※ この話はアワード受賞したロビンМ太郎・comさまに贈ります。
ご興味の無い方はスルーをお願い致します。(*´ー`*人)
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舞台女優になりたかった二十代の頃、私は池袋にある小さな劇団に入り、清水邦夫作の「楽屋」という芝居の稽古に励んでいた。私に与えられた役は女優D。
殺されてもなお、ベテラン女優に「その役をくれ」と迫る、メンタルの崩壊した若手女優の幽霊の役だ。
「お前は一体、なにを考えて役をやろうとしてんだ!えっ。ダメ出し以前の問題だ。セリフは噛みまくるし、他の連中にも迷惑だろ。
次に出来なかったら役を下ろすからなっ。バカヤロ。
だいたいお前、水商売やってんだろ、それじゃダメなんだよ。」
昼間の稽古で演出家に激しく怒られた。灰皿が飛んできた。私と絡む劇団員も、口汚く私を罵った。歯を食いしばった。
銀座でホステスのバイトして、何が悪いの。
稽古や公演が始まったら、収入は無くなる。アパートだって家賃を払えなければ追い出されてしまう。
男性みたく、日当一万円の土木作業は私には無理だ。
ウェイトレスもやった、皿洗いもやった。スーパーのレジ打ちもやった。色々なバイトを転々としたが、生活できなかった。
それならば、女としての若さを切り売って、沢山お金の入るホステスをやるのが効率的だと思ったのだ。お金はストックできる。
それにどっぷりと染まらなければいいのだ。
でも、そんな考えは甘かった。
銀座の空気にすっかり馴染み、私の風貌はホステスそのものとなり、お金の感覚も少しづつ、ズレてきたのがわかった。
最初の内は、ハイヒールをスニーカーに履き替え、銀座の店から勝どきにある自宅マンションまで、深夜に晴海通りを真っ直ぐに歩いて帰宅したものだ。初乗り料金600円をケチるのと、体力づ
くりを兼ねて。
しかし、やがて、どこへ行くにもタクシーを使うようになった。
でも、今夜はどうしても歩きたかった。
頭を冷やしたかったし、客との虚しい会話の記臆も消したかったからだ。
銀座4丁目の和光時計店を左に見ながら、晴海通りを歩く。
午前2時の銀座はさすがにホステスや客の姿はなく、閑散としている。私は銀座の街を独り占めした気分になり、鼻歌も出る。
道路を挟んだ反対側には、ライトアップされた歌舞伎座が荘厳な姿で建っていた。張子人形の馬の大道具を、何人もの人たちが運び入れているのが見えた。明日の舞台の準備なのだろう。
長く続く築地市場も全部シャッターが降りている。あと何時間かしたら、セリの声が響き、賑やかになるはずだ。
そうしている内に勝どき橋が見えてきた。
橋を渡りきった交差点の向かい側に、私のワンルームがある。
丁度、橋の中程まで差しかかった辺りだった。
私は欄干に手をかけ、下に流れる隅田川の暗い川面を見つめた。
理由はわからなかったが、ある衝動に駆られるのを止められなかった。しばらく歩いていなかったのできっと疲れていたのだと思う。
いや。
そうじゃない。その時
私は何か、わからない力で川に引き込まれようとしていたのだった。
すると、後ろの方からスーっと、音もなく一台のタクシーがやって来て、私の横に止まった。
運転席の窓が開き、中から男がぬっと顔を出した。
「ねぇさん。それはいけませんよ。川の水、まだ冷たいっすよ。泳ぐ季節じゃありませんぜ。・・ひひ・・」
私は「ぎゃー」と叫び、のけぞるように欄干から手を離した。
そのタクシー運転手の顔を見てしまった。
この世のものとは思えないくらいの白い顔。敢えて表現すれば、便器のような白さだった。しかも目があるべき場所には、真っ黒な空洞が大きく二つ空いていた。
口があったかどうか、印象にない。
私は幽霊を見たと思い、へなへなと座り込んでしまった。
その後、舞台は成功し、私の幽霊役は褒められた。リアリティがあると言われた。しかし女優Dと同化した私のメンタルはすでに崩壊していた。
程なく、劇団も銀座もやめた。
‥‥‥‥‥‥
あれから何年経つだろう。
長年の不摂生がたたり、身体に異変を感じ、診てもらったところ
「肺の腫瘍」と診断された。医師の顔色を見ただけで判った。
「そんなに長くはない」と。
不思議と驚きはしなかったし嘆きもなかった。
只、その日は部屋に帰りたくなかった。誰もいない部屋は嫌だった。
夜遅くまで、新宿歌舞伎町をほっつき歩き、二丁目の知り合いの店をはしごし、気がつけば午後11時を回っていた。
