うちの母方の祖母にまつわる現在進行形の話。一連の事が始まって今年で三十年になる。三十年分の濃ゆい話だからめちゃめちゃ長いよ。祖母〜うちの親族〜俺自身、それぞれでいくつも話があるしね。とりあえずきっかけの部分の話をほんの一部、しかもかなり簡潔にしてあるから。
といっても、家系がどうとか地域がどうとかじゃないよ。何のいわれもないごく普通の家系だし、地域も特に何かを隠してるなんてこたない。これらの中から因縁を見つける事は出来なかったから、もっと別のとこにあるんだと思う。
祖母は今70過ぎで、俺から見たら自慢できるぐらいかわいいばーちゃんなんだけど、一つだけ普通の人間と違うとこがある。
猫と親交があるんだよ。
三十年前の祖母の誕生日にさ、宛名も差出人もない紙切れみたいなのが届いたんだ。二つ折りになってて、鼠の尻尾を輪ゴムみたいにして括ってあったらしい。気持ち悪いし、何も書かれてないただの白紙だったんで、そん時は特に深くは気にしなかった。
でもその何日か後の夜に、変な人が尋ねてきたんだって。
着物姿で、蛇の目というか和傘?をさした女。
その女は『土地を管理してもらえませんか』と祖母に言ってきた。祖母はその女を知らないし、言ってる意味もよくわからないから、適当にあしらって帰そうとしたんだよね。のんびりした田舎町とはいえ、頭のおかしい人とかだったら危ないと思ったからさ。そしたら、その女がすごい事を言い出した。
『わたくしはあなたを存じております。お団子はわたくしどもの血筋にあたる者でございますから。』って。
祖母はぶったまげた。お団子っていうのは、当時祖母が可愛がっていた猫の名前だったから。ご近所さんでもない見ず知らずの怪しい女が、なぜうちの猫を知ってるのか…その一言に何となく関心を持ってしまった祖母は少し悩み、あろうことかその女を家に入れて話を聞くことにしちゃったんだ。
理屈じゃなくて何かひかれるものを感じたんだって。
まぁそれでも見ず知らずの怪しい人物には変わりないからさ、少しでも身の危険を感じるような事があればすぐに人を呼びます…ってのをハッキリ示した上で、話を聞く事になったんだ。祖母の田舎は町中がみんな家族!みたいなとこだったし、そういう繋がりがまだ残されてた時代だったからね。
その時は祖父とまだ子供だった母ちゃんがいたんだけど、その女は祖母と二人だけで話したいと言ってきた。一応、万が一の場合に備えて母ちゃんは近所の家に行かせ、祖父はいつでも対応できるようスタンバイ。そうして祖母は二人きりで話をしたらしい。
その女が祖母に話したことは、
自分は人間ではなく猫だ
犬や猫の隠れ里みたいな場所、一族が日本中にいくつも存在する
自分はその中の何とかという一族(長い名前でこの時点ではよく分かんなかったらしい)
お団子と祖母が初めて会った時から祖母を知ってた
まずはこれらについて説明したらしいのね。淡々とした様子で話してたんだってさ。
でも祖母は話を聞こうと思った事をすぐ後悔したんだって。なにしろ、第一声が『わたくしは猫でございます』だったからね。普通に考えたら、話を聞いてやるほうがアホらしいと思うだろうね。だけど、すぐにその後悔は恐怖に変わる事になったんだ。
ある程度説明した後、ちょっと一息つこうかって事で小休止したらしいのね。祖母の本音は話についていけないからだったんだけど、お茶でもどうぞってやってる時にお団子が部屋に入ってきた。いつもなら祖母の膝にでも寄ってくるのに、女が正座して座ってる真横で並んで座るみたいにしてジッとしてたんだって。そしてそこからまたすごい事になった。
お団子がにゃーって鳴くたびに、女がそれを訳したような内容の事を言ってくる。
『昨日は××を差し上げたんですね。とてもおいしかったそうですよ』『いつも××してしまうのは申し訳ないと思ってるみたいです。癖なんですって。』といった具合で、一緒に生活してなきゃ知らないような事を次から次へと言い始めたらしい。
