それは、ひと目見たところ全く怖くもない至って普通の写真だった。
俺は市内の高校に通っている。高校一年になったばかりの俺は、帰宅部で毎日寄り道もせず真っ直ぐ家に帰るのが日課だった。
俺には誰にも言っていない密かな愉しみがある。それは、ネットでホラー系を漁る事だ。そうは言うもののホラー映像は何かヤバイ気がして、最近はもっとソフトな感じなものを選んでいる。
『恐い写真』というタグで検索していたところ、数十件かの写真がヒットした。オーブが映っているものや肩越しに霊が見えるものなど禍々しいのが数多くあるなか、
それは、ひと目見たところ全く怖くもない至って『普通の写真』だった。
写真には同い年くらいの美しい少女が映っていた。日本の黒い瓦屋根と違って赤茶色した瓦屋根の上を少女が裸足で立っている。少女は横を向き、どこか悲しげな表情で東方を見つめていた。少女から何ともいえない哀愁のオーラが漂っている。俺は初めて見た少女に魅了され、お気に入り登録しておいた。
「正夫、ご飯よ」
階下から母の声がする。
俺は返事せず写真を眺めていた。
「正夫、何やってんの。ご飯冷めちゃうわよ。あんた父さんに似てホント愚図なんだから」
今取り込み中なんだよ、正夫みたいな平凡な名前付けやがって。と言いたいのをグッと我慢して、「わかった」とだけ言った。
次の日も学校から帰ると早速写真を見た。写真の端に赤い物が映っている。それが靴の一部だという事が辛うじてわかった。
この写真は……
飛び降り自殺するところを撮った写真ではないだろうか?
少女自らの意志で……?
いや、誰かに脅されて屋根に逃げ込んできたのかもしれない。レンズ越しに少女を見ている人物像を垣間見る。“彼”は、どんな気持ちで見ていたのだろう。恐らく、にやけた薄ら笑いを浮かべながら覗いていたに違いない。
一週間過ぎた頃、写真に異変が起こっていることに気づいた。少女の足下(あしもと)が消えかかってきているのだ。
たぶん疲れているのだろう。だから、こんなありもしない非現実的な幻覚を見てしまったんだ、と思った。その日以来、写真を見るのを止めた。
翌日の朝、疲れが溜まっているのか身体(からだ)が重くダルかったが、学校に行った。
授業終了のチャイムが鳴り止んだ放課後、風子(通称プーコ)が声を掛けてきた。
「正夫君、一緒に帰ろうよ。家近くだし」
俺は内心鬱陶(うっとう)しいなと思ったが、断る理由が見つからず「うん」と頷いてしまった。
家まで風子と二人並んで歩きだす。
「キャハハハ。正夫君、いつから女の子になったの?」
風子が俺の歩きを見て笑い転げている。またいつもの冗談かと思いつつ、俺は足下を見た。
「うっ」
『ハの字』になっている。
俺は「はあ〜」と溜息をつきながら、また歩きだした。
家の前T字路にさしかかり、風子が手を振りサヨナラの挨拶をした。
家に着くとすぐに自分の部屋がある二階へ上がった。
「正夫、お友達連れてきたの?」
「……え?」
「あんたの後から、お友達の足音聞こえてきたわよ」
「……?」
俺は疲れが酷く食欲が無いので夕飯は要らない、と母に言った。
すぐ寝る前に軽くシャワーを浴びようと思い、水道の蛇口を捻る。
「ザー……、ザー……」という、お湯の流れ落ちる音に混ざって微かに「あぁ……」というノイズが聞こえてきた。
何かおかしい。
「あれ?今シャンプーしたっけ?」
チョット前の出来事がまるで思い出せない。
翌朝、目が覚めた。
まだ身体が無茶苦茶重い。
本当に今日休みたい。
愚図る俺に母の雷で渋々学校に行く。
学校に行ったまでは覚えているが、その後の記憶が全くない。
気がつくと俺は校舎屋上にあるフェンスを越え、コンクリート塀の上に立っていた。
作者退会会員
写真はまだネット上にあるかもしれない。もう一度見たいという衝動に駆られましたが、止めておきます。
今思うと、あの写真は
『人が見てはいけない一枚』だったように思えてなりません。