その時、私は唐突に
「高尾山に行きたい」と思った。
高尾山にはしあわせな想い出がある。日の出と同時に登ろうと思った。今夜は近くの漫画喫茶にでも泊まろう。どこでもいい。
この漆黒の夜さえくぐり抜けることができれば、なんとかなるはず。
そう考えた。
京王線はこの時刻、動いていたが、電車に乗るのは面倒くさかった。
財布にはまだ3万円が残っている。
東口で、ためらいなく手を挙げ、タクシーを呼んだ。
「こまどり交通」と書かれた提灯を屋根に乗っけたタクシーがやって来た。
後部ドアがバタムと開き、私はシートにゴロンと転がるように
乗り込んだ。
・・・
「どちらまで?」
「高尾山まで行ってください」
「高尾山?」
「そう。お金なら3万あるわ。足りるでしょ」
「・・・でも今頃行っても」
「もちろん、登るのは朝よ」
「・・・」
「・・・」
「お客さん、失礼ですが、なんかワケがおありのようですね」
「わかる?東京は元気な時は楽しい街だけど、しょぼくれた時はメチャメチャ寂しい街よね。 あはっ。私ったら酔っ払ったかな」
「わかりますよ、お客さん。自分もそう思いますから」
ゴホ、ゴホ・・。ぷっひぃーっ
運転手は咳と同時に、あろうことか放屁した。
「スミマセン。朝から、その、腹具合が良くなくて」
チョット、勘弁してよ運転手さん! しかもこんな密室で。
なんてこと!?もう最低。理不尽で絶望的な怒りがこみ上げてきた。
「ん?でも臭くない」
何故か不思議と、白檀の上品な香りが車内いっぱいに広がった。
高級な線香の香りに似ていた。
「スミマセン、お客さん。申し訳ないです。一応車内は禁煙となってますが、お詫びの印にこれ吸ってください」
そう言うと、運転手は背中越しに一本のタバコとライターを差し出した。
「ありがと」
私はもらったタバコに火を点け、深く吸い込んだ。
「くっさーっ!」
そのタバコは有機質系で、強烈な屁の匂いがした。
運転手が背中でかすかに・・ひひ・・と笑ったように見えた。
シートの灰皿で思いっきりもみ消し捨てた。
「ゲッ。ぺっ。」私は手で口を拭った。
「お客さん、タバコお口に合いませんでしたか?」
「いいの。いいんです。」
しばらく気まずい沈黙が続いたまま、タクシーは中央高速を走っていた。
日付が変わり、ダッシュボードのデジタル時計がカチャリと12:00を表示した。
そこで私は初めてこの運転手の名前を確認した。横にある ネーム表示ボードに「駒鳥 万太郎」とあった。
そしてデジタル時計が12:00になったと同時にネーム表示が
黒色から金色表示に変わったのだ。
「運転手さん。今、お名前の色が金色にかわったみたいなんですけど、なんか意味があるのですか?」
「あ、これ? そういう仕組みになってるんですよ」
「へぇ」そんなもんかと思った。
「で、お客さん、お客さんは高尾山に行くべきじゃありませんよ」
「えっ、どうして」
「お客さんはもっと別に行くところがあるはずです」
「・・・?」
「天国か、こわばな国。この二つの選択しかありませんね」
「こわばな国?なにそれ」
「おっかない花が咲き乱れる国です。 さあ、 どれにします?どこでもお付き合いいたしますよ・・ひひ・・」そう言った途端、運転手は体を正面にむけたまま、くるりと
首だけ180度後部座席に向けて私を見た。
「ヒーっ。こわ、こわっ、こわ、こわ、」
「こわばな国ですね。かしこまりました・ひ・・」
運転手はアクセルを強く踏んだ。
まるで滑走路と化した中央フリーウェイをタクシーは滑り、夜空に流星のように消えてしまった。
二度と戻ることはなかった。
・・・
・・・
便器のような色白の顔に、黒い穴だけの二つの目。
あの時の運転手だった。
・・・
こまどり交通
運転手の名は 駒鳥 万太郎 別の名を ロビンМ太郎.com
心の暗闇に忍び寄る、色白の男。
この運転手のタクシーが音も無く近づいて来たら気をつけテ・・ひ・
【了】
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作者退会会員
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ロビンМ太郎.Com 様に贈ります。
ごめんなさいm(._.)mすごく変なお話になってしまいました。
この度はおめでとうございます!(^O^)
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