日清・日露と勝戦続きで景気が良く、日本では輸入品を扱う変な商売人が増え出した頃。
「…っとまぁそんなわけで、この中国から渡って来たカッパの手、煎じて飲めばどんな奇病も治すと言われ…」
うさん臭い輸入商人が機関銃の様にしゃべっているのを、「ファ~」っとでかいあくびでおやじが断ち切った。
「わり~が、孫の手なら間に合ってるんだ。ほか当たっとくれ」
ピシャリと言うと、デブ商人は慌てて鞄から色々な物を取り出し、あれやコレやとほかの物を勧めて来た。
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ウンザリと言った顔をしていたおやじが、急に目の色を変えた。
「おい、あんたその時計。それなら買うぞ!」
おやじが興味を示したのは鞄の中では無く、商人が腰に下げていた外来物の時計。
壊れてはいたが、立派な細工から高価な事は喜一にも分った。
輸入商人は眉を潜めたが、さすがは商売屋。
おやじは渋る相手から3割値切り、処分に困っていたガラクタまで押し付けたのだった。
おやじは上機嫌だったが、壊れて動かない時計の何がいいのか解らず、
「カッパの手は何で買わなかったんだよ。本当に水掻があったのに」と漏らすと、
「あんなもん清のガキの手切り干して、細工した紛い物に決まってるだろうが」と言い切られてしまった。
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翌朝、食卓でおやじが「好かん」と言った。
家族全員固まった。
おやじの「好かん」は「良く無い」と言う意味で、機嫌が悪いときにも使われた言葉だったからだ。
おやじは朝食に箸もつけず家を出て行った。
朝食はおやじの好物。喜一はここ三日は、特に叱られる事はしていなかった。
何より、昨日はあんなに上機嫌だったのに…家族皆首を傾げた。
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店番をしていると、おやじが夕暮れに帰って来た。
どこに行っていたのか聞くと、おやじはため息をついた。
「信じられねぇとは思うが、俺は今日を4回繰り替えしてる。寝て起きたらまた今日なんだ…」
喜一は驚かなかった。
それより、初めて見たおやじの参った顔に驚いた。
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おやじはあの日、時計の中を開けた。
そこには、わざと歯車が動かない様にネジが詰められていた。
おやじはそれが、どういった物なのか何てとっくに気付いていた。
気付いていたが、ネジを抜き取ってしまった…時計は動いた。
そしておやじの時間が止まってしまった。
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「あぁ~わかってたんだよなー憑いてるって…何でかな~…いけると思ったが、まさかこう来るとは」
自分の好奇心と、最近天狗になっていた事を悔やんで愚痴った。
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ベットに横たわる女性と、その横で時計を作る男の姿がおやじには見えていた。
そして、
『共に時を刻もう。それが叶わぬなら、いっそ時が止まってしまえばいいのに』
そんな願いも聞こえていた。
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顔を上げ頭をボリボリ掻くと、
「俺の負けだ…しかたない…」そう言っておやじは、納屋から金槌を持って来た。
喜一が声を上げるより早く槌は振り落とされ、時計は簡単に砕かれた。
「何で!?あんなに気にってたのに」
喜一がおやじの顔を見上げると、
「いいんだよ、最悪こうしてくれってさ…」
覇気の無い顔と声でそう呟くと、床間にたどり着く前に、茶の間でおやじは倒れる様に寝てしまった。
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喜一は知らない。霊が時計にとり憑いている理由や、おやじが霊とどんな勝負や約束をしたのか。
聞いても、「ガキが聞く話じゃねぇ」とあしらわれた。
でも知っていた。おやじが筋の通った男だと言う事は。物にも人にも人じゃない者にも。
だからきっとおやじの4日間は、時計の為に霊の為に走り回っていたんだろう、と喜一は感じていた。
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「っとになんだよ。店まかっせっきりにしといてガキ扱いかよ…」
そうふて腐れ床についたが、翌日喜一は、初めて自分から蔵掃除の手伝いをしたそうだ。
作者EXMXZ