今でこそ真面目(?)な定職に就き、セレブではなくても、日々を穏やかに慎ましく暮らしている私ですが、若かりし頃、バブリーと言いますか、チャランポランと言いますか。日がな毎日を酒と欲とルックスだけに心血を注いでいた愚かにも輝かしい(?)時期がございました。その頃に実際にあったお話でございます。
世の中自体がバブル景気に踊らされていた時期でございます。
京都•祇園の街も、何だか変な熱を帯びていました。クラブのホステスさんの時給が4千円だったり、チップが諭吉さん2〜3枚だったり、「タバコ買ってこい」とお客から手渡された諭吉さん、パーラメント一箱のお釣りを「お駄賃」として頂いたり。みんな羽振りは良過ぎました。
男の私でさえ、パブだかスナックだか分別の難しい飲み屋で水割りを作って、つまらない与太話でお客共々ベロベロに酔っ払って、仕事しているのか遊んでいるのかわからないくせに日当が諭吉さん超だったのですから。
その日も日付けが変わり、お店を閉めてから店のマスターとお客と焼肉を食べに行きました。
欠伸がみんなから続発し出し、お開きとなって、それぞれが別々のタクシーに転がり込み家路に着きました。
私はマスターとお客2人がタクシーに乗り込むのを見届けた後、自分もタクシーに手を上げ
「○○○まで」と無愛想に目的地を告げました。この頃の日課みたいなものでした。
「へい」だか「うい」だか聴き取れないほど、タクシーの運チャンも無愛想でしたが。
まあ、自宅までは30分位の道程ですので、話好きな運チャンならアレコレと暇つぶしに話掛けてくることも珍しくありません。
ただ狭いタクシーの車内、ビールだのブランデーだの焼き肉だのニンニクだの、窒息しそうな匂いを醸し出している私は、誰が見てもれっきとした『ただの酔っ払い』でした。下手に話掛けて絡まれるのが厄介と思ったのか、そのうち寝るだろうとおもい、そっとしておいてやろうと思ったのかは不明ですが、何せ無言のまま運チャンは未明の東大路通を北上して行きます。
結局、眠気もないまま、後少しで自宅まで着く頃、私はタバコが吸いたくなったので運チャンに
「すんません。タバコ宜しい?」と、徐に咥えてから“吸っても構わないか?”と尋ねました。当時は今の様に禁煙タクシーなんて皆無でしたが、タバコ嫌いな運チャンなら申し訳けないので、一応しおらしく断りを入れたのです。
ところが、運チャンは無言。
「?何や、うんともスンとも言わんのかい?無愛想な奴やな」
ちょっとばかりムっときましたが、まあ、あと少しで家に着くから我慢するか。
その矢先、小石に車が弾んだのか僅かな揺れの為、咥えていたタバコを落としてしまいました。
やれやれ…
屈んで足元に落ちたタバコを拾おうと屈んだ刹那、
『きききききい〜っ』
同時に
『わあー!あうあう〜っ!!』
此方もついつい釣られて
『うおあおあおあお〜』
車内はプチ阿鼻叫喚と化していました。
急ブレーキのショックと予想だにしていなかった運チャンの絶叫のお陰で、もう少しでチビりそうになりました。
冷静になり、
『な、何ですの?びっくりするやん!』叫んだ後の、余り効果のない抗議をしてみたものの、間髪入れずにただただ平謝りの運チャン。
『いやあ〜、ほんまスンマセン。ほんま申し訳ない。エライスンマセン!』
余りにバカ丁寧にペコペコ頭を上下に振りまくって謝るものだから、こちらも怒りは何処へやら。かえって気の毒に思える程でしたから。
運チャンはエンストした車を立ち上げて暫くノロノロと走らせたあと、緊急停止灯を焚き、路肩に車を寄せてフラフラと降りて行きました。そして疲れ果てた様相で自販機で缶コーヒーを買い、1本を私に差し出し
『どうぞ。お詫びにはなりまへんけど』と申し訳なさそうに上目遣いで私を見ました。
予想だにしない展開に、私もすっかり面喰らってしまいましたが、くれるというものを断るのも失礼かと思いましたので、
『ありがとう。おおきに』と遠慮なく戴きました。
『ほな、車出しますんで…』弱々しくタクシーは再び走り出しました。
缶コーヒーのお陰で落ち着けたのかどうかは定かではありませんが、一息つけたので、
『あの〜、ほんで、何があったんです?』
『いやいや、お恥ずかしいですわ。実はね、同僚が昨日この辺りで乗っけてたお客さんが車の中から消えてしもた〜。言いよりましてな。わし、さっきお兄さん載せる直前にこの話し聴いたトコでんねん。そやし…てっきり…バックミラーみたらお兄さん消えてしもてるからやね…ホンマ、てっきり…』
はあ?良く呑み込めないが、タバコを拾おうとして屈んだ瞬間、バックミラーを見たら、居る筈の私が居なかったからオバケと勘違いしたのか?
そんな風に笑い半分で聞いたと思います。
何せ心拍数は撃高かったので、ハッキリとは覚えていませんが…
やがてタクシーは自宅付近に到着し、料金を支払おうとすると、
『お兄さん、半端は宜しいわ。ジャスト3000円で』
『いやいや。それはあきませんて』
『ホンマにホンマに。エライビビらせてしもて、ホンマ、申し訳けなかったです〜』そう言って、再度深々と頭を下げられました。
『えらい、すんません』
タクシーにチップとして小銭は渡す事はあっても、逆にまけて貰った事なんて過去に一度もありませんでした。
妙な親近感を覚えつつ、開いた自動ドアから身を乗り出した瞬間、再び運チャンが口を開きまして
『どうもおおきに。ありがとうございました。そやけどね、あの辺、しょっちゅうあるんですわ、コレ』
そう言って両手を胸の前でブラブラと揺らして苦笑いしていました。
先程の絶叫騒ぎで、とっくに酔いはブッ飛んでいましたけど、最後の“オマケ”でその日は中々寝付けませんでした。
タクシー怪談。本当にあるんだな、って、身をもって(身をもっていないか)思い知らされた珍道中でした。
終
作者まゆごもり
ネタの様でネタではない、実話です。
全く怖く無いと思いますが、私的には口から心臓が飛び出しそうな位、ビビった出来事でした。
因みに、その現場及び私の当時の自宅マンション付近は、超有名な心霊スポットとして、京都のランキングにも挙げられています。