私はその昔 高校で働いていた。
中高一貫教育の女子高で 先生も生徒も女性ばかり。
男性教師は少なくて 多くは外部の非常勤講師を雇っていた。
そんな男性講師の一人に「加藤 明」という男がいた。専門は 数学科。 見た目はタレント系である。スレンダーな体系に ロン毛。色黒のワックスを顔に塗り、何処となく影があり
黒のGTRに乗って登校する。
「日焼けしたキムタクに似てるよね。」
女生徒たちの間では たちまち人気急上昇だった。
(いや キムタクを10回なぐった顔だろ)私は心の中で 毒づいた。
全身から漂うナルシスト臭が 唯一のマイナスポイントだった。
「かっこいいよねぇ」
10回なぐった顔だって「男性である」というだけで花形だ。
「でも知ってる?あの先生、可愛い子見つけるとすぐにモーションかけてくるから気をつけてね。」
同僚のR美が 私に耳元でつぶやいた。
このR美もまた ミスS女子高と 密かに噂される存在で、10人いたら 10人とも間違いなく振り向くような美人教師だった。そんな話をするところをみると おそらく真っ先に加藤に声をかけられたんだろう。
「それなら大丈夫。私にはまず、声はかかんないから」私は笑った。
女子校舎に入る直前に廊下の鏡で きめポーズの練習してる加藤を悪いけど、何度も見ていた。
女子高にナンパ目的で 授業に来てる(らしい)、ありえない男・・・
黒いGTRは 脂でつやつや光ったゴキブリにしか見えなかった。うーん、気持ち悪。
彼の名は「アキラ」。あだ名は「ゴキラ」。名づけ親は もちろん 私だ。
※ ※ ※
そんなある日。事件は突然起きた。
3年2組、R美先生の授業のクラスからだった。
「キャー!!」
がたがたっ、と複数の椅子がひしめき 恐怖で後ずさりする音。
(虫でも出たのかな?)
女子高ではこういう悲鳴はたまにある。
虫の場合は 悲鳴とあわせて笑い声が聞こえたりするのだけど、そのときは 授業が終わるとほぼ全員が廊下に飛び出して口を押さえたり肩を抱き合ったりして 震えていた。隣のクラスで授業をしていた私は 異変を感じて声をかけた。
「何か あったの?」
「ひーちゃん先生・・・また視てしまいました!」 S本という女子高生が 青い顔で駆け寄ってきた。この学校で 抜群の霊能力を誇る生徒だ。
彼女いわく、どうやら私には独特の「オカルト・オーラ」が出ているらしく、それに気がついて以来、心霊めいた事件が起こると 私のところに相談に来る。
「R美先生の授業中、先生の背後から急に女の人が出てきたんです!もやぁっと黒板から出てきたんです!」「2組のクラスの子のうち、13人が視たんです!」「あのね、80年代の松田聖子カットの背の高い、女の人。スゴイ形相してR先生を睨んでた・・!」
ふいにS本がノートをとり出した。「そうだ!ひーちゃん先生、絵が得意ですよね!松田聖子、描けますか?」
「ええ?」 条件反射で私はつい、ペンを執った。
「デビュー当時の フリフリ純白ドレスの松田聖子みたいな・・・こんなかんじで・・・」私はS本の証言を元に サラサラと 霊のモンタージュを描いて見せた。
「うわー この髪型!!これこれ!!」「キャー!」「ひいいい!」
・・・私は言葉を失った。
そのとき、渦中のR美が 教室からふらりと 現れた。手には 幾重もの 数珠を巻いてる。まさか・・・・
※ ※ ※ ※ ※
「学校には内緒だけど、実は私・・・最近 加藤さんと付き合いだしたんだわね」
職員室で R美はうつむいて私に告白した。
「!!」
「それからなの。枕元に聖子ちゃんカットの女の人が出てくるようになって・・・」
「毎晩ね・・・枕元で 泣きながら 『別れて あの人と別れて』って・・・」
S本が職員室に入ってきた。R美先生とゴキラを交互に じーっとみつめていた。何かを霊視しているらしかった。S本はつかつかとR美と私の間に来ると 先ほどのモンタージュを出した。
「・・・R美先生は この女性に見覚えありますか?」
R美の表情から サーと 血の気が引いた。生徒たちの集団目撃情報は 幻覚ではなかったのだ。
※ ※ ※ ※ ※
その数日後。R美が怒りちぎった顔でバン!と職員室に入ってきた。
「ゴキラのやつ!!二股かけやがって!!」
R美の話によると・・・
