私が小学生の頃、近所の女の子が私と遊ばない、という事がありました。
理由は、
友達が、好奇心丸出しで手を出そうとする、コックリさんやエンジェルさんなるものにひどく反対し、
言ってはいけないと大人に止められてる場所に行く事を拒否し、
面白がって話す、怖い話を全く耳を塞いで聞こうとしない…、
というものでした。
怖い話や場所、体験を共有し、盛り上がりたい女友達にとって、
私は、
嫌だ嫌だという割に、迷信深いところのある、邪魔くさい子だったのだと思います。
それと同時に、いつも、
『そんな事したらお父さんに…』
『そんな事したら、お母さんに…』
『そんな事したら、ばあちゃんに…』
ダメッ!て怒られちゃう…
一緒に、大人に内緒を作ろうとするたびに、どんなに子供だけの秘密にしようと言っても、
私がそう断るもんですから、
彼女達には、私が幼稚な子に映ってたのかもしれません。
私は私で、
どうしていつも、してはいけない事ばかり、誘ってくるのかな。
と正直、嫌気がさしていました。
私は、自然と女友達と遊ぶ事が減り、
家で遊ぶか、男の子の遊びに混ぜてもらう事が多くなっていました。
ある日の放課後、
帰ろうと下駄箱に行くと、
一つ年上の女の子が、私に近寄ってきました。
『ねぇ、今日、一緒に遊ぼう?』
しばらく女の子に、そのような事を言われた事のなかった私は嬉しくなって、
『うん、遊ぼう。』
と答えました。
『じゃあ、ランドセル、家に置いたらすぐ、体育館に集合ね?後でね。』
彼女はそう言って、手を振り去って行きました。
私はとても嬉しかったので、
走って家に帰り、鞄を置くと、ばあちゃんに遊んでくると伝え、
また学校に戻りました。
私達の地域には、公園などが無かったので、夕方の5時半までは、小学校の体育館は解放されていました。
しかし、あまり体育館で遊ぶ子はおらず、
私が着いた時には、誰もいませんでした。
私が着いてしばらくすると、何人かの声が聞こえてきて、
見ると、私を誘った女の子が他に2人友達を連れて、こちらに向かってきました。
メンバーを見た私は、少し嫌な感じがしました。
どの子も少し、嫌な笑い顔をしているのがわかったからです。
『お待たせ〜』
そう言い、遊ぼうと声をかけてきた女の子が私の肩に手を回しました。
そして、回したその掌で、グッと私の服の袖をつかんで、靴も脱がずに、私を体育館に引きずるように入っていきます。
あとの2人がその後に続き、体育館の扉を閉めました。
真ん中あたりまで連れて行かれ、突き飛ばされた私は、体育館の床に手をつきました。
そんな私を、ひとしきり大きな声で笑った3人…、
そして、私を誘った彼女が、
『さぁ、遊ぼっか?』
と、他の2人に言いました。
私は嫌な気持ちではありましたが、
何も言えずに、立ち上がり、
『何して遊ぶの?』
と3人に尋ねました。
すると、彼女は、
『あのね、この体育館、地下室があるって知ってる?』
『地下室?あるのは知ってるよ。でも入っちゃダメって先生が言ってたよ。』
私がそう答えると、
3人はまた、顔を見合わせ、今度はクスクス笑います。
『だよね。低学年の子は、入っちゃダメだよね。
じゃあさ…、』
そこに、あんたの大事なもんがあったらどうする?
