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中編5
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握手

ごく親しい友人数人にしか話してない事なんだけどさ、ちと書いてみる。友人らにも一笑にふされたけどね。

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オレってば結構、?っていう経験が多いのね。霊感がどうのとか分かんないけども。

そりゃ、真夜中の自室で後ろ向いたら首の無い人が佇んでました・・・なんてあからさまな経験は無いけどね。

変だなぁ・・・って思うような事はそこそこ体験してきた。

その内の一つ、今までで一番生きた心地がしなかった時の話。

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当時・・・と言っても、もう8年も前の話。

オレと言えば、昼は仕事、夜は夜間の大学と、我ながら中々に苦学生してた。

そんなもんだから、学校終わったらもう深夜。

いつもは翌日の仕事に備えてサッと帰って、そのまま床に着くのだが、その日は土曜日。

翌日は休日なものだから、えっちらおっちらマイペースで自転車漕いでたのよね。

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帰り道、道と言っても超が付くほどの田舎だから、田んぼの畦道の延長みたいな道だけどね、

結構、というかかなり不気味なんだよね。

想像してもらったら解るかもしれないけど、草木も眠る丑三つ時に、一人だだっ広い田舎道。

しかも周りには、マネキンの首などを使ったリアルなカカシがこちらを凝視してる。

まぁ、その頃にはとっくに慣れきっていたんだけどね。

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帰路の途中、いつもなら見向きもしない自販機に目が止まったのは、珍しく金銭的にも余裕があったからなのかな。

別段喉も渇いてないのに。

田舎の人なら解るだろうけどさ、メジャーなメーカーの自販機じゃなくてね。

今で言うと、コーヒーの細長いロング缶あるでしょ?全部がそのサイズの自販機。

かなりアナクロナイズなやつだね。当たったらもう一本、なんていうおみくじ付き。

切れかかった電灯が発してたジジジ・・・という音がやけに耳に響いてた。

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田舎の深夜なんて車通りもないから、信じられないくらい静かでさ、やけに小銭を投入する音が響いてた。

お金を入れてボタンを押したら、おみくじのランプが「ぴぴぴぴぴぴ・・」って鳴り始める。

シーンとした辺りに、そのチープな電子音がやけに不釣り合いで。

当たっても二本も飲めないしな・・・なんて苦笑しながら、ジュースを取ろうとしたんだけどさ、

自販機の切れかかった電灯の薄暗い明かりくらいしかないから、取り出し口なんてほとんど真っ暗で見えない。

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ジュースはどこだ?と手探りで取り出し口内をまさぐってたらさ、握られたんだよね。手を。

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意味解んないと思うけど。取りだし口の中で手を掴まれたの。ちょうど握手をするような形で。

一瞬頭が真っ白になった。

間違いなく人の手の感触だった。

しかもね、段々握る力が強くなってくるのよ。痛いくらいに。

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そこで我に帰って、うわぁっと必死に手を振りほどいた。

相当強く握られてたのにあっさり手は抜けて、オレは半狂乱で自転車にかけ乗って、全力でその場を離れた。

混乱してたからハッキリとした記憶は無いんだけど、その手の感触と、背中ごしに聞いた「ぴぴぴぴぴぴ・・・」という音だけは鮮明に覚えてる。

そういえば、おみくじなんてボタン押して5秒くらいで止まるのに、何故かずっと「ぴぴぴぴぴぴ・・」って言ってたな・・・今考えると。

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一人暮しの家に帰るなんてゾっとしたからさ、そのまま友人の家に転がりこんだよ。

で、その判断は大正解だった。一人だったら気が狂ってたかもしれない。

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何故かって言うとさ、直んないのよ。手が。

握手の形のまま、そこだけ金縛りにあったかのように硬直してるんだよ。

友人もただ事ではないと思ったらしく、二人で朝まで頭の中で念仏を唱えてたら、夜がふける頃に、急に何かから解き放たれるように硬直が解けたよ。

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それからというもの、オレはどんな物にせよ、『口』になってる物に手を突っ込めなくなってしまった。

自販機はもちろん、郵便受けやポストなんかでさえ。

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だってさぁ・・・『握手』・・・されるでしょ、また。多分・・・

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この話には後日談があってね。今から二年前、握手から六年後だね。

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法事のために田舎に帰省した時ね、あの時から一度も通った事なかったあの道。

(近道に使ってた裏道だったから、幸いにも卒業まで一度も通らずにすんだ)

なんでだろね。あれほど忘れようと思ってたトラウマのあの場所に、ちょっと行ってみようか、という気持ちになった。

理由は解んないけどさ、導かれるように・・・なんて言ったら安っぽくなっちゃうけど。

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何かあったら嫌だな・・・と内心ビクビクしながら車を走らせてたらね、あっけない結末だった。

無かったんだよね、その自販機。

そりゃそうだよね。あの時ですらかなり古かったのに、あれから八年も経ってるんだから。

当然と言っちゃ当然なんだけど、何かさ、数年間に渡る呪縛から解き放たれたみたいで、心底ホっとした。

これで完全に忘れられるな、と思ってね。

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せっかくの帰省なんだから、昔馴染みの連中と飲みに行ったよ。楽しかった。

ほんと、ここで話が終われば良かったんだけどね。

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気分も良く、ほろ酔い加減になったオレは、みんなにこの話を聞いてもらおうと思った。

八年前は、思い出すのも言葉にするのも嫌だったから話せなかったんだけど。

多分ね、なんだそりゃって、皆に笑って欲しかったんだろうと思う。

それでオレも笑って、この忌まわしい記憶はおしまい。そうなってほしかった。そうなるはずだった。

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つらつらと話してる途中でさ、友人の一人が「ちょっと待った」と、話の腰を折った。

「何?」とオレが聞いて返ってきた言葉は、オレの酔いを完全に覚めさせた。

聞かなきゃよかった。話さなけりゃよかった。何で話してしまったんだろう。何で。

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そいつが言うに、

「あの道にそんな自販機なんか見た事ない」

他の四人も同様に口を合わせる。

おかしいぞ、おい、K。

お前はあの時、朝まで念仏を唱えてくれたじゃないか。

オレは卒倒しそうになった。あの時泊めてくれた友人のKまで、そんな自販機知らないと言う。

あの夜の事も覚えていなかった。

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どう言ったらいいか分からないんだけどね。

オレ、段々とこの時の記憶が無くなっていってる事に気付いたんだよね。

なんていうかさ、夢って目が覚めた瞬間は覚えてるけど、その記憶を持続させようとしても、ウソのように消えていっちゃうでしょ?夢の記憶。

ちょうどそんな感じでさ、オレほんとは、あの時の自販機で何を買ったかとか、あの時の学校の授業は何だったとか、ハッキリ覚えてた。

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でもほんと、ウソみたいに記憶から抜けていった。

忘れたくても忘れられるような事じゃないのに。

今ではもう、先に書いた事くらいしか記憶に残ってない。

何かの意思というか、そういう物を感じるんだよね、これ。

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オレさ、変な予感があるんだけどさ、

完全にオレの中からこの記憶が無くなった時、

普通にまた何かの『口』に手を入れて、またされるんじゃないかと思う。

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『握手』を。

Concrete
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