ゴキラこと加藤には、実は婚約者がいた。彼女はガンで、病院に入院中であった。ゴキラはそれを隠していた。学校帰りに毎日、病院に婚約者を見舞いに通っていたという。
その婚約者が死んだ。
先月の日曜日が その葬式だった。棺に横たわった彼女は純白のウェディングドレスを着ていた。
加藤はやはり純白の花婿姿で棺おけの中の婚約者に 結婚指輪をはめた。
(愛知県のとある地域には遺族の希望さえあれば、仏に婚礼衣装を着せる風習があるのだ)
彼らは あの世とこの世で夫婦になっていたのだ。
「・・・加藤さんが私と付き合いだしたのは 葬式があった、その翌日だったのよ」
「ええええ!!?」
見ると彼女の手首から 数珠も消えている。
「いつものお守りの数珠は?」
「今朝目が覚めたら 糸が切れてバラバラになってた・・・」R美はカタカタと震えていた。
「数珠もダメだったとは・・・!」私も青くなった。
「ひーちゃん先生! 誰かお祓いできる人、知らない??」
そこへS本が現れた。「あの、私、そういう先生を知ってます・・」
「よかった!紹介して!」R美先生の顔に余裕はない。「でもひとりじゃ心配。ひーちゃん先生も一緒についてって!」私は戸惑った。「いいけど・・」
「こういう事は張本人のゴキラに言ったほうがいいんじゃない?」
※ ※ ※ ※
そんなわけで
R美とゴキラは名古屋の女性霊能師と会うことになった。R美の証言を聞いたものを 以下に記しておく。
music:1
タクシーでR美のアパートに向かう途中、女性霊能師さんに携帯で電話をする。
「もしもし?」 繋がったとたん、電話口の霊能者が「あっ」と 叫ぶ。
「まっすぐ来ちゃダメよ!!」と 叫ぶ霊能者。
「?」
「あなたたちの乗ってる車の上空に 女霊がぴったりついてきてるわよ!!」
shake
「!!!」
R美は まだ この霊能者に 死んだ婚約者のことは言っていなかった。
「憑いてきてる!白いドレス服着て・・・車の天井に貼りつこうとしてます!」
「ひいいっ!」
「方角的にまずいので方違えをしましょう。除霊の場所を変え 結界の中に逃げましょう!」
霊能者が指示を出した。
(方違え?ええ? 平安時代じゃあるまいし・・・)
そう思いながらも R美は従い 除霊場所を急遽、指示通りの近場神社に変えたという。
「ひいい・・もうたくさん!」
※ ※ ※ ※ ※
・・・・・そんなこんなの騒動の 数ヵ月後。
R美は彼女のお墓参りに行くようになった。
彼との交際を知らずに付き合いだしてしまったことを詫び、同時に今の交際を許してほしいと念じた。
肝心のゴキラは一緒に来ることはなかった。
プロによるお祓いの後も 霊は出続けたという。
ただ 以前のスゴイ形相とは違って
「モウ イイヨ ・・・」 とー・・・
以前とは違う、あきらめたような口調になった というのだ。
「彼ハ 子供ッポイ カラ・・・」
そう言うと淋しそうな顔で 消えていったそうだ。
「そんなら堂々と!ってことで 水に流して正式に加藤さんとお付き合いを始めたんだけど・・」
R美とゴキラは たった8ヶ月間で 別れてしまった。ゴキラの浮気の虫は R美と付き合いだした後もおさまらなかった。結局 R美のほうが 先に愛想をつかした。
(幽霊に むしろ感謝すべきだよ)
私は心でつぶやいた。
※ ※ ※ ※ ※ ※
あの一連の騒動はなんだったのだろう。
今でも時々 思い出す。
軽薄教師ゴキラの性格による 人災か。はたまたオカルト好きな、一女子高生の狂言か?
ほんとうは霊の祟りじゃ ないんじゃないの?
「アタシ 霊より 生きてる人間のほうが わけわかんないな」(また くだらないことに 時間を費やしちゃったかな・・・)
みんな 妄想ってことに しとこう。
そうだ それがいい。
ぼそっと自分につぶやくと私はペンを出し、やり残した仕事の続きを 始めた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ 『ハイスクール怪談』ー終ー
作者退会会員
これは私が体験した実話怪談です。
怪談は、怖いだけじゃない。
幽霊も教師も人間だ。
ここでそれを強調するのは無理があるかもしれないけど あえてそんな人間くささに歩み寄ってみました。