今からする話は私の一番の親友だった友人の話です。
そいつの名前は修平と言います。
修平はいわゆる「ミリタリーマニア」というもので、特にエアガンやガスガンとかが好きな奴でした。
私はあまりそういったものには興味がなかったのですが、修平の家に遊びに行くと毎回自慢のエアガンを見せてきてよく解らん説明を一方的にされたりしました。
少し強引な所もある奴でしたが、都会の大学に入って初めて仲良くなった友人でしたし割と気が合ういい奴でした。
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ある日私はいつものように修平の家に遊びに行き二人でゲームをしていました。
1時間ほどPLAYしたら二人とも少し飽きてしまったので、少し休憩を入れる事にしました。
買ってきたお菓子を食べながらくつろいでいると、不意に修平が立ち上がりガスガンを持って窓際に立ちました。
何をしているのかと聞こうとすると、修平は自分の唇の前に人差し指を立てる仕草をしました。
私が思わず口にチャックをすると修平は小声で囁いてきました。
「外、見てみろよ」
私は促されるままに窓の外を覗き込みました。
そこには2羽のカラスがいました。
アパートの2階にある修平の部屋のベランダの手すりに、こちらの窓とは反対方向を向いて止まっていました。
すると修平はゆっくりとした動きで窓を少しずつ開け始めました。
その時やっと修平が今から何をやろうとしているのかが解りました。
私は思わず「おい、やめとけよ」と注意しました。
しかし修平は手を止めませんませんでした。
「こいつらいつも家の周りで五月蝿くしてイラつくんだよ。見ろよ、今だってこんな距離なのに全然逃げようともしてないんだぜ」
そう言って少し距離をとってからカラスに気づかれにくい位置を探し、ガスガンの狙いを定め始めました。
正直この時私が大声を出したりして無理にでもカラスを追っ払っていれば良かったのですが、雰囲気に流されてそのまま息を潜めて見守ってしまいました。
数秒後に、いつだったかに聞いたのと同じガスガンの発射音が鳴りました。
と同時にカラスのけたたましい鳴き声が窓の外から聞こえてきました。
「カアー!カアー!」と尋常ではないほどの勢いの叫びが続きました。
私は思わず「まさか殺したのかよ!」と怒鳴りました。
修平は呑気な顔で「まさか」と答えました。
「一応持ってる物では一番威力高い物だけど、殺すほどの威力はさすがにねぇから」
それを聞いて私は少しだけほっとしました。
しかし、ふと耳に入ってくる鳴き声がおかしい事に気付きました。
一匹分の鳴き声しか聞こえてこないのです。
すぐに私はベランダに出て先程までカラスがいた場所の下を覗き込みました。
そこにはカラスが一羽、ピクリとも動かなくなった状態で倒れていました。
すぐに修平が後ろから続けて覗きこんできました。
すると修平の顔がみるみるうちに青ざめていきました。
物凄いスピードで部屋を飛び出していく修平に続き、私も後を追ってベランダ下の場所に急ぎました。
現場に到着すると修平が倒れたカラスの前に座り込み何やらブツブツ独り言を呟いていました。
状況から見て恐らくこのカラスにはもう息がないだろうと感じました。
たぶん修平も殺すつもりは全くなかったのでしょう。
しかしやってしまったものは仕方ありません。
せめてお墓だけでもちゃんと作って弔ってやろうと修平に声をかけようとした時でした。
「来るなっ!」
振り向いた修平の顔は今まで見た事のないほど緊張した表情になっていました。
思わず私の体はその場でピタリと固まってしまいました。
それを見た修平は慌てて「あ、いや、なんていうかそのよぉ・・・」と言葉を濁しました。
そして「今日はもう帰ってくれねぇかな・・・」と私の顔を見ずに言ってきました。
そんな訳にはいかないと思ったのですが、この状況は全部自分の責任であるから一人で片付けたいと言って聞いてくれませんでした。
私はいまいち納得出来ないでいましたが、修平が一歩も引く気がないようだったのでしぶしぶ帰る事にしました。
後で知った事ですが、市区町村からの許可を得ずに鳥を殺してしまった場合「鳥獣保護法違反」という法に触れてしまうらしいです。