彼女は、すごく嫌な笑顔で私にそう言いました。
私は、彼女の言ってる事がわからず、
『どうしてそんな所に、私の大切なものがあるの?』
と聞き返しました。
『さあ、何でだろうね。
でも、あれ、あんたのものだと思うなぁ。』
嫌な笑顔のまま、彼女はそう答えます。
私は、腹が立って来て、
『もう帰る!』
と言うと、出口に向かって歩き出しました。
すると彼女は、
『あーあ。
帰っちゃうんだ。じゃあ、死んじゃうね、
あの…子猫。』
それを聞いた途端、私はバッと後ろを振り返りました。
『今日さ、体育委員でここの地下室の掃除したんだけど、
その時に、あんたの子猫、地下室に入ってきたんだよね〜。探したけど、出てこなくてさぁ。仕方ないから、そのまま扉閉めて帰ったんだよね。
絶対、あんたんとこの子猫だよ、
首輪、赤のリボンだよね〜。』
私は、走って地下室に向かいました。
あははははは…、笑いながら3人も走って、私の後ろをついてきました。
地下室は、舞台の横に作られている倉庫の奥にあり、
倉庫側から、引っ掛けておくタイプの鍵がされています。
私は、それを開けると、
子猫の名前を何度も何度も呼びました。
にゃ…
小さい声が聞こえ、私がもう一度呼ぶと、
にゃ…、にゃぁ、にゃぁ、にゃ…、
積まれている物の奥の方から、
聞き覚えのある声が、小さく聞こえてきました。
『どこ?出ておいて?怖くないよ?
一緒に帰ろう?おいで?』
そう声をかけながら、私は子猫を探しました。
子猫は、1番奥に置かれていた、古い跳び箱の中に入れられていました…。
『怪我はしてない?』
あちこち、体を撫でながら見て、怪我のない事にホッとしました。
それと同時に、抑えようのない怒りがこみ上げてきました。
どう考えても、いくら子猫が小さいとはいえ、
隠れるために跳び箱の中に、猫が自分で入って蓋をするなんて事、出来るわけがありません。
そんな事は、私にでもわかりました。
私は泣きながら、
『閉じ込めたんでしょっ!』
と、3人に詰め寄りました。
『どうしてこんな事するの!本当に死んじゃったらどうするの?』
そういった私に、彼女は、
『知らないよ。私が入れたんじゃないもの。』
と開き直って、シラを切りました。
私は腹が立って、
『絶対、許さないから!先生にも、お母さんやおばちゃんにも言うから!』
と言うと、地下室から出ようとしました。
すると、彼女が私の肩を
ドンッ!
と押し、私は地下室に尻餅をつきました。
立ち上がろうとした時、
バタンッ!と音がして、地下室の扉が閉められたのです。
扉が開いてる時でこそ、薄暗い光しか無かった地下室は、真っ暗闇になりました。
とっさの出来事に、私は身を竦め、子猫をぎゅっと抱きしめました。
『ねぇ…、』
扉の向こうから、彼女の声がし、私はビクッと飛び上がりました。
『体育館が、何で5時半までで閉まるか知ってる?』
『知らないよ!ここ開けてよ!出してよ!
許さないんだから!』
私は、扉を叩きながら、大声で叫びました。
彼女は、私の言う事はすっかり無視して、
『あのね、この体育館、マントさんがいるんだよ。
マントさんはね、赤いコートと青いコート、どちらがいいですか?って聞いてくるわけ。』
『開けてよ!開けてよ!』
『でね、1人は赤って答えたの。
その人は、頭を何度も殴られて、血で真っ赤になって死んだんだって…。』
『開けてッ!開けてッ!』
『じゃあ、青って答えたら?
その人は、逆さ吊りで首を切られて、真っ青になって死んでたんだって…。』
『開けてよ!開けてッ!』
『マントさんが、どこから来るか知ってる?』
『開けてッ!』
『あんたの後ろの壁から、出てくるんだよ。』
ドンドンドンッ!
彼女が、扉を殴るように叩きました。
私は、その大きな音にまた、ビクッと飛び上がり、言葉をなくしました。
『開けて…、ここを開けて。』
やっとの思いで出た、小さな声で、
そういう私に、彼女は…、
『あっ…、
5時半だ…。
みんな、帰ろう。』
そう言って、彼女達は、体育館の方に出て行ったのでした。
『開けてよ!出してよ!開けてッ!
鍵、開けてよ!出してッ!』
私は、大きな声で叫びましたが、彼女達が戻ってくる気配はありませんでした。
扉を叩きながら、叫ぶ事に疲れた私は、扉にもたれて、子猫を撫でながら、
ジッとしてるしかありませんでした。
鍵が外からかけられてる以上、小さな私にはそれしか術がありませんでした。
さっきの彼女の話が、頭をぐるぐる巡りました。
もう直ぐ、5時半だと言ってた。
あの壁から出てくると言ってた。
赤か青か、聞いてくるって。
どっちもいらない。
ここから出してッ!
