その日はいつもと変わりなかった。
俺は目の前にある、そんな日常を幸せだと思った。
あんなことが起きるまでは。
「ねぇ!ねぇねぇー!お兄ちゃん!まだボク遊びたいよー!」
俺は戸惑いを隠せなかった。
こんなクソ暑い夏に、ただでさえセミの声でどうかしちまいそうなのに・・・。
「わ、分かったよ・・・。あと少しだけな・・・?」
「やったー!!お兄ちゃん大好き!ありがと!!」
俺は意識もうろうとする暑さの中、ユイトと名乗る男の子と砂場で遊んでいた。
「お兄ちゃんに・・・あのさ・・・・・・・相談があるんだ。」
「ん?どうした?」
ユイトは急に暗い表情に変わった。
「ボクのね・・・・お母さんなんだけど・・・・・・・・・今・・・」
「やっほぉおぉ!!」
ユイトの言葉を遮るかのように、そこにやって来たのはカレンだった。
「か・・・・カレン・・・・・・・・・・・か。心臓に悪いからいつも急に現れるのやめてよ・・・・・・。」
俺の口から本音が思わず出てしまった。
「なぁーによ!そんな驚かなくてもいいじゃない!ねー!ユイトくーん!」
「う、うん!そうだね!」
ユイトに振りやがったこいつ・・・・。昔から変わってねぇな・・・・ホントに。
俺はこいつのこういうとこが。こういうとこが・・・・・・・・。
「ちょっとなによ?私の顔見てー。アキハへんたーい。」
「うるせーなー。つーかカレンってユイトと知り合いなんだ。」
俺は必死に話題を変えようとした。
「まぁね!ねー!ゆっいとくーん!」
「あはは・・・。お姉ちゃん元気だね。」
「ユイトー?ねぇ!どこにいるのー?帰るわよー?」
後ろから声がした。
そちらを振り向くと、赤い服を着た女性が立っていた。
「おかあさんだー!ボクここにいるよ!」
黒い車。よく見ると高級車だ。
ピンときた。たぶんどっかの金持ちさんなんだろう。
「大丈夫だったの!?おかあさん心配して!も、もうっ!あぁ・・・」
「お・・・・・・・おかあさん・・・ボク大丈夫だってば・・・・あはは・・・・・・・・。」
様子がおかしかった。なんだかぎこちない動きをしだすお母さん。
「お母さん?だ、大丈夫で・・・・」
俺の言葉を挟むように、ユイトが喋りだした。
「お!お兄ちゃん遊んでくれてあ、ありがとねー!じゃあばいばい!」
俺は何とも言えない空気に戸惑うことしか出来なかった。
「ユイトー。お・・・・お母さんねー心配で・・・」
「お母さん!お母さんってば!分かったから早く車乗って帰ろ!」
強い口調のユイト・・・。
「えぇ・・・・・・わかったわ。行きましょ。」
なんだったんだ・・・。今のは・・・。
「あれねー。そりゃびっくりするよねー。私も始めそうだったから。」
「え?」
俺は状況が掴めないので聞き返した。
「あの子・・・ユイトのお母さんさー目が見えないんだってさ・・・・」
「え・・・・まじかよ・・・・・・・・・・だからあんな不自然な動きを。」
とっさに口をついた言葉。
「こぉーっら!アキハ?そんな失礼なこと言わないのー!仕方ないでしょ?あーなっちゃうのは・・・」
「そ・・・・そうだな。そりゃ見えないぶん不安にもなるよな・・・。」
笑顔で笑いかけるカレン。
「そういうことっ!!」
背中を強く叩かれる。
「い・・・・いて・・・・・・・・・・」
何事もなかったかのように前に歩いてくカレン。
「おい待てよー!今のちょー痛かったんだけど・・・・お・・・・・・・・・・い・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「カ・・・・・・・・・・・・・・・・レ・・・・・・ン」
きぃいいぃいっぃぃぃぃぃいいぃぃぃ!!!!!!
