1
俺は走っていた。
昨日の夜から降り続いている雨のせいで、地面が ぬかるみ 走りづらい。
俺は何度も転倒しながら学校を目指した。
腕時計の時刻は8時5分をさしている。
あと五分だと心の中で呟き学校に続く険しい坂を駆け上がる。
息も絶え絶えになりながら、校門までたどり着いた。
時刻は8時8分。
スピードを緩めず、校門をくぐると前の方に女子生徒が一人、足元がおぼつかない様子で歩いている。
不思議に思いながらも、構っている余裕はない。
そのまま通り過ぎようとした瞬間、彼女の体が大きく傾いた。
それを見て真横で急停止した。
体は咄嗟に反応し、結果的に女子生徒を抱き締める形になってしまった。
女子生徒は、同じクラスの谷川志都という生徒だった。
谷川志都は、短めの髪が印象的な可愛らしい女子生徒だ。
彼女は恥らしさのせいか顔を真っ赤にしてあわてて目をそらした。
その様子がおかしく思わず笑ってしまった。
しまったと思って彼女を見ると彼女も笑っていた。
その不意討ちの笑顔に心がチクりと痛んだ。
2
猪上忠敬君とは同じクラスだったけど、今まであまり話はしたことがなかった。
だけど、今回の件がきっかけとなり、時々話するなかになった。
彼はスポーツの話題を好んだ。
私もスポーツは嫌いじゃないので、よく話題に出した。
彼は、よく笑った。
言い方は良くないけど彼はあまり格好よくなかった。
だけど、彼の笑顔には、人を惹き付ける不思議な魅力があった。
3
夏休みが近くなったある日、俺と谷川は生徒指導委員会の手伝いをすることになった。
谷川は親友が生徒指導委員会代表をつとめていたから手伝うことになったんだが、俺は男手が必用とのことなので無理矢理付き合わされることになった。
他に男子はたくさんいるのに迷惑な話だ。
と最初は考えていたんだが、彼女との作業はたのしく彼女が時折みせる幸せそうな笑顔に癒される俺にとっては悪くない時間だった。
4
作業は主に、体育祭関連の資料作りだった。
時々力仕事があったけど、猪上君がほとんど一人で、片付けてしまった。
意外と頼りになる人だ。
いつのまにか彼のことを、ひとつ知るたびに彼をもっと知りたいと思っている自分がいることに気がついた。
5
体育祭は盛り上がった。
中でも女子100メートル走は特に盛り上がった。
一位は三年生の火野太陽先輩、谷川の友人であり、生徒指導委員会代表をつとめている人だ。
二位は暗条光という生徒で谷川の友人の一人だ。
三位は谷川だった。
という一位の火野先輩以外は予想と随分違っていた。
谷川って意外と足早いんだなと気がついたら谷川のことを考えていた。
最近何故か彼女のことを考えていることが多くなった気がする。
そのたびに胸の奥になにか刃物でつつかれているような奇妙な痛みが走った。
痛いのに不愉快ではない不思議な痛みだった。
6
男子100メートル走 、うちの学校では何故か8人で行われるこの競技はわが校で最も華のある種目といってもいい。
学年関係なく全力で競いあう姿はみていて心地よい。
猪上君も参加していて彼は二位だった。
1学年の生徒が二位になるのは6年ぶりなのだが、本人は走り終わった後、悔しそうに地面を何度もなぐりつけていた。
その姿をみて私は、カッコいいなと思った。
7
そういえば、私自身についてなにも書いてなかった。
私はおばあちゃんと二人暮らしだ。
両親はまだ私が幼い頃に事故でなくなったらしい。
そのことに関してはなにも思っていない訳ではないが、優しいおばあちゃんもいて生活費も私がバイトしてなんとかやりくりできているので全く問題ない。
でも、時々意味もなく泣きたくなるときがある。
心に穴があいているようで、ひどく居心地が悪い。
私は幸せだ。
幸せの筈なのに。
8
最近気がついた。
谷川は、時々寂しそうな表情を浮かべている時がある。
いつも幸せそうな笑顔を浮かべている彼女がだ。
そのたびに俺はなにか嫌なことでもあったか?と 聞くが谷川はきまって大丈夫という。
そして、いつもの笑顔でこちらをみるのだ。
その笑顔をみるたびに自分が無力なことを思い知らされる。
俺は一人の人間すら守れない弱い人間なんだと。
9
自室で、勉強をしていると猪上君のことを考えている自分に気がついた。
笑ってしまう。