祖母もさすがにどっと背筋が冷たくなり、その場が嫌な空気に包まれ始めた。それで意を決したように、なぜわかるのかって聞いてみた。
『なぜ?なぜって…この子がそう言っているじゃありませんか。』
ある意味予想どおりの答えだったけど、祖母は女の顔を見れなくなったんだって。さっきは玄関前の暗い中だったからまだしも、家にあげてから今この瞬間までどうして気付かなかったのか…
その女の目、猫そのものだったんだって。瞳が細長く縦になってる…って事だったのかな。とにかく、人間とは明らかに違うものを感じるようになってきたんだ。
おまけに、女は終始穏やかな物腰で接してたのに、この一言だけは、殺気というか異様な威圧感を感じたらしい。
祖母が恐怖を感じ始めたのを嘲笑うみたいに、女は祖母に顔を近付けてまた呟いた。
『わたくしはかまいませんよ。これ以上の証を御覧頂いても…』ってさ。
どういう意味だったかはわかんないけど、この時はさっきの威圧感みたいなのはなくなってた。でも祖母は、化け猫にでもなって自分を喰うつもりなんだ、もうダメだ、と思ったみたい。
というのも、その場が本当におかしな空気に包まれてたんだって。女と話し始めてから、会話が聞こえる位置にいるはずの祖父の気配が全く無い。どこかに移動したならすぐわかるはずなのに、そんな様子もなかった。まるで自分と女だけが取り残されたような気分だったらしい。
祖母がそうやって頭の中であれこれやってる間、女は気味の悪い笑顔でお団子とじゃれあってたんだってさ。
シーンとしたまましばらく重苦しい空気が続いたんだけど、とうとう祖母が観念して、用件は何なのかって事を聞いてみた。すると女はまた気味の悪い笑顔で話し始めたそうだ。
話によると、その女の一族が暮らす土地をつくるから、その土地の管理人になってくれ、ただ、管理人といっても実際にはそうなる事を承諾してくれるだけでいいって事だった。
土地をつくるとあるけど、現実的な意味じゃなくて、どうも人間には認識できない世界みたいなものだって。そういう犬猫の隠れ里が、その時点で東北と東海(ここはうろ覚えらしいけど)にそれぞれいくつかあったらしい。
でも、それをつくるには人間を管理人にしないとだめみたいで、その女はそれを祖母に頼みに来たようだった。
まったくもって意味がわからない。この猫娘は何を言っているのか。祖母は戸惑いながらいろいろと詳しく聞き出そうとしたんだけど、結局その時は意味や理由とかは話さなかったんだって。
イエスかノーか、とにかくそれを迫られたらしい。
祖母の頭には断る理由しか出てこなかったんだけど、断ったらどうなるかが恐ろしかったために、承諾してしまったんだ。
すると、女は物凄い行動をとった。ごろにゃんポーズというのか?よく発情期とかの猫がくねくね転がるっていう行動あるよね?あれをやり始めたんだって。
初対面の人の家で、しかも着物でだよ。
祖母はもう呆気にとられて動けなかった。着物がはだけて太股が顕わになっても、綺麗にまとめた髪がボサボサになっても、ごろごろくねくねと、ひたすら転がってたらしい。祖母にはある意味一番の恐怖だったみたいだ。
そのまま20分ぐらいしてやっと終わったのかと思ったら、はだけた胸元からあるものを取り出して祖母に渡したんだ。
あの変な紙切れを括ってあったのと同じ、鼠の尻尾。それを肌身離さず持っていてほしいって言われたそうだ。
気持ち悪いとは思ったんだけど、祖母はそれを約束した。そうして、女は礼を言って帰っていったんだって。女が帰った後はもう何かどっと疲れたような感じで、何時間も経ったような気分だったらしい。
これによって、祖母はその猫娘の一族とやらが暮らす土地の管理人となってしまったわけ。これが一連のきっかけになった、一番最初の出来事なんだ。
犬が出てくるとこまで話すつもりだったんだけど、文字足りなくなっちゃった。ごめんね。読んでくれてありがとね。
怖い話投稿:ホラーテラー 匿名さん
作者怖話