犬※峠。福岡では知らない人はいない、言わずと知れた、全国屈指の心霊スポットだ。
そんな場所に、遊び半分で訪れたことを、今だに後悔している。
大学1年の冬、朝から雨がしとしとと降り続く冴えない日だった。
夕方のかったるい講義を終え、いつもの喫茶店で、友人とたわいもない話で盛り上がっていた。
「これからなにするよ?」A
「なー犬※峠いってみないか?」唐突に私が 提案した。実は私はオカルトマニアだ。
「また、そういう系かよ。お前すきだなぁ、あそこはやばい、やめとけ」B
一瞬沈黙が続いた。
「一度行って見たい。4人でいけば大丈夫だろ」C
犬※峠の噂は皆知っていたが誰も訪れたことはない。色々話し合った結果、今晩決行することに決まった。
その場は一度解散し、夜22時頃Cの車で4人で出発した。相変わらず、雨は今だに降り続いている。
まずはいきつけの豚骨ラーメン屋で、腹ごしらえ、ちょっとした戦闘準備のようなものだ。皆、少し緊張しているのか、いつもより口数が少ない。
犬※峠には、出発地である福岡市街から車で、1時間ほどの予定だ。
当時、スマホやナビのない時代、地図を頼りに県道21号を北九州方面へ走り続けた。近づくにつれ、どんどん木々が生い茂り、街灯も少なくなってきた。はっきりいって山の中だ。辺りは完全に暗闇に支配され、さらに恐怖心が増してくる。
犬※峠は、今は新トンネルが建設済みであるため、旧トンネルに行く人はほとんどいない。目的地は無論、峠の頂上付近にある旧トンネルだ。
やがて、新トンネルまで到着し、旧トンネルに行く道を探したが、見つからない。無理もない、皆初めて訪れるのだから。
「この道じゃねーか?」B
よく見ると暗がりに脇道が見えた。車を、ゆっくりと進めた。
しばらく進むと道がどんどん狭くなり、車が1台通るのが、やっとの広さだ。
「この道であってるのか?」C
突然、霧がでてきた。瞬く間に車は霧に包まれた。10m先を見るのがやっとだ。
周囲は完全に山林の暗闇に支配され、雨と深い霧の中、私たちの車は立ち往生していた。
よく周囲を見ると、小さな石の祠や無縁墓が並んでいる。
異様な空気に皆、沈黙していた。さすがにやばいと感じながらも、少しずつ車を進めた。
「あれみろよ?鳥居じゃないか?」運転しているCが叫んだ。
「うわっなんだあれ?地図に神社の記号なんてないぞ」私
地図上にはない神社がうっそうと立たずんでいる。
前方に崩れかけた鳥居をヘッドライトがうっすらと照らしていた。
その、異様な雰囲気に、息を飲んだ。
よく見ると鳥居の柱に寄りかかる人影が目に入った。子供か?背が小さくみえた。助手席の私と運転席のCが、同時に見てしまった。人間にはとても見えない。
体がガクガクと、震えるのを感じた。
一刻も早く、この場から立ち去りたい気持ちだったが、なぜか体が動かない。
その化け物の奇行を見入ってしまったのだ。
化け物は突然、頭を持ち上げると鳥居の柱に頭を打ち付けはじめたのだ、狂ったように何度も何度も、頭を打ち付ける。ガシッ ガシャ グチャと、音が響き渡り、頭が潰れていく音がする。
グチャ グチャ グチャ
とても見ていられない。誰一人会話できない状態だ。
よく見ると、両手足が肘、膝から先がない、髪の長い女だった。
その奇行から、この世の者ではないことは明らかだ。何がしたいのか? 私たちは完全に恐怖で、震え上がっていた。
その化け物は、突然打ち付ける頭を止めて、こちらの、存在に気づいたように振り向いたのだ。潰れかかった頭からは、頭蓋骨が半分見え、白目をむいていた。
恐怖がピークに達する。
化け物は柱から離れると、奇声を発して、こちらに向かってくる気配を感じた。
もう、どうにもならない。殺される。
化け物は突然、四つん這いになって、髪を振りかざし、ものすごい勢いで、こっちに突進しきたのだ。
「逃げろー」後部座席のBが、叫んだ。
みんな、我に返った。車はUターンをして猛スピードで発進した。
「もっと早く走れよ」全員叫ぶ。
化け物は必要に追ってくる。やがて化け物との距離は徐々に、遠くなっていき、何とか振り切る事ができた。
あの時の、形相は頭から離れない。
命からがら県道までたどり着き、なんとか家路に着くことができた。
この話には続きがある。
半年後、私はコンビ二で怖い話の特集を立ち読みしていた。誰かが投稿した作品に目がとまった。
「犬※峠にて」というタイトルだった。
私はこの話を読んで唖然としてしまった。
なぜなら、私たちが体験した話と全く同じ話が、投稿されていたのだ。
雨の日、四人で車で行ったこと、犬※峠の場所がわからず、探しまわったこと、突然霧がでてきたこと、神社の鳥居まで、全てストーリーは同じ。
一つ違っていたこと、この投稿者は車を降りて、鳥居の中に入ってしまっていた。その後、1人はいまだ行方不明になっているという。
この投稿を読んでこの体験をした人は私だけではいことがわかった。
あの時、私たちが、あの化け物に捕まっていたらと思うとぞっとする。
その後、二度と犬※峠には行っていない。決して遊び半分で行ってはならない場所だ。
作者ケビン