俺はひと気のない交差点で信号待ちをしていた。
ひと気どころか車もほとんど通っていない。
この交差点がこんなに閑散としているのには理由がある。その所以は、最近この交差点で相次いでいる自動車事故だ。
つい三日前に、五人目の犠牲者が出た、と近所のおばちゃんたちが騒いでいたことを思い出す。
五人とも首の骨を折って死んだらしい。
信号が青に切り替わった。俺は、事故のことを振り払うように頭を軽く振って横断歩道を渡り始めた。
横断歩道の半ばあたりまで来た時、左の足首に、ヒヤリとした感触がした。
大きな氷を当てられているような感覚。
俺は慌てて足を止め視線を下へと向ける。
瞬間全身が粟立った。
―――手首!
青白い手が俺の足首を掴んでいた。肉が所々削げ落ちていて骨がのぞいている。手だけが宙に浮いているのだ。
俺は無我夢中で掴まれていない右足でその手首を蹴り落とした。
手首はあっさりと俺の足から離れ、道に転がった。
呆然とする俺の耳に、甲高いクラクションの音が飛び込む。音の方向へと視線を向けると、目の前にはものすごいスピードで突撃してくるワゴン車。
手首に気を取られていて気がつかなかったのだが、いつの間にか信号が赤になっていたらしい。
瞬時にそう理解したが車は目前まで迫っている。
避けられるはずもなかった。全身を味わったことのないほどの衝撃が貫いた。
次に目を覚ましたときには、地面がとても近くにあった。
身体中に激痛がしてうめき声をあげるが、口の中にたまっていたらしい血液がこぽこぽと泡立っただけだった。
腕と足が変な方向にねじ曲がっていて、血を吐いているということは骨が折れて内臓に刺さってるとかそんな状況だろうけど、どこかでこんなことを考えていた。
―――首の骨は折れていない、と。
最悪な状況であろうと俺は生きているのだ。他の被害者と違って首が折れていないということは、俺は生き延びれるかもしれない。
俺が寝転がっているところから少し離れたことろで、ワゴン車の運転手だと思われる男が慌てた様子で電話をかけているようだし、やはり俺は助かるかもしれない。
―――ズルッ。
不意に、何かを引きずる音が聞こえた。
その音はゆっくりながら着実に俺の方へと近づいて来ている。
さきほどから痛み以外なにも感じられなくなっていた俺の脳みそが、ゾワリと這い上がるような寒気を感じ取った。
周りの空気が凍りついたように冷たい。
ズルズルと何かを引きずる音はどんどん近づいて来て、俺の目がその正体を捉えた。
それは人の形をしていたけど人じゃなかった。
異様に長い腕。引きずる音はこの腕のせいのようで、地面で手の肉をほとんどそぎ落としてしまったらしく骨がむきだしになっている。
そして顔は目も鼻も口もついていなく、そのパーツがあるはずの場所にぽっかりと黒い穴が空いているだけだった。
異形の者は、骨のむき出しになっている手を俺へと伸ばしてくる。
逃げることもできず、只々これが夢であればと願って目をきつく瞑った。
両頬に骨の硬い感触がした。あの怪物が俺の顔を挟むように掴んだのだろう。
怪物は俺の首を一定の方向へとねじり出した。すぐに稼働範囲の限界に達する。
だが、ねじる動きは止まらない。
骨の軋む音が聞こえた。
俺は「魔の交差点」で起こっている事故の真実を知った。
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「ねえ、聞いた? 六人目の犠牲者出たらしいよ」
「いつまで続くんだろうね、あの事故」
作者10