凛は史華の身体を借りて彷徨っていた。
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Nを滅茶苦茶にしてやりたい。
わかっている。
わたしも地獄に堕ちるだろう。
でも、今がたぶん、最初で最後のチャンスなんだ。
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あんな糞親父や、虐待を見て見ないフリをしてきた祖父母でさえも、殺されたら悔しい。
増して、わたしが怒鳴られたり、殴られたりする度に、こっそりと抱きしめてくれたお姉ちゃんたち。
その、お姉ちゃんたちまで、あんな残忍な方法で殺すなんて。
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それと、ママ……。
「ごめんね。ママのせいで。」
ママは、暴力親父のこと、自分が世間知らずなばかりに、娘たちにこんな思いさせてって、いつも泣いていたけど、
わたしたちは、いつだってママのこと、大好きだったんだ。
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あれは、わたしが中学生になったばかりの夏休み。
おじちゃんが親父とじぃじ、ばぁばを殺したとき、少し年の離れた姉たちは、
ママが自分を犠牲にして、わたしたちを守ろうとしていること、ちゃんと気付いていた。
いいえ、わたしだって、わかっていたよ。
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親父が殺されたとき、秀夫は既にいつもの優しい「おじちゃん」ではなくて、すごく危険だって。
でも、逆に、あいつらはママに酷いことをして、わたしたちのことも間違いなく殺すんだって気付いた。
そしたら、ママを独りにするなんて、ありえなかった。
今でも、自分の選択は間違っていなかったと思う。
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どうせ死ぬなら、大好きなママのそばがいい。
でも、結果的に、わたしはすぐに殺されてしまった。
そして、ママが秀夫に蹂躙されるところを見て、わたしはあいつらと同じ悪霊なんかに……。
あれは、中学生にはキツかった。
血と精液の混じったヒドいにおい。
まだ生きてたら絶対吐いてた。
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わたしや親父たちの血と、自分の涙でぐじゃぐじゃなママ。
ほとんど抵抗もできないママに、汚らしい劣情を押し付けて、不細工な顔に恍惚の表情を浮かべて。
あんたが嫌ってた親父より酷いじゃない。
殺さないって言ったのに、Nにそそのかされて、ママのことまで……。
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わたしを心配した姉たちが1階にまだいるの、わたしも知っているよ。
お姉ちゃんたちは、望めばきっと幸せな来世を手に入れられるのに。
ママを守れなかったわたしは、姉たちと一緒にいるのは辛くて、
何より、悪霊になってしまったわたしを、優しい姉たちには、見て欲しくないんだ。
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姉たちは、あいつらを怖がるだけで、恨みは持たずに死んだ。
わたしのためにここにいるだけだから、力はないし死んだ場所から動けない。
わたしは、建物の中はまだあの嫌なにおいが満ちていそうで、いつも外にいる。
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でも、時が来たみたいだ。
あいつらは、肝試しの人たちが来ると力がつくみたいだけど、
それは、わたしも同じこと。
しかも、わたしに有利な条件が幾つもあるの。
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史華さん。どこかで、血のつながりがあるのかな?
ママにそっくりだった。
顔立ちもそうなんだけど、箱入りのお嬢さまみたいな雰囲気が、特に。
またわたしの目の前で、あいつがママに似たこの人を辱めるなんて、絶対に赦さない。
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それから、夏子さん。秀夫の母親。
地震の後、フラフラとさまよって来た夏子さんに、秀夫の生い立ちを聞いた。
そのとき、わたしと夏子さんは、ひとつに溶け合い、
わたしは、Nが諸悪の根源だと知った。
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Nという記号めいた名前は知っていた。
事件の後に来ていた神主さんや警察官がその名前を口にしていたから。
Nが強すぎて、神主さんたちも余裕がなくって、わたしのことなんて相手にしていられなかったんだろう。
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そのNが何者か、夏子さんの記憶から知った。
夏子さんは、Nという名前は知らなかったようだけど。
夏子さんも、秀夫も、色々あったんだね。
わたしは、夏子さんと秀夫は、憎んでいいのかわからない。
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わたしの親父もあんなのだったから、秀夫に同情した。
それに、夏子さんも、怖かったし、苦しかったんだね。
秀夫に謝りたいって。
夏子さんは、秀夫が地獄の炎で清められ、いつか、ずっとずっと先、幸せな生を受けるのを願っている。
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わたしも今は悪霊だけど、あいつらと同じところまでは堕ちない。
Nを消したら、潔く地獄に行くつもり。
そして、いつか、ずっとずっと先の生で、ママに会いたい。
だから、お願い、史華さん、夏子さん、それから、お姉ちゃんたち、力を借してね。
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史華の身体を借りた凛が、地下室に向かったその頃、
場所は変わって子供部屋。
shake
太郎たちは、酷い地響きと揺れに、ビクンとなった。
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妹の夏美にボコボコに殴られた頭に、轟音が容赦なく響く。
黒帯保持者なのに、兄を何度も懐中電灯で殴りやがった。
まったく。
かわいい妹だし、俺は正気に戻れたわけだが、進がいなかったらどうなったことやら……。