どぉっぉぉおぉん!!
すごいブレーキ音がした。
「は?」
目の前で確かに時間だけが過ぎてゆく。
「きゃぁぁあぁぁぁぁぁぁ!!人がぁぁぁあぁ!!!」
叫び出す人。
「おい!落ち着けって!とりあえず救急車呼ばないと!」
冷静に対処する人。
「ねぇー!ままー!だれかたおれてるよー?」
全く今の状況を理解できない女の子。
「み・・・・みちゃ・・・・・・・いけ・・・な・・・・あ・・・・あ・・・・・ああぁぁ!」
泣き崩れる人。
「お、俺じゃ・・・俺じゃねぇぞ!!悪いのはあ、あ・・・・あっちだ・・・ぞ・・・・・・・!!」
運転手の人が怒り狂う。
「は?」
分からなかった。
だからひたすら考えた。
けどわからなかった。
ワカラナイ。ワカラナイ・・・・・。
分かるのは今のこの暑さだけ。
「皆さんー!今からここの道路は通行止めにします!」
警察がやってきた。
「俺はやってねぇぞ!!」
「はいはい・・・。分かりましたから。とりあえず詳しくは同行してからお願いします。」
しばらくして救急車がきた。
「残念ですが・・・はい・・・・・・。」
「なるほど・・・・そうですか・・・」
警察と医者が会話している。
「は?はぁ?は?」
浮かぶ言葉はそれしかなかった。
他になにも感情が浮かばなかった。
「えぇ・・・っと。今ですねー目撃者の証言から、あなたが先ほど車に轢かれた子の・・・・」
「車に・・・・轢かれた?」
「はい。その子ご友人ですよね?詳しく聞きたいので・・・・・・を・・・・・・して・・・。」
分かんない。全く分かんない。
おい。カレン。なんで倒れてんだよ。
おい。おいおいおおいおいおいおいおいおいおいおいおぉいおい!!
顔上げろよ!おいぃぃー!!!
「あのー?大丈夫ですか?わたくしたちはあなたのご協力の元、この事件をかいけ・・・・」
「おい!!か、カレン!!」
やっとその時俺の意識は確かになった。
「大丈夫か!カレン!!しっかりしろよぉ!!!!おい!!起き上がれよぉーっぉ!なにやって・・・」
「はぁ・・・やっぱそうだよな・・・・・。おい!彼を取り押さえろっ!」
嘘だ嘘だ。おい。嘘だろ。こんなの。
俺は、複数の警官に取り押さえられた。
「や・・・・めっろ・・・・よぉおぉ!!離せ!おい!!!カレンー!!」
「あ、暴れないでください!これ以上暴れると暴行罪です!落ち着いてください!!」
「んなんだよ!!おまえらカレンをどこに連れてく!!!!!おい!か・・・・」
「さ、ササモト警部!もう彼はダメです!!完璧目の前の状況を理解できてません!」
「うぁヵぁぁぁぁあぁぁぁぁ!!!はなせぇぇぇぇぇえぇえよぉおおおお!!!!」
「おい・・・・少年。あの子は死んだんだ。」
嘘だ。うそつくなよ。
「嘘だと思うだろうけどホントだ。少年、お前が目の前で見たのは現実だ。」
「・・・・ふ・・・・ふっははっはは・・・・そっか・・・・」
「おまえら!彼を離してやれ!」
「そうだよなー!分かってるよ!そんなのぉお!!なんだよそれ!お前が殺したんだろ!離せよ!」
「ササモト警部・・・・。」
「離してやれ・・・・・・・・・・・分かったか。命令だ。」
「は・・・い。」
「おい!じ、じじぃ!てめぇよくもカレンを殺しやがったなぁぁぁ!!!」
俺は整理できなかった。何もできなかった。
ただ分かったのは感情が入り混じることだけだった。
俺はただ目の前にいた警官を殴ることしか出来なかった。
「・・・・・殴ってお前の気がすんだか?」
「なんだよ・・・・・・・それ・・・・。おまえ!死ねよ!お前が死ねよぉっ・・・っぉ!!」
「辛かったな・・・・。もういいんだ。お前が全部背負わなくてもいいん・・・」
嫌だ!来るな!