もしかしたら修平はそれを知っていてこっそりと何処かに埋めてしまおうと考えていたのかもしれません。
私を帰したのは「自分の犯罪に巻き込みたくなかったから」だったのでしょうか。
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次の日修平に、色々考えた挙句「大丈夫だったか」とだけメールを送りました。
しかし、いつもは遅くても1時間も経てば返信してくる奴なのにその日は何時間待っても返事が帰ってきません。
気になって夜に電話も数回してみましたが留守電にかかるだけ。
さらにその翌日のいつも一緒に受けている講義にも姿を表しませんでした。
私の不安はどんどん高まっていきました。
嫌な予感がしました。
きっとあの後修平に何かあったんだ。
そう考えたら居ても立っても居られず、大学の帰りにそのまま修平の家に向かう事にしました。
最寄りの駅に着く頃には日が沈みかけており、空を飛び交うカラスの鳴き声が私の不安をさらに強めていきました。
それから数十分後、修平の住んでいるアパートに着く頃にはすっかり辺りが暗くなっていました。
なのに、目の前の修平の部屋の窓は明かりが点いていませんでした。
案の定部屋のカギはかかっており、ベルを鳴らしても一向に修平が出てくる気配がしません。
仕方なくその日はそのまま帰る事にしました。
情けない話ですがその時はそれ以上どうすればいいか解らなくなってしまったのです。
帰り道では、ただただ修平が今どうしているのかが心配で仕方ありませんでした。
とぼとぼと駅までの暗い夜道を元気なく歩いていたその時でした。
「カァー、カァー」
曲がり角の先の道辺りからカラスの鳴き声が聞こえてきました。
嫌な気分になりましたが、その道を行かないとかなりの遠回りになるので仕方なくそのまま進みました。
その場の光景を見て思わず足が止まりました。
電灯の下の照らされた場所に7、8羽のカラスが集まっていました。
そしてその中心あたりに、後ろ向きでしゃがみこみ小刻みに動いている人間がいたのです。
酷く薄汚れたボロボロのジーパン
元からなのか汚れなのか解らないような色の黒いTシャツ
まるで一ヶ月以上は風呂に入っていないようなボサボサの髪
少しだけ見覚えのあるジーパンのせいで私の頭の中には最悪の展開が思い浮かんでいました。
そいつは私に気づいたのか、まるで鳥のような動きで首から上だけを動かして私を睨みつけてきました。
修平でした。
2日前とはまるで別人のような姿でしたが確かに修平でした。
修平の目は何故か白目の部分がなく、濁ったような真っ黒の目で私を睨んでいました。
修平は体の向きを変え、まっすぐに私の方に向き直りました。
そして私の事を観察するかのようにじっと見つめてきました。
思わず目を逸した時に修平の足元に何かがある事に気付きました。
猫の死骸でした。
気が狂いそうでした。
まさかさっき修平が小刻みに動いていたのは「そういう事」なのかと。
「カアー!」
突然修平が大きな声でカラスの鳴き真似をし始めました。
というより完全にカラスそのものの声でした。
まるで修平の口の中に本物のカラスが潜んでいるかのように。
恐怖のあまり一歩後ずさりすると、その場にいたカラス達が大きな鳴き声と共に一斉に空高く舞い上がりました。
それを追いかけるかのように修平も物凄いスピードで後ろに向かって走り出しました。
「おい!待てよ!修平っ!」
「カアーッ!カアーッ!」
考えるよりも早く体は修平を追いかけていました。
しかし、突き当たりの曲がり角を曲がった所で一瞬目を離しただけなのに修平は忽然と姿を消してしまいました。
私は一人だけその場にぽつんと取り残され愕然としてしまいました。
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正直今でもあの日見たものが何だったのかは解らないでいます。
ただ確かなのは、修平は未だに行方不明のままだという事です。
もしこれを見た人が「カラスの鳴き真似をしながらゴミを漁る変な男」を見たら、どうか私に教えて頂けるとありがたいです。
もしかしたらそいつは修平かもしれませんから。
作者バケオ