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「おい、地震か!?」
―りんっ!―
shake
進が小声で叫ぶと、幽霊姉妹の声が重なる。
「どういうこと?」
夏美が姉妹に訊いた。
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“凛が、地下室に行った気配がするの。今のはそのせい。あそこに、おじちゃんと、たぶんママも……。”
「凛って?」
「たぶん、この子たちの妹よ。史華さんに取り憑いている。」
姉妹の声は、霊感が少ししかない俺には上手く聞こえないが、夏美が通訳(?)してくれた。
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「俺たちも行くか。洋子もいるかもしれない。」
「君たち、ありがとう。」
俺が提案すると、子どもたちにお礼を言って進も立ち上がった。
洋子。そう、洋子。
色情狂いの野郎、しかも強力な霊体がいるっていうのに、洋子を独りにしちまって、本当に悪かった。
てっきり、殺された家族が彷徨ってると思ったんだよ。
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史華に憑いているのは、悪霊とはいえあの子たちの妹だ。
洋子に憑いたのは秀夫とかいう犯人のオッサンかもしれない。
無事に帰れたら、シャ○ルでもヴィ○ンでも、何でも買ってやろう……。
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俺たち―俺と進と夏美―は、おそるおそる子ども部屋を出て、3人でかたまりながら、ゆっくりと音のした方に歩いた。
その先には、階段がある。
階段わきの小さめの扉が、どうやら怪しい。
shake
ほら、また変な地響きがした。
頭痛ぇ。
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「進さん、今の聞こえました?」
「うん。やっぱり、史華と洋子がいる……。ただ、本人じゃなさそうだ。」
「ですよね。声はそのままなんだけど、史華さんがきっぱりって感じで話してるし、洋子さんもあんな喋り方……。」
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夏美と進の話についていけないのは、俺に霊感がないからなのか、頭痛のせいか。
ともかく、この扉の中から、身体を何かに乗っ取られた史華と洋子の声がすると。
「開けるしかねぇよな。」
2人が頷くのを見て、俺は慎重に扉に手をかけた。
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そして、おそるおそる懐中電灯を向ける。
汚い重そうな箱が不自然に斜めに放り出され、その脇の床には無理やりこじ開けたような穴がぽっかりと開いていた。
俺たちは顔を見合わせ、穴をそうっと覗く。
「降りるか。」
地下に通じているらしい穴を見ながら、進が言い、俺と夏美が頷く。この先に、洋子と史華がいる……。
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頼りない懐中電灯の灯りを手に、俺たちは梯子を降り、地下通路を歩く。
今度は俺にも、口調のおかしな洋子たちの声が微かに聞こえた。
手探りで進んだ穴の先には、また古い扉があった。
再び3人で顔を見合わせ、俺が扉を押す。
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予想通り、そこには、史華と洋子がいた。
だが、酷い取っ組み合いをしていたのは予想外だった。
やんちゃだった、この俺がひくほどの、死に物狂いの喧嘩だ。
特に洋子の姿が酷い。
美容部員の面影が全くない。
目は虚ろ、涎をたらし、手が血だらけで……。
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服も埃まみれで、ストッキングが破れてるし、一体何をしたらこうなるんだ。
片足のヒールは折れて、片足は裸足だ。
それに、このにおい……あの、その、自慰行為でもしたのか?
洋子が?
ここで?
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よく見ると、洋子は棺桶のような汚い箱にかじりつき、それを史華が止めようとしているみたいだ。
史華も、引っ掻かれたような傷が顔や腕にあちこちある。
俺たちは、どうしたらいいんだ?
進と夏美も、何もできないでいる。
洋子は、ヤバい……。
史華は、味方なのか?
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「あなたたち、手伝ってくださいよ。封印が解けちゃう。」
不意に、史華がこっちに向き直った。
さっき、進が言った通り、声は史華なのに、口調がまるで違う。
あの、舌っ足らずな史華が?
これが、凛なのか?
そして、味方なのか?
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「凛ちゃん?」
夏美が、史華に話し掛ける。
史華は少し驚いたような顔をした後、頷いた。
「お姉ちゃんたちに聞いたんですね?」
夏美も頷いて答える。
「こんなことされたら、Nが完全に復活しちゃうんです。
肝試しに来たのなら、わたしたちがどうやって死んだのか、知ってますよね?」
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「Nって、その、君たちを殺した……?」
今度は進が訊ねる。
史華の身体を使っている凛の声は、俺にも聞こえるが、俺はもう、何もできないでいた。
洋子。俺の好奇心に付き合わせたせいで、こんな風になっちまって……。
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しかも、洋子を乗っ取った野郎は、俺たちには危険過ぎる。
何というか、同じく憑かれているのに、史華は人間らしさがある。
史華は、史華に簡単に戻れそうに見える。
洋子は、人間という枠を超えてどこかに行ってしまったみたいだ。
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「上手く言えないんだけれど、直接手を下した秀夫とは、少し違うんです。
何世代も人の身体を渡り歩いて、ここに留まっている悪霊の仮の名前。
たぶん、この箱に封印されているんです。」
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そのとき、ずっと箱に引っ付いていた洋子が、史華に急に飛びかかった。
shake
「うふひひひ……お前、三女だったな?ママが恋しいのかよ?