「ち、近寄るなぁぁぁ!!おまえらが見殺しにしたんだぁぁ!カレンはまだ生きて・・・・」
「死んだ。」
「は?」
「だから、死んだんだよ。カレンさんは・・・。」
「うっ・・・・うぅ・・・・・・・」
「もういい。お前が全部溜め込むことない。俺に分けてくれ。お前の悲しみ。」
「うぅ・・・ぅあっぁぁぁぁあ!!!!!カレン・・・・!!うぁぁぁぁぁぁっぁぁあ!!!!」
俺は泣き続けた。
周りに人がいる中で何度も。
人目なんて気にならなかった。
ただ涙が出てきた。
たぶんこれは悲しいってことなんだろう。
入り混じっていた感情の中で、俺は確かな感情に初めて気づいた気がした。
それから1年がたった。
俺は相変わらず何も変わらない日々を送っていた。
そうしてまたあの夏がやってきた。
「ごめんな・・・・。カレン。おまえ・・・・・・のこと・・・・・・・・・・・・・・・」
俺はカレンの墓の前でまた泣き崩れてしまった。
「少年・・・。大丈夫か?」
「あ・・・・ササモト警部・・・・・・・・・」
そこにやって来たのはあの時俺を、俺の入り混じる感情を・・・現実というものを気づかせてくれた人だ。
「ざんねん。もうササモトさんだよ。俺は。」
「え?」
そのあと俺は聞かされた。色々な話。
ササモトさんは、もう警察という職業をやめたらしい。
理由は、俺があの時警察という相手に暴行をくわえ、実際なら俺は今捕まってる状態。
でもあの時ササモトさんは、上の人たちに掛け合って、あれは仕方のないことだったといいあってくれた。
「まぁ、というわけだ。」
「ササモト警部・・・・でも、俺と一体なにが関係あってやめたんですか?」
「あっはは。こりゃびっくり。おまえは関係ないぞ?俺の意思でやめたんだ。」
かっこよかった。そう思えた。その時のササモト警部は、普通のササモトさんじゃなく、本当にササモト警部だった。
「俺は、あんな上の連中らの下で働きたくなかったんだ。まぁ、この話はいずれまたしてやるよ。じゃあな。」
去っていくササモトさん。
俺はまた泣き出してしまった。
今日は、命日だから泣かないって決めたのに。
くそ・・・・。泣いてしまったら・・・・・・・カレンが救われない。
「ごめんな・・・・カレン。あのな・・・・・聞いて欲しいことがあるんだ。」
そう。俺はこの言葉を言いたくて、この一年間ずっと報われない気持ちでいた。
「カレン、好きだ。」
あぁ・・・やっと言えたよ。やっと・・・・・・・・言えた。
「どうしたの?泣いちゃったりなんかして。ホントにもう!しゃきっとしなさい!」
「私?私はやっぱりうどん派かなー?あっはは」
「ほーら!私の元気を分けてあげるわー!!えーい!」
「なんでだろうね。なんかさー私どうしても・・・アキハのこと、好きなんだ。」
「え?」
俺は、全く知らない記憶に出会った。
いいや、記憶じゃない。
現実だ。
これは俺の物語の始まりにすぎない。
そう、全ては今始まったばっかりだったんだ。
作者SION
これは、一人の少年から始まる噺。
『暑い夏の日、君は嘘みたいに一瞬で消え去った。』
他にもキャラクターひとりひとりのストーリーを作る予定ですっ!よろしくお願いしまんた。
次回作、カラクリエンジン。
『僕は知った。少女がどれほど僕を試しているのかを。』