これは、私が北海道をバイクで旅していた時の話です。
学生の貧乏旅行ということで基本的にテントで寝泊まりしていました。
時期は九月中旬、昼の気温はそれなりに高いのですが、夜はかなり冷え込んでいたことを覚えています。日によっては朝方にライダージャケットを着ないと眠れないこともありました。
北海道は他県と比べると無料のキャンプ場が多く、玉石混合ではありましたが、宿泊場所を事前に決めない放浪の旅をそれなりに楽しんでいました。
その日は帯広から富良野、旭川を経由し南下していました。時刻は15時前後、すでに数100キロを走っていました。非常に疲れていたのを覚えています。
キャンプ場は管理されているところでも、街灯がないことも多く、夜間の設営は困難です。日が暮れるのも本州と比べると早いので17時には設営を完了したいところです。
急いで携帯で探したのですが、あまりめぼしいキャンプ場は近場にありません。
ようやく見つけたカムイコタンという場所にたどり着いても、キャンプ場は時期が遅かったのか封鎖後。しかも、カムイコタンでググると[カムイコタン 心霊]なんて出てくる。怖い話が苦手な私はすぐにその場を後にしました。
そのまま南下し続けると、割と大きな町に到着、こうなるとキャンプは非常に難しくなります。市街地にキャンプ場はないからです。
そこで、ビジネスホテルを予約しようとマップアプリで検索すると近場に大きな自然公園があることが判明。しかもキャンプ場が併設されています。
これ幸いとばかりにそこに向かいました。すでに18時近くになっておりあたりは薄暗くなっています。
現地について唖然としました。公園とはいうものの出入り口は全部封鎖、入り口付近にある休憩所はガラスが全部割られ、電気のメーターも取り外されています。
風化した案内看板がそばにあり、かつては多くの利用者でにぎわっていたことがわかりました。公園は周囲数キロにわたる広さで、キャンプ場は沼の近くのかなり奥まったところにあります。
正直かなり気が進みませんでした……、しかし、これから宿を探す時間はありません。所詮一泊、もし何かあっても土産話にしてやるかと心を奮い立たせ、なんとか日暮れ前にテントを設営することができました。沼が気持ち悪く、蚊が多かったので遊具のそばにしましたが。
とりあえず付近を散策しました。木々がうっそうと茂っていて、まだ日が残っているのにかなり暗い、便所を探して入ると便器が取り外されている……なおかつ近くを高架でバイパスが通っており非常にうるさい。
これは完全な外れだ。そもそも、これだけ広大な公園なのに俺以外誰もいないじゃないか。
なんだか気味が悪くなってきたので腹ごしらえと風呂に入りに町に向かいました。
久しぶりの銭湯でくつろいでいると、四人のおじさんが入ってきます。せっかくの貸切状態だったのにと騒がしい湯船に浸かっていると自然とおじさん達の会話が耳に入ります。
どうやらこの人たちはこの付近で工事をした帰りに銭湯に寄ったようです。
「さっきバイパスの下にでかい公園ありましたよね?俺、こっち来てからあの辺はまだ行ったことないです。」
「ああ、○○公園な。でかい沼があってさぁ、昔よく釣りに行ったなぁ。よく釣れるんだよ。春は花見客でいっぱいだったし」
「桜が有名なんですかぁ~、仕事は来年も続くし、春はみんなで花見とかよいっすねぇ」
「賑わってたのは昔だけだよ。それに俺はあんまりあそこに行きたくねぇなぁ」
「何でですか?釣りもすれば良いじゃないっすか?童心に帰って」
「結構前なんだけど、あの公園の便所で妊娠した女子高生が自殺したんだよ。男に捨てられたとかで。それからかなぁ、人が減ったのは……別に幽霊が出るって話は聞かないけど、なんか気持ち悪くてさぁ」
とんでもない話を聞いた。あの便所の話かよ……、間違いなくあの公園の話です。それを聞いただけで今まで持っていた良くないイメージがより強調されて、公園に帰りたくなくなりました。
数時間、銭湯の食堂で漫画を読んで時間を潰しました。しかし、ここは24時間営業ではありません。
意を決して銭湯を出ました。コンビニで酒を大量に買い込みます。私は酒に弱いので、泥酔して睡眠する作戦です。
気が進まないまま公園に戻ると、日が暮れたのも相まってより不気味に見えます。何とか懐中電灯の明かりでテントにたどり着きます。