不思議なことに彼のことを考えていると例の穴は塞がれたようになにも感じなくなった。
本当に不思議な魅力がある人だ。
10
谷川の家に初めて行ったのは夏休みに入ってすぐの時だ。
別に用事があったわけではない。
谷川に暇だったらこないかと誘われたからだ。
谷川の家は木造建築の二階建てのごくごく普通のいえだった。
「あ。早かったね。私の部屋で待ってて 」
エプロン姿の彼女はそういって部屋に案内してくれた。
いつもと違う姿に俺の心臓がバクバクうるさい音をたてはじめた。
谷川の部屋はピンクを基調とした部屋で、可愛らしいピンク色した小物やぬいぐるみなどが並べられており、いるだけで幸せな気分になれるそんな魅力がある部屋だった。
しばらくすると彼女がお盆に料理をのせてあらわれた。
料理は魚の塩焼き、味噌汁、ごはん、肉じゃが、サラダなどだった。
どの料理も美味しく彼女が料理を作る姿を想像してしまい 一人赤面していた。
11
猪上君を自宅に誘うときは本当に緊張した。
なので、彼が承諾してくれた時は心のそこから安心した。
料理を作っている際も緊張して包丁で指を切ってしまった。
赤い血が下につたいおちる。
私は慌てて水で傷口を洗った。
そんなこともありながら料理はなんとか完成した。
美味しそうに食べてくれる猪上君の笑顔が嬉しく作って良かったと思った。
12 俺は谷川のことが好きだ。
だが、それを谷川に告げるのは躊躇われた。
今の関係を崩したくなかったからだ。
13
肝試しをすることになった。
火野太陽先輩の提案だ。
参加するのはヒカリン(暗条光)と猪上君、私と火野先輩。
いつものメンバーだ。
場所は、鹿野墓地だ。
最初ヒカリンは猛反対したが、最終的に先輩に、強く説得され鹿野墓地で行うことになった。
私と猪上君、火野先輩とヒカリンのペア。
最初はヒカリンと火野先輩のペアが先行し彼女たちは10分程度でかえってきた。
次は私達の番だ。
猪上君が先行しすぐ後ろにわたしがついていくことになった。
半ば程きた頃だろうか?視線を感じうしろを振り返った。
誰もいない。
前進する。
あと少しでヒカリンたちの所に戻れる。
あともう少しだ。
そう思った瞬間だった。
ガサ、ガサと後ろのほうで音がした。
心臓の鼓動が一段と早くなる。
後ろを振り返ってはいけない。
その思いに反し体は勝手に後ろを振り返ろうとする。
制止したいが体は思い通りにならない。
視界にうつしだされのは両手両足を切断された人間の死体だった。
「ぎょぎゃあああああああ」
その絶叫に猪上君が瞬時に反応する。
14
血の気が引いた。
その肉玉は這うようにこちらに近づいてくる。
俺は谷川の手を引き一気に駆け出した。
肉玉は這っているわりに異常に速く動いている。
全く引き離すことができない。
暗条たちが見えた。
あと10メートル。
肉玉が迫る。
俺と谷川は全力で駆ける。
「ギ、チャウ、アウト」
どこかから呪文めいた言葉が聞こえてきた。
その瞬間這っていた肉玉は消えた。
俺は脱力しその場に倒れた。
15
暗条の助けがなかったら俺達はどうなっていたんだろうか?
もしかしたら二人とも死んでいたかもしれない。
そう考えるとゾッとする。
俺の力不足で谷川は死ぬ。
そんなことあっていいわけがない。
俺は決断した。
明日告白しよう。
16
谷川に大切な話があるから放課後、鹿野公園に来てくれと誘った。
彼女は承諾してくれた。
告白の際にはアイリスの花を渡すことにした。
花言葉はあなたを大切にしますだからこれ以上告白にぴったりな花は思いつかなった。
谷川を何があっても守り抜くというメッセージをこめている。
待ち合わせ場所に彼女があらわれた。
手に無駄な力が入ってしまいアイリスが折れそうになった。
手汗が酷い。
呼吸がまともにできない。
「大切な話ってなにかな?」
ついにこのときがきた。
俺は深呼吸をひとつして、そしていった。
「俺と付き合ってくれ」
谷川は目をパチクチさせ驚いた様子だったがこういった。
「大切にしてくださいね」
16 告白された時はビックリした。
まさか、猪上君が私を好きだと思わなかったからだ。
今なら心の底から言える。
私は幸せだ。
作者月夢
シリーズ五作品目です。
赤い雨を読んでから読んでいただけると嬉しいです。
駄目な所はご指摘お願いします。
つまらないとかでも構いません。