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都内の某中学校に通っており、今年高校に進学したBくんという少年の話。
中二の夏、Bくんはクラスでよく会話する友人のDくんに、彼女ができたという話を隣の席のYさんから聞いた。
興味なさげな素振りを見せていたBくんであったが、その心中は穏やかなものではなかった。
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ここのところ、Bくんがクラスでよくつるむ男子グループの中では、めでたくもこの夏の間にカップルが成立したというメンバーが相次いでいた。
近頃では男子グループの中に、さらに小さな「リア充グループ」のようなものがいつの間にか結成されており、お互いの煽り合いが主な話題となっていたのである。
まあ、この年頃の男子にはありがちな、下世話な話ではある。
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さて、このグループからあぶれたうちのひとりこそが、Bくんである。
顔、勉強、運動どれを取っても平均的なBくんは、クラスに溢れる非モテ男子のひとりであった。
自分の同類はごまんといる。
しかし、よく話す友人たちが次々にカップルを成立させていく様子は、Bくんのささくれだった精神をさらに苛立たせた。
最近隣のクラスの「千春ちゃん」に告白して、見事に玉砕したBくん。
この世の理不尽さにやり場のない怒りを抱える日々であった。
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しかし、そんな典型的な非モテ男子の彼に、ある日転機が訪れる。
授業を終え、靴を履き替えようと下駄箱の扉を開けたBくんは、ハッとした。
自分の運動靴の上にそっと置かれた、淡い水色の便箋。
Bくんは周囲から誰も見ていないのを確認すると、無我夢中で便箋を開いた。
そこには、女の子が書いたとおぼしき、丸みを帯びた字体で、こう書かれていた。
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『こんにちは!
いきなり手紙なんか送っちゃってゴメンネ!
実はぁ・・・ずっと前からBくんのこと気になってて・・・
あっ、今すぐ付き合ってくれとかじゃないよ!?
ただ・・・よかったらこれから文通とかしてくれると嬉しいな・・・
この手紙にもしお返事書いてくれるなら、そのお返事は下駄箱の上に置いてください!後から取りに行きます!
お返事待ってます!それじゃあね!』
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文章の末尾には「みよ」と書かれていた。
途端に舞い上がったBくんは、初めての恋の予感に胸を高鳴らせながら家に飛んで帰ると、ニヤニヤしながらベッドの上で便箋を眺め、一夜を過ごした。
女子から言い寄られたのが初めてとはいえ、Bくん自身も気持ち悪い。
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Bくんが「みよちゃん」からラブレターを受け取った一件は、瞬く間にグループの話題になった。
これでリア充の仲間入りを果たした、とBくんは内心ほくそ笑んでいた。
その後、Bくんが文通をOKする内容の手紙を自分の下駄箱に入れておいたところ、翌朝には無くなっており、代わりに「みよちゃん」からの返事が入っていた。
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『お返事ありがとう!
文通してくれるの!?嬉しい!
これからよろしくね!
みよ』
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Bくんは「勝ったも同然」と内心でガッツポーズをし、授業前に手紙をグループの男子に見せつけた。
友人たちもいいネタを見つけたと言わんばかりに、手紙の主である「みよちゃん」を学年内で捜し始めた。
その間にBくんが文通を通してわかったこと、それは、「みよちゃん」という女の子が「動物好き」「料理が得意」だという2点であった。
この頃からBくんはだんだんと調子に乗り始めるのであった。
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ところが、何日か経って、「みよちゃん」を特定しようとしていた友人たちが、口を揃えて妙なことを言い出した。
彼ら曰く、うちの学年(つまり2年)には、「みよ」という名前の女子はいないというのである。
一瞬耳を疑ったBくんであったが、「それならきっと先輩か後輩に違いない」とすぐさま反論する。
しかし、後で友人たちの同伴のもと確認してみたところ、1年にも3年にも、「みほ」や「みこ」など似た名前の女子はいるものの、「みよ」という女子は存在しなかった。
ならばこの「みよちゃん」とは、いったい何者なのか。
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すると友人のひとりが、「『みよちゃん』が返事を受け取る現場を押さえればいい」とBくんに進言した。
Bくんもこのままでは終われないので、友人の提案に乗り、その日の放課後、下駄箱の陰で待ち伏せを決行することになった。
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そして6時限目が終わり、日も傾き始めた頃、西日が照らす昇降口で、Bくんをはじめとする数人の友人たちはロッカーの陰に隠れ、「みよちゃん」が現れるのを待った。
待ち伏せを開始してすぐのときは、他の生徒たちが談笑に興じながら帰って行くだけで、Bくんの下駄箱の所にそれらしき人は現れない。
やがてほとんどの生徒が帰宅し、無人になった昇降口に、静寂が訪れる。
そのときであった。
不意に友人のひとりが声を上げた。
「あっ、きたきたきた!」
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友人の言葉を皮切りに、一同の注目が下駄箱に集まる。
Bくんが一抹の希望を胸に固唾を呑んで見守る中、下駄箱にふらりと人影が現れた。
「・・・・・・!?」
Bくんは唖然として言葉を失った。
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現れたのは、フリルの付いた女物のゴスロリ服を纏った奇妙な人物であった。
しかし、本当の恐怖は、その人影の服装ではなかった。
スカートの下から覗く生足が、異様にゴツゴツしているのである。
おまけに太く、毛深い。
「まさか」と一同の脳裏に一抹の不安がよぎったそのとき、人影が顔を上げた。
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眼鏡をかけた、中年風の男であった。
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一同が戦慄している中、女装男はまぎれもないBくんの下駄箱をパッと開き、彼からの返事が入っていたことを確認すると、突然、
「うひょひょひょひょひょひょひょひょ!!!!」
と狂気じみた歓声を上げた。
たまりかねたBくんがロッカーの陰から飛び出し、女装男に向かって怒鳴った。
「誰だお前!!!」
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すると男はビクリと身を震わせ、Bくんの顔を一瞥するなり、
「あたしみよちゃん」
と黄ばんだ歯をむき出して不気味な笑みを浮かべたかと思うと、一目散に昇降口から飛び出して行った。
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Bくんは何も言えなかった。
後ろから見ていた友人たちも、茫然と立ち尽くす彼の後ろ姿にかける言葉が見つからず、やがてこの逸話はグループ内で禁句となったのであった。
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あの男が何者だったのかは、結局わからずじまいであった。
どこでBくんを知って、なぜBくんに近づいたのか。
Bくんに心当たりを尋ねても、彼の中では相当なトラウマとなってしまったようで、その件については断固として口を開くことはなかった。
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あれから2年経ち、この春Bくんは近場の高校に進学した。
しかし、当分彼女を作る気はないようである。
終
作者みな
2話目になります。
怖いというよりは、不快な話ですかね・・・グロはないんですが・・・