あたりは草が擦れる音とバイパスを車が通る音しかしません。風もほとんど吹いていない。星を眺めようとしても、町が近いのと木が茂っているのでほとんど見えませんでした。
これはもう、さっさと寝るしかない。酒を一気に飲んで、すぐに意識を失いました。この時ほど、この体質に感謝した時はありません。
カラーン、カラーン
nextpage
sound:34
sound:34
音で目を覚ましました。聞こえてくるのは鐘のような音、消防車の火災警戒用の鐘のような音です。時計を見ると午前2時、バイパスを走る消防車の音かと思いましたがこの時間に火災警戒はおかしい。北海道にそういう風習があるのか?とも思いましたが、別のおかしなことに気が付きました。
sound:34
sound:34
カラーン、カラーン
音が少しも遠ざかっていないのです。遠くからではありますがずっと一定のリズムで聞こえてきます。
もしかして、暴走族がこの公園をたまり場にしていて、それで音を出して遊んでいるのか?そういえば酒を飲んでいるとき何か声が聞こえた気がした。
そうなると、幽霊よりも恐ろしい。私は電気ランタンの明かりを消し、息を潜めました。
絶対に見つかるわけにはいかない。幸いにも明かりは付近に一切ないので、自ら明かりを出さない限り、見つかる心配はありません。
鐘の音にも慣れ、状況を推測し終わるとなんだか安心し、鐘の音も耳障りではあるものの怖いと思う気持ちほとんどなくなりました。
そうしてじっとしていると、再び睡魔が襲いまどろみ始めました。
sound:33
バサバサっ
テントが突然大きく揺れる!初めは風かと思いました。しかし、風音は全くしない。人間が揺らしているのはあり得ない。足音で気が付くだろうし、割と大きなテントです。こんなに揺らすことはできない。
鐘の音も止まっていません。
sound:34
sound:34
次に思いついたのは熊でした。苫前の冊子でみた三毛別羆事件を思い出します。食べ物の匂いで寄ってきたのか……!
テントが壊されるのではないかと思うほど揺れる。なんとか撃退する方法がないか。暗闇の中何かを探します。手にあたったのは高出力のLEDライトでした。
これを使えば、テントを透かして熊を驚かせることができ、落ちた影で正体も分るに違いない。
思いっきりテントの側面にライトを突き当て、一気に照射します。しかし、何も映らない。ほかの側面でも同じでした。次第に揺れが大きくなり、私は恐ろしさのため気を失いました。
nextpage
起きたのは朝の6時でした。なんとかテントは保ったようです。恐る恐る、外に出ると何の動物もおらず、ホッとします。
こんなところにこれ以上いられない。いつもなら、ガスでお湯を沸かしコーヒーでモーニングを楽しむのですが、すぐに撤収を始めました。
おかしなことに気が付きます。テントの本体をつなぎとめるペグは残っているのですが、ロープで結んだあと四方に張った4本のペグが見当たりません。
夜の揺れで吹き飛んだのか……ライトで何も映らなかったし、ひょっとしたら風だったのかもしれないな。ペグはあきらめテントの片づけを終えました。
不意に尿意が襲います。少し気持ち悪いですが、水だけは出るので、トイレに向かいました。
日が射して気が大きくなっていたのかもしれません。
かつて便器が備え付けられていたと思われる穴に小便をします。その時
sound:34
sound:34
例の音がします。この音だ……昨日一晩中なっていたのは
意を決して振り向きました。
nextpage
しかし、背後には何もいませんでした。ホッとした気持ちでトイレを出ます。そこでまた
sound:34
例の音。怖かったですが、トイレを一周回ってみることにしました。しかし、何も音の発生源は見当たりません。
しかし、最後に女子トイレを覗き込むと、そこにはたくさんの赤ちゃんのオモチャやオムツ、ベビー用品が一つの個室の前に積まれていました。
古いものから新しいものまであります。一つのオモチャに目が留まりました。それは赤ちゃんが振って遊ぶハンドベルのようなオモチャ……その横には自分が紛失したペグがひとまとまりに置いてありました。
私のテントを揺らしたのはいったい誰だったのでしょうか?
作者jk