家に帰して!
どうしようもなくて、悲しくて、
怖くて、抱いてた子猫をぎゅっと抱きしめた時、
子猫がいきなり、
『にやあーッ!』
大きな声で、鳴き出しました。
『どうしたの!どこか、痛いの?』
慌てる私をよそに、
子猫は、大きな声で、
『にやあお!にやぁお!にやぁお!にやぁお!にやぁお!にやぁお!にやぁお!にやぁお!にやぁお!にやぁお!にやぁお!にやぁお!にやぁお!にやぁお!にやぁお!にやぁお!にやぁお!…
とても、小さな体から出るとは思えない大きな声で、
鳴き続けます。
撫でても、どうしたのと聞いても、
鳴き止むことはしません。
途切れることなく、ずっと鳴き続けるのです。
私はその時ふと、思い付きました。
まだ、5時半の、役所の鳴らすチャイムはなってない…。
5時半になったら、先生が体育館の鍵をかけに来るはず!
気付いてもらわなくちゃ!
ここに居るって!
叫ばなきゃ!この子みたいに!
それからの私は、無我夢中で、
大声で、叫び続けました。
子猫も、私に抱かれながら、大きな声を出して、鳴き続けています。
結果、私は、
5時半に閉めに来る先生ではなく、
近所のおばさんが学校に
『学校の側を通ったら、猫のすごい声と、子供と出してッ!という声が聞こえるんだけど。』
と電話をしてくれて、
確認に来てくれた先生により、
地下室から出ることができました…。
地下室から出て時計を見ると、
まだ、4時半を少し回った頃でした…。
事情を聞かれ、
私は全てを先生に話しました。
先生により、即刻、私を閉じ込めた3人とその親御さん、私の父が呼び出され、
3人は、先生からも、親御さんからも、また、私の父からも、
こっぴどく説教を受けていました。
最後に3人に、泣きながら、
ごめんね、次は仲良く遊ぼう
と言われましたが、私は、
『もう許すけど。
一緒には遊ばない。』
と言いました。
実際、少し時間は有しましたが、
笑いながら会話をする事はできても、
遊びたいとは思えず、
彼女達も2度3度誘って来たことがありましたが、それ以降は誘っては来ませんでした。
体育館の地下室は、引っ掛けるだけの鍵から、南京錠に変わり、
体育委員の清掃活動も、担当の先生監視のもとで行われることになりました。
次の日には、全校集会が開かれ、
名前こそは上げられなかったものの、
『次にこんな陰気な事をしたら、
それが誰であっても、この学校から出て行ってもらいます!』
と校長先生が大声で怒っていました。
私が閉じ込められた子である事は、多分、全員の生徒がわかっていたと思いますが、
詳しく聞かれる事はなく、
ただ、それ以降、私を避けていた女の子達からも、また遊びに誘われるようになりました。
私と一緒に閉じ込められて、
大声で助けを呼んでくれた子猫は、
あの時に出した大声のせいか、
すごく、ダミ声になってしまいました。
最初、跳び箱の中から聞こえていたあの可愛い頼りない声を無くし、
子猫の姿には似合わない、すごく野太い声…。
しかし、私の仲良しの男の子達は、その子猫を
『チビのくせに、根性ある!』
と言い、ボス、とあだ名をつけて可愛がってくれました。
あの時、子猫が大きな声を出してくれなかったら、私達、どうしてたんだろ。
見えもしない、マントさんに怯えながら、
私はどうなっていただろう。
今とは、違う結果になっていたとも考えられる…
そう思うと、勇気をくれたチビ猫『ボス』に感謝せずにはいられません…。
作者にゃにゃみ
迷信深く怖がりの私と、好奇心旺盛な女の子達
その中で生まれた、歪んだ彼女達の遊び…。
今思い出すと、正直、むかっ腹が立ちます笑