日が完全に沈みきり生徒がいなくなった校舎内を、葵は足早に歩いていた。
仕方がないとはいえ、明かりのついていない夜の学校なんてあまり長居したくないものだ。
早く済ませてとっとと家に帰ろう。
手足を大きく振りさらにスピードを上げ廊下をぐんぐん進むと、あっという間に目的地に到着した。
東階段の2階と3階の間の踊り場。
例の七不思議の噂の場所だ。
「鏡子さんって幽霊が現れてね、約束を守らなかった人に罰を与えてくれるんだって」
いつだったかに優菜から教えてもらった噂だ。
馬鹿な優菜。
まさか自分が「罰を与えられる人間」になるとは、あの時には思ってもいなかっただろう。
だがこれでいいのだ。
彼女は約束を破ったのだから。
nextpage
葵と優菜は小学校の頃からの付き合いだった。
いつも二人で行動しており、周りの生徒からは「そういう趣味の人なの?」なんて馬鹿にされた事もあった。
別に同性しか愛せないわけじゃなく、単に物凄い気が合っていただけだ。
優菜はいつも頼りになるし、葵の我が儘も嫌な顔一つせずに付き合ってくれた。
葵も優菜の為ならなんでもしてあげようと心に決めていた。
葵には今でも鮮明に覚えている思い出がある。
二人が小6の時の、葵の12才の誕生日。
「ずっと友達でいようね」
どんなプレゼントよりも嬉しい言葉を優菜からもらった。
これからもずっと親友でいられると信じていた。
そんな優奈も2年後の今は葵を虐めているグループのリーダーなのだから、人生何が起こるか解らないものだ。
葵は思った。
私の友達はもうこの学校にはいない。
いるのは「人を汚物を見るような目で見てくる女」だけだ。
ならもういっそ消してしまおう。
私の記憶から。
そしてこの世界から。
nextpage
鏡子さんに合う為の条件は二つある。
①東階段の2階と3階の間の踊り場にある大鏡の前に夜一人で立つ(この際周りの電気をつけてはいけない)
②鏡の前で手を合わせ「鏡子さん鏡子さん、どうか私の願いを聞いて下さい」と唱える。
意外に①はすんなり達成出来た。
時間は「夜」としか指定されていなかったし、用務員のおじさんに「教室に忘れ物をしてしまって。今日中に必要なんですけど」と言ってみたら驚くほどあっさり通してくれた。
本当は今日は下見だけで実行するつもりではなかったけど、ここまで来たなら今やってしまった方がいいと葵は考えた。
そして特になんの問題もなく、踊り場の大鏡の前までたどり着く事が出来てしまったのだ。
あとは②を実行するだけだ。
鏡を前にして両方の手の平をぴたりと合わせる。
不思議と恐怖は感じていなかった。
上手くいけば明日から優菜の顔を見ないで済むのだ。
思わず合わせた手に力が入る。
「鏡子さん鏡子さん、どうか私の願いを聞いて下さい」
葵の言葉が静まり返った校舎内に微かにこだましていった。
どうだ?
目の前にある大鏡の様子をじっと見守る。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
やっぱりあんな噂、誰かが適当に作った嘘だったのだろうか?
そう思っていた時だった。
鏡に映る葵の後ろにある白い壁がモゴモゴと動き始めた。
あまりの事に葵の体は固まってしまって動けなかった。
それは壁の色をした人間の女性の顔の大きさと形に変化すると、ゆっくりと口を開いた。
『・・・・・・私を呼んだのはあなた?』
目を閉じたまま学校の壁から顔だけ出したような状態で話しかけてくる。
「はっ、はい!私です!」
『私を呼んだという事は「約束を破った許せない人」がいるのね?』
「・・・・・はい」
葵の表情が「許せない人」という言葉に反応し、険しくなっていった。
それを見た壁の女はニヤリと笑った。
『・・・・いいわ。でもまず初めに一つだけ約束して』
「はい」
『あなたの願いを私が聞き届けた後、決して振り返らないようにしなさい。・・・・・絶対にね』
「はっ、はい・・・・・」
汗が額を滴り落ちるのを感じた。
そう言われると逆に気になってしまうではないか。
今、葵が見ているのは鏡に映っている「鏡像」だ。
見るなという事は現実の葵の後ろでは何かが起きているのだろうか?
