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中編7
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森に居たもの

都会の喧騒からは全く外れた場所。

車のエンジン音のかわりに木々のざわめき。

人の話し声のかわりに虫の声。

自分が持てる数少ない休みの日は、たいていこの、自分の祖父の実家に居る。

これといった趣味は持たないが、田舎の道を、こうして星を眺めながら歩くのは好きだ。

何度ここに来ても歩くのは同じ道。

しかしそれでも飽きない。

道の左側にある森林から聞こえてくる虫の声を聞くだけでも心が落ち着く。

そして、適当なところで、斜めがけのショルダーバッグにいれた魔法瓶入りのコーヒーとラップで包んだサンドイッチをいただく。

至福の時間だ。

やはりその日もそのつもりでいて、やはりショルダーバッグにコーヒーとサンドイッチを入れていたのだが、何気なく見た森林に、たまたま面白いものを見つけた。

道だ。

何の変哲もない、という訳では無い。

獣道と言えば分かるだろうか。

今自分の歩いている、一応はアスファルトで舗装されている道とは違い、その道はただ草木を刈って切りひらいただけという感じだ。といってもながらく放置されていたようで、草は伸びているしところどころ枝がとび出ていたりする。

ふと昔が思い出される。

小学生のころ、友達と一緒に裏山を駆け回っていたときのこと。

こんなふうに、まるで舗装されていない道をみると「この先には何か秘境があるのかも・・・」などと想像を膨らませていたものだ。

思い出とともに、その頃と同じような好奇心も沸き起こった。

たまには童心に帰るのも良いだろう。

寝巻きが汚れるのも構わず、ガサガサと草木を踏み分けていった。

しばらく無心で進んでいたが、数分としないうちに飽きてくる。

それもそうだ。見えてくるのは草、枝の二つのみなのだから。

・・・しかし、こうしてみるとなかなか怖い。やはり人間というものは暗闇があると何か想像してしまうものなのだろうか。

ただ木々と、その間を暗闇が埋め尽くしているだけで、別にへんなものがあるわけでもない・・・いや、違う。

あれはなんだ?

そろそろ目が真っ暗闇に慣れてきて、物が判別できるようになる。

あれは・・・

藁人形だ。

藁人形が木に釘で打ち付けてある。

丑の刻参りで使う、人を呪うための人形と言えば誰もが想像できる、ありきたりな「藁人形」。

というか、周りを見渡してみると結構な数が木に打ち付けてある。

よくよくその藁人形を見てみると、形がイビツで、さも手作りのモノです、といった感じ。

正確な数はわからないが、そこら中の木に打ちつけてあり、また闇で見えない奥の方にも打ちつけてあるかもしれない。

数十個はありそうだ。

イタズラにしても、手が込みすぎている。

霊感なんてまるで無い様な人間であったが、その藁人形たちからはおどろおどろしい怨念のようなものが滲み出ていた。

途端に、暗闇に対して抱いていた漠然とした恐怖がどんどん膨らみ、そしてハッキリとしてくる。

こんな気持ちの悪いことをしている人間がここにいたのか。

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いや、もしかして今も?

そう思った瞬間、視界の端に、オレンジ色の光の点が見えた。

ロウソクの光。

それに照らされて、漆黒に浮かび上がる、頬のコケた顔・・・

それを見た瞬間、背筋をなにか冷たいものが這うような感触がした気がした。

憎悪や嫉妬などの、人のマイナスの感情を全て凝縮したような醜い顔。

そしてロウソクのあわい光とは対照的に、鋭くギラついていて、それでいてどす黒く濁った眼。

こちらに、気づいている。

逃げなければ・・・

と、そう思った直後、ロウソクの光がフッと消え、代わりに

ガサガサガサガサッ

という音が近づいてきた。

頭は混乱していて、咄嗟の判断などできるわけもなく、道を外れて深い森のなかへ逃げ込んでしまった。

ロウソクが消える前、鉄の釘とハンマーが見えた。戦っても勝てるはずが無い。

何より、狂気と殺意に満ちたその顔に、自分は恐怖していた。

直進していたのか、途中で曲がったりしていたのか、とにかく無我夢中で走る。

全速力で走っていたが、引き離せそうな気配も無い。

それどころか、日頃の運動不足が祟って、だんだん自分の走るスピードが落ちてくる。しかし、追ってくる人間のスピードは落ちる気配はない。

差は縮まるばかり。

なにやら「ア"ーー、ア"ーー」

とうなっている。

ガサガサという音はどんどん迫ってくる。

あまりの恐怖に、泣きそうになりながら走っていたが、突然右足がズルッと滑って、そのまま身体ごと、自分のすぐに右側にあったにも関わらず全く気づいていなかった急斜面を滑り落ちてしまった。

