「怖くなんかないもんっ」
お留守番をすることになった日、私一人を家に残すのがやはり不安になったのか母に「おばあちゃんの家に行こう。」と言われ即答した。
保育園では年長さんで、大人ぶることが当時のはやりだった。
嫌いな物を食べること、夜に一人でトイレにいくこと…。
今思うと母に「早紀ちゃんは大人ねっ」と乗せられていたように思えるけれど。
とにかく、大人なこと、自分が大人だと思うことをしたかった。
お留守番くらいできると思った。
母が買い物にいくたった数時間だけなのだ。
しかも昼間である。
できないわけがない。
あまりにも意固地になる私に母は根負けし、台所には近づかないこと(火の気があるので)と、家からでないことを約束させ、でかけていった。
住み慣れた家にはじめて一人になった。
初めのうちは、おもちゃで一人遊びやテレビなどをみていた。
けれどもなぜだか、母がいないとなるとそれらもすぐに飽きてしまった。
当時はまだ暇、という概念がなく、「さあ、何をしようか。」と考えていた。
しばらく思案にふけっていると、玄関のドアをノックする音がした。
チャイムだってついているのになぜかノックをされた。しかも私がいた部屋は、玄関から一番離れた部屋である。
本来ならば聞こえるはずがない。
しかし、それは聞こえた。
警戒心が薄い私は、玄関にちかづいた。
「だれかいるの?」
母なのかもしれないと思った。
――母はドアに鍵をかけてでかけたのだから、母であるわけはないのだが。
ドアスコープまでは、背の高さが届かず外をみることはできない。
でも、たしかにノックは聞こえたし、だれかがいるような…そんな気がするのだ。
「だれかいるの?」
念のためにもう1度大きな声で尋ねた。
ノックが聞こえたのに、だれも返事をしない。
そこにうすら寒いような恐怖を覚えた。
だれもいないのだろうと、ドアに背を向けた瞬間、
コンコン
またノックが聞こえた。
確実にだれかがいる。
「だれ?」
さきほどよりも大きな声で問うた。
けれども返事はないし、ノックももうされてはいない。
いたずらなのだろうか。
また背を向けた瞬間、
コンコン
その音がしずかに静寂をやぶった。
外にいる人は私のうごきがわかっているのだ、ということがなんとなくわかった。
けれどもドアスコープからこちらは見えない。
郵便受けは、ポストでドアのよこについている。
なのにどうして私のうごきがわかるのだろう。
恐怖と謎が幼い頭をいっぱいにした。
結果、その場を後にした。
一番奥の、おもちゃとテレビがある部屋まで戻った。
ここまでくればもう大丈夫。なんとなくそう思った。
けれども、
コンコン
聞こえるはずのないノックの音が聞こえた。
「おかあさん?」
お母さんであってほしい。そんな願いが口からもれた。
けれども返事はない。そもそも母は鍵をもっているからノックなど必要ない。否、鍵を持っていなかったとしても、チャイムをならすはずである。
正体不明の何者かがいる恐怖。
近くにあったぬいぐるみをぎゅっと抱きしめて、そのままドアへと向かった。
「だれなの?」
外にいると思われる者に問う。
ガチャ
ドアノブが回された。
鍵をかけてあったのだから、開けられるはずがない。
けれどもドアは開いた。
「ただいまー」
母だった。
「おかあさんっっ」
母にとびついた。先ほどまで感じていた恐怖から解放されて安心し、そして泣いた。
母は、いきなりとびついて泣いてきた私をみて、お留守番が怖かったのだと勘違いをしたようだった。
泣きじゃくる私にはさきほどまでの恐怖は説明することはできなかった。
作者わっふる子
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