目線が外側へと泳いだ。
(駄目だ!早く願いを聞いてもらって終わらせよう!)
それから葵は優菜との事を必死に説明した。
自分が今、優菜からどんな酷い仕打ちを受けているのか。
そしてもちろん、優菜としたあの日の約束の事も。
『・・・・そう、約束を破るような人間は許しておけないワよネぇ・・・・・・』
「はい、どうかお願いします。この通りです」
葵は鏡に向かって深々とお辞儀をした。
あいつを消してくれるなら天使だろうが悪魔だろうが関係ない。
いや、いっそ悪魔の方が深く苦しめてくれるかもしれない。
葵は踊り場の床を見つめながらニヤリと笑った。
『解ったわ・・・・。その子は私が連れて行ってあげる。すぐにでもね・・・・』
やったっ!
これでようやく辛い日々が終わる!
「あっ!ありがとうござっ・・・・・・」
急いで顔を上げたその先には、もう彼女の姿は無かった。
あるのはいつもと変わらない一枚の大鏡だけ・・・・。
「・・・・・・・帰ろう」
深く考えずにそのまま階段を下りて帰ろうとした。
しかし、ふとあの事を思い出してしまった。
・・・・・気になる。
もう鏡子さんはいなくなったんだし、大丈夫じゃないか?
「優菜を消してもらう」という目的をほぼ果たした事で葵は本の一瞬、気が緩んでしまった。
気がついた時には少しだけ体を捻り、鏡に映っていた自分の背後辺りの壁を覗いていた。
(別に壁に顔があったりは・・・・・しないか・・・・・)
それだけ確認するとすぐに階段を下りていこうとした。
『・・・・駄目じゃなイ。約束を破っチゃ・・・・』
確かに背後で声がした。
しかもすぐ後ろで。
「ひっ!!!?」
慌てて身構えつつ後ろを振り向く。
・・・・・・だがそこには誰もいなかった。
「・・・・やばい、早く帰ろう」
来た時よりも数倍早いスピードで階段を下りていく。
この時葵はまだ気づいていなかった。
周りの景色が全て「逆」になっている事に。
nextpage
その日から葵と優菜は忽然と姿を消してしまった。
行方不明となった二人の事を生徒達は「鏡子さんに連れて行かれた」と噂していた。
噂では、鏡子さんは約束を破った人間を「鏡の中の世界」に引きずり込んでしまうらしい。
鏡の中の世界の物は全て偽りの物であり、全く動かす事が出来ないそうだ。
連れてこられた人間は死ぬ事も出来ずに、食べ物も飲み物も無い世界で一生彷徨う事になるのだ。
踊り場の大鏡の前では時々昼間でも聞こえる事がある。
鏡の中から「出して」「助けて」と助けを呼ぶ声が・・・・・
nextpage
●七不思議の一●「踊り場の大鏡」
東階段2階、3階の間の踊り場にある大鏡には鏡子さんという幽霊が現れる。
夜、鏡子さんを呼び出してお願いをすると「約束を破った人」をこの世から消してくれるらしい。
ただし、鏡子さんとした約束は絶対に破ってはいけない。
作者バケオ
今回はシリーズ物にしてみました(全7回)
とは言っても一つ一つの話にはあまり繋がりはないので単独でも楽しめると思います。
(一応七話目だけほんの少しだけ繋がりがあったりなかったり・・・・)
今まで言ってませんでしたが、実は七不思議とか学校系の怖い話が大好物だったりします(^^)
昔スーパーファミコンで発売した「学校であった怖い話」を死ぬほどPLAYしたり、小学生向けの怖話本を当時読みまくったものです。
大人向けの話とは違ってちょっと現実味が薄い話も多いですが、それもまた魅力ですよね。