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枝や葉っぱで傷つかないように、と閉じていた目を開ける。

少しだけだが、意識がハッキリとしない部分がある。

まだ完全には回復していない頭で考える。

まず、あのイカれたヤツを引き離せたのかどうか。

たぶんムリだ。

アイツとの距離はだいぶ縮まっていたから自分が斜面を滑り落ちたことに気づいていても不思議ではない。

ならば、一刻も早くここから動かなければ。こんな森の中の地理など把握してはいないが、もしかすると簡単に検討のつくような簡単な地形かも知れない。

幸い、結構な距離を滑り落ちたにも関わらず枝や地面との切り傷や擦り傷くらいですんだようだ。

いや、しかしもし既に近くに迫っているとしたら不用意に動き回って音を出すのはマズイのではないか。

なんとかまわりを確認したいが、光をだすなどもってのほか・・・

パキッ

枝を踏む音。

バカな。

もうこんなに近くにいるなんて。

かなりの距離を滑り落ちたはずなのにこんなに早く来るなんて。

もしかして気絶でもしていたのか?

いや、考えている時間などない。

しかしどうすれば・・・

先ほどとは違う、

ミシッ ペキっ

とゆっくり周辺を彷徨いているようだ。

ずっと「くっくっくっ」と喉を鳴らしている。

地面にうつ伏せに寝転ぶような形で、茂みの中にいたので隠れるのなら今さら動く必要も無い。

しかし、この場所が見つからないなどという保証はない。

自然と息遣いがあらくなるのを抑える。

細く、長く息を吸い、細く、長く息を吐く。

すぅぅぅ

はぁぁぁ

繰り返す。

息を殺していると、次は自分の動悸が気になり始める。

バクバクと、今までにないくらい激しく動く心臓の音が、相手に聞こえるような気さえしてくる。

ふと、手がショルダーバッグに触れた。

逃げるにしても、少しでも身軽になってから逃げる、なんて発想が生まれる余地など無かったから、肩にかけたままであった。

ショルダーバッグは、走っていた時か、滑り落ちた時か、枝か何かによってざっくりと切られて穴があいていた。

しかし不思議なことに中身は落ちていない。

ということは多分、滑り落ちた時に切れてしまったのだろう。

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バキッ

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枝を踏む音。

自分の目の前。

裸足。

汚れた足が目の前にあった。

いつのまにこんな近くに・・・!

「ひっ」

と短い悲鳴をあげてしまう。

たいした声量でもなかったが、至近距離にいる相手からすれば自分の存在を確認するのには十分な声であったようだ。

「ぎぎっ」

壊れた機械のような汚い声を出して、暗闇のなか、そいつがハンマーを振り上げるのが見えた。

しばらく静かなところに居て、多少は落ち着いていたのか、とっさの判断というものが働いて、

自分も、無意識のうちに行動していた。

ざっくり切れたショルダーバッグの穴から魔法瓶をとりだし、フタを開けてまだ湯気のたつ熱いコーヒーをそいつの足にぶっかけた。

「くあっ」

と、さっきよりは幾分人間らしい悲鳴をあげて、そいつは地面に倒れ込み、それと同時に自分は駆け出していた。

地面でのたうち回るような音が聞こえたが、すぐに小さくなる。

何も彼も考えず、足が疲れていようが、呼吸が乱れようが走り続け、気がつくとアスファルトに舗装された道にでていた。

それも見覚えのある道。

よく祖父の実家行く時に車窓から見る、某有名ネズミを模した不気味な案山子のたつ田んぼ。

やっと見覚えのある道へ出た。

その安心感から、ドタッとアスファルトに座り込んでしまう。

乱れた。呼吸をととのえていると

ガサッ ガサガサ ガサ

と遠くから、音。

こっち真っ直ぐ向かってくるわけでは無い。

辺りを探し回るような音がかなり遠くから聞こえてくる。

そしてその後、自分は

音との距離をはかりながら、相手に発見されないように慎重に家へ向った。

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当然ながら、それ以降、自分は祖父の実家へ行く事はなくなった。

そしてその後の日常も田舎に行くことが無くなったこと以外は変わりなく、楽しみのない日々を過ごしている。

しかし、今でも木々のざわめきや、野良猫が茂みを通る「ガサガサ」という音が聞こえてくると、どうしても走って逃げたくなってしまう。

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