新しいバイトの歓迎会、という名目の呑み。
他愛ない世間話も尽きてきた頃
Aさんが空いたグラスをカラカラと振りながら、口を開いた。
「あー、…S、なんか 話」
「なに突然の無茶振り、こわい」
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「ほら、新人ちゃんもいることだし、怖い話でもひとつ頼むわ」
「えっ」青ざめるわたし。
「あー…じゃあ、短い話ね。
ほんと大したことないから期待しないで
あとおばけは出ないよ…たぶん。」
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そう言ってSさんは煙草に火を着けた。
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ある夜にね。ピーンポーン、て。
チャイムが鳴ったわけ。夜中に。
時計を見たら、午前2時過ぎ。
はァ…?と思いつつ、固まってたの。
すっごい心臓どきどきしちゃってさ。
膝の上の猫も身体ガチガチに力入れて、玄関をじっと見てる。
え?出る気なんか無いよ、当然。
だって怖い、時間的におかしいし。
こんな時間に訪ねてくるような
友達も 恋人も 心当たり無いしね。
インターホン?モニター?無いよ。
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それにさぁ、気味悪いのが
うちチャイムが旧式のやつでね、
押すとピン、離すとポン、て鳴るやつ
ぴーーん……ぽーん
て、ゆっくり押してるの。
ぴーーん…ぽーん、ぴーんぽーん、
ぴーんぽんぴんぽん みたいな感じで
結局5回くらい、鳴らしてったかなぁ
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うち、古いマンションなんだけど。
エレベーターがないの。5階建てで。
わたしの部屋は4階ね。
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夜中の2時過ぎに4階までわざわざ、
階段上って来て…ピンポンとか……
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気持ち悪いよね。何が目的?
人間なのかおばけか知らんけど…
どっちにしても怖いし気持ち悪い、
勘弁して欲しいわ、そういうの
…って、話し。おわり。
話し終えるタイミングを計っていたかのように煙草を吸い終え、火を消すSさん。
少し怒っているようにも見える。
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「うわ…気持ち悪いですね…謎すぎる」
月並みな感想を述べると、Aさんが笑う。
「ドアスコープから覗いて確認すれば良かったのに。すげー気になる!」
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Sさんは思い出して鳥肌が立ったのか、腕をさすりつつ応える。
「無理無理、もしも変なのが居たら心臓が止まる。悪い妄想が膨らむし」
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グラスを片手に爆笑するAさん。
「お前 普段は飄々としてる割りに、ビビりだよな〜」
Sさんは無言で、枝豆の殻をAさんに向かって投げつける。
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「やだ〜…笑い事じゃないですよ…怖くて一人暮らし出来なくなる!」
泣き顔のわたしに向かってSさんは、
ははっざまぁ、と笑いながら、枝豆を口に放り込んで。「あ、」
何か思い出したように声を上げる。
引っ越す前、別の部屋での話もあると。
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夜の11時くらいにピンポン鳴って、
モニター見たら金髪ロングの姉ちゃんが立ってて。え?日本人だよ。ギャル。
その姉ちゃん、微動だにしないの。
カメラを見てるわけでもなくて。
軽く俯いてる感じで、突っ立ってる。
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顔は見えてるんだよ。知らない人。
顔色は普通で、メイクもしてる。
ほんとその辺にいる若いギャル。
2階の窓から下のほう覗いてみたら、
なぜか裸足。その時夏だったけどさ。
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なんか引っ込みつかないし気になるから
椅子に座ってずっとモニター見てた。
ずーっと立ってるの。動かないの。
40分くらいはそのままだったね。
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急にふっと身体の向き変えて、
右側に向かって歩いてったわ。
国道と反対側の奥まった方向に。
本当意味わからん。
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んー…耳鳴りもしなかったし、
たぶん霊ではないと思うけど
なんだったんだろ、あれ」
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うーわー、という声がシンクロした。
「完全にチャイム恐怖症。」
そう言ってSさんは席を立った。
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「なにそれこわい」
「S、ピンポンネタ豊富だな」
「幽霊の可能性もあるよね?」
「トイレ借りたかったとか?」
「にしたって30分も待たないだろ」
「だよね、行動が異常すぎ…」
「ヤバイクスリやってたとか?」
「それより、耳鳴りってなんすか?」
「さらっと言ってたよね、こわい」
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それぞれが感想や考察を口にし、ぬるく場が盛り上がる。
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「なんなのかよくわかんない、って怖いよね。
理解出来ない、確信出来ない…
正体がわからないから恐ろしいの。
いっそ自分の目で確認した方が
恐怖は引きずらないものなのかなぁ。」
作者なつのくらげ
細部は脚色してるけど実話よ。
登場人物のうちの誰かがわたし。
初投稿なので超緩いネタからやってみました。
シリーズ化の予定は未定。