯食って早めに寝るか!明日早いからな」
「あの〜Sさん・・・ひとつのフトンでとは言わないけど、隣で寝てくれます?怖いから」
「ああ、電気も点けっぱなしにしとこ。俺も怖いし」
「Sさん?」
「ん?」
「俺、最近パチンコ調子いいんで金はありますから」
「まじか!なら焼き肉でも食いに行くか?」
「え?・・・いや、結構です。食欲ねえっす」
やっぱりSさんはSさんだった。
その夜、二人共夢にあの画像が現れる事はなかった。
その山がある○○県○○市には新幹線で向かった。
駅の構内でメールの送り主と会う手筈になっていたのだ。
駅に着いて一時間くらい経った頃。
俺たちの前に目を見張る程の美女が現れた。
女はホテルのスタッフだった。客の依頼で迎えに来たという。俺達は促されるままホテル名が書かれたバンに乗る。
「送り主かと思ってテンション上がったぜ」
「俺もっす」
などと小声で話してる間にホテルに着いた。
メールの送り主の名を仮にMとする。
彼は海の見渡せる眺めのいい部屋で俺達を待っていた。
想像以上に窶れていた。
二十歳を過ぎたばかりの筈なのに四十過ぎのくたびれた中年に見える。
「本当に来てくれたんですね」
彼は言うと顔を少しひきつらせて微笑んだ。
「Sさん、ですね?元暴走族の特攻隊長。僕、ずっと貴方のファンなんです。貴方なら来てくれると思ってました。ただ・・・」
「?」
「怒らないで聞いて下さい。貴方を巻き込む気なんて最初からなかった。会いたかった。ただそれだけなんです。呪われるのは僕らだけでいいんです。それだけの事をしたんだから」
「それだけの事?」
「馬鹿だったんです。僕達、あの写真の家、実は叩き壊したんです。中に何があるのか気になって」
「!」
「あの家作ったのは間違いなく手記の男です。あれはおそらく、遊郭の経営に携わってた、街の有力者に読ませる為に書かれた物なんだ。自分の芸術作品を見せつける為に」
部屋の温度が一気に下がったような気がした。
Sさんを見る。
押し黙ったままMさんをじっとみている。
その顔には恐怖の色がありありと浮かんでいた。
「あの本を読んだ誰かがやったんでしょう。穴は大きな岩で塞がれてました。でも、あれには気付かなかったんですね。確かに普通は気付かない。たまたま立ちションしに奥に行ったから見付けただけで」
「中に、何があったんだ?」
「・・・・・・人魚の剥製です。大小様々の」
「・・・・・・」
「その男、しるしを付けてたんです。間違いなく赤子を宿した女の名前にです。胎児を取り出して人魚を作ったんだ。特殊な加工を施して腐らないように。こんな言い方不謹慎かも知れませんけど、それは見事な物でした。まさに芸術作品です。髪はおそらく母親の髪を頭皮ごと使ってる。ミイラじゃないんです。剥製のイメージに近い。肌も多分母親の皮膚。鱗は爪を巧みに組み合わせてた・・・・そんなのが大小合わせて20ばかりありました。小さいのは5センチ程。どれも恐ろしく精巧な作品です」
「・・・・・・」
吐き気がしてきた。この時点で俺はそこに行くのを止めた。ヘタレ結構。ヘタレ上等。ヘタレ万歳だ。
ただ、行きたくない!そんなとこ絶対に行かない!頭ではそう考えているのに、心の片隅に(その人魚、ひと目でいいから見てみたい)という思いがあったのも事実だ。その説明し難い感情を俺の冷酷さの証だとするならばそうかも知れない。
「死んだのは家を壊した二人です。ひと月も経たない内にひとりはダンプに、ひとりは電車に飛び込みました。壊すのはマズイって止めたんです。止めたのに・・・」
「それはまだ、そこに?」
「判りません。多分あると思います。重い、頑丈な木箱に入ってましたから。蓋はちゃんとしましたし、人が行くような場所じゃ絶対にないんですよ」
「どこなんだ?何十年も発見されないような場所がこの日本にあるとは思えんが」
「教えません。行けば呪われます。二人の死は衝撃でした。僕を含めて残った連中は皆、次は自分かも?と怯えて過ごしました。でも何も起こらない。正直終わったんだと思ってました。あの画像を見るまでは。甘かったんです」
俺は何となく腹が立ってきた。この男、俺達を巻き込みたくないと口では言っときながら、むしろどんどん引きずり込もうとしているじゃないか!
「Mさん、Sさんに画像送っといて、呪われるのは自分たちだけでいいはないでしょう?」
「すみません・・・」
「あの写真見たらもう逃げられないって知ってたんでしょ?毎晩うなされるって分かってたんですよね?」
「・・・あの、僕そんな事言ってませんけど・・・」
「?」Sさんの顔を見たら俺から目を逸らした。
嘘かよ!・・・ったく子供なんだから・・・
「どっちにしろ俺もSさんも、もう足を突っ込んじまった。メール拝見しました。貴方切羽詰まってましたよね。今の貴方からは考えられない位。あれはSさんをよぶ為の作戦ですか?」
「・・・・・・」
「どうしました?」
「・・・・・・」
「Sさん、俺達、もう深入りするの止めませんか?どこまでが本当の話だか判りゃしない」
「毎晩・・・」
「え?」
「毎晩・・・出るんです。毎晩毎晩!巻き込みたくないという気持ちは本当です。ただ、怖いんです!怖くて堪らない!このままじゃ確実に僕も二人の後を追ってしまう。迷惑を掛けたくない。でも何とか助けて欲しい。どちらも本音です。僕は最近、家族とも友人とも連絡を取っていません。死ぬなら誰にも迷惑を掛けない場所で、そんな事ばかり考えています。Sさん!お願いです!助けて下さい!もう僕には貴方しかいないんです!」
「出るって、何が?」
「言葉で説明なんて、とても出来ません。なんなら、今晩この部屋で過ごしてもらえますか?間違いなく出ますから」
「・・・・・・」
あのSさんが押し黙る。
「どんなに得の高いお坊さんでも無理でしょう。彼女たちの怒りを鎮めるのは。手記の男、もしかしたら鎮魂の為にあれを作ったのかも、と考えたりもしました。でも・・・・」
「じゃあ、何でよんだんだ?」
「・・・・・・」
「やるだけやって駄目なら逃げる!俺の座右の銘だ。Mさん、貴方は行かなくていい。だからその場所を教えてくれないか」
「Sさん、悪いけど俺は降ります。冷静に判断して行くのは止した方がいい。他に何か方法がある筈。Mさん、探せば貴方を助けられる人がいる筈です。探しましょう3人で。必ずいますって!」
Sさんがポツリと呟いた。
「家を壊したから怒ってるんじゃないのか?新しい家を建ててやろうじゃないか?」
Sさんの提案に俺にはピンときた。
この人はもう、Mさんのこと二の次なんだ。どうしても人魚が見たいんだな―と。
長々すみません次こそ終わらせます。最後は長くなります。
怖い話投稿:ホラーテラー 蟹鍋さん
作者怖話