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短編2
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誰かのお手つき

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僕の友人の坂さんは、古美術商をしている。

店が坂の途中にあるから通称『坂さん』。日々を自堕落に過ごす独身男だ。

坂さんの店には定休日はない。というか決まった営業時間がない。

店主の気まぐれで店を開け、飽きたら閉めるという、現代日本では到底受け入れられない営業スタイルだ。

最も、最近は坂さんが、暇そのものに飽きているので大抵は開いているが。

店主からしてそんなものだから、店内は無法地帯と化している。

来るものは拒まず、去るものは追わず。坂さんに気に入られたら中々逃げられないけど。

ただ、それでも決してしてはいけない事がある。マナーやなんかじゃなく、自衛のために。

その日、僕はテスト明けで、久々に坂さんの店に遊びに来ていた。

一夜漬けの一週間を過ごして、睡眠不足はピークに達していた僕は、

坂さんが飲み物を買いに出た時に、つい眠りこんでしまった。

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暗闇の中に僕は立っていた。

周りには誰もいないのに、沢山の視線を感じる。品定でもされているような不愉快な感覚。

背筋が寒くなり、嫌な汗が吹き出る。全てを見透かされているようで、胃袋が引っくり返りそうだった。

――逃げなきゃ。

そう思った瞬間、僕は目の前の暗黒に飛び込んでいた。

どこまで行っても黒い闇が広がっていた。背後に『見えない誰か』の気配を感じる。

息遣いさえ聞こえるような至近距離に奴はいる。

止まれない。止まったら終わりだと本能が叫んでいる。

けど、どこまで逃げればいい?

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不意に足を掴まれて、僕は転ぶ。

感触さえない闇の中でひたすらに足掻くが、塗り潰すように黒がせりあがってくる。

無数の手の感触。無数の指の感触。叫ぶことさえ出来ない。

奴が耳元で囁く――

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気が付けば、僕は店の床に転がっていた。背中が痛む。打ち付けてしまったらしい。

「大丈夫?」

心配そうに見下ろす坂さんの手には、一つの判子が握られていた。

「……大丈夫っす」

どうにか立ち上がり、坂さんと向き合うように座る。

ズボンをたくし上げてみると、足首からふくらはぎにかけて、無数の黒い手形が付いていた。

「良かったなぁ。もうちょっと遅かったら持ってかれてたで」

「お知り合いですか?」

皮肉を込めて言ったつもりだが、坂さんは悪びれる様子もない。

「うん。普段は大人しいんやけどね、気に入ったもんがあると持ってってまうんやわ」

なにを? とか、どこへ? とか聞きたかったけど、聞かなかった。

なんとなく分かるし、余計なストレスはいらないし。

「やけど妙にきっちりした奴でな。誰かのお手付きやったら手は出さへんねやわ。だから」

ほら、と坂さんは手にした判子を振ってみせた。僕は慌てて壁にかけられた鏡を覗いた。

そこには、額に大きく『売約済み』と赤い印が押された僕の顔があった。

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