こんな身体に入っちまって!ひっ。
それも一興。
身体は母親、魂は娘。
観客もそろってるし、十分だ……。ひゃぁっ。」
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洋子、本当にどうしちまったんだよ!
史華は親友だったじゃないか!
飛び出そうとした俺を、進が押さえつける。
「おいっ!」
なお抵抗する俺に、進は首を振った。
夏美は、手を震わせながら、何やら真言をぶつぶつ唱えている。
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そのとき、また揺れが来て、物凄い音がした。
shake
今まで、壁越し、扉越しに聞いていた音を直に聞いた訳だ。
あの箱、絶対にヤバい。
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「ママ!聞いて!ママもそこにいるんだよね?
ママ、わたしたちを助けて!
あいつを甦らせないで!
史華さんたちを無事に帰して!」
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夢現に、史華、いや、凛の声を聞いて、
俺たちは気を失った。
(つづく)
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◇◆◇◆◇◆◇◆◇
龍田です。お久しぶりです。
機種変更の際、スマートフォンにデータが残っていることに気付いたので、再投稿いたします。
今年の1月半ばにリレー作品の一部として投稿し、2月下旬に誤って削除したものです。
私が退会した際、進行中だったリレー企画に水を差したくなくてこっそり退会したつもりが、かえって騒ぎになり申し訳ありませんでした。
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この場で、少し、当時のことを説明させてください。
それと、その前に今後について、私が再度このサイトに投稿すること、読者として参加することはありません。
このアカウントも、出てきたデータを載せるためだけに取得したもので、直ぐに削除いたします。
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私は自閉症スペクトラム、昔風に言えばアスペルガー、知能の高い自閉症とも言われる発達障害です。
でも、障害者手帳も持っていなくて、一人で暮らしています。
普通は3歳頃に障害に気付くものらしいのですが、自分も周りも気付かないまま成人してしまい、二次障害の鬱病になったときに判明しました。
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今思えば、集団行動はずっと苦手だったし、自分は空気を読めない、無意識に周りを不快にさせる性質を持っているという自覚があります。
気を付けているつもりでも、どうしても見当違いな発言をしてしまって、後から気付くこともあります。
だから、交流型のサイトに登録するのは、かなり勇気が要りました。
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このサイトは、数年前から登録なしで暇つぶし的にときどき訪れていました。
ご自分の精神科・心療内科の通院経験をサラリと書いている方を複数見掛け、人の少ない年末年始にお酒の力も借りて登録し、投稿を始めました。
憧れの目で見ていた方々に声を掛けていただいて嬉しかったし、リレーに誘われたときもとてもありがたいと思っていました。
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しかし、リレーが2話・3話と進むと、作中のスラングがわからない、コメント欄の凝った顔文字のニュアンスが読み取れない、どうしよう、という状態になってしまいました。
その後、話の方向性が変わって、指名されたときには形だけでも無事に投稿できましたが、短時間に次々来るコメントの返信に、時間は掛かるし、正しく相手の意図を汲んだ返事もできず、交流に難しさを感じました。
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また、個人作品に寄せられるコメントについても、時間を割いて投稿作を読み、コメントまでしてもらったことに感謝するべきだとわかっていても、
世間的には暗黙の了解があるらしいのに障害のある私には理解できないコメントに苛々してしまったり、何の気なしのコメントにも発達障害持ちにとって辛い言葉が含まれていて落ち込んだり、そんな風にしかコメントを受け取れないことに申し訳なくて返事の仕方に悩み……の繰り返しでした。
悩んだ末、発達障害をカミングアウトしましたが、それを全員が読むわけでもないし、発達障害とは何かを知らない人が殆どだし(私も自分が診断されるまで名称くらいしか知りませんでした。)、悩みは解決しませんでした。
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2月のリレーに声を掛けていただいたのも嬉しくて、今度こそちゃんとしようとも思ったのですが、その後、「内輪ネタではない、規約に反していない」と言いながら、メンバーがアンケートのコメント欄で内輪話で盛り上がっているのを見て、
リレーへの擁護コメントを自分もしたことを恥ずかしく思い、皆さんと距離を取りたくなりました。(ごめんなさい。)
結果、自分が選ばれなかったのにも半分ほっとしました。
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また、2月に入ってからは、元々の趣味や確定申告で忙しく、自然とサイトを見る時間も減りました。
心配されるのも申し訳ないので、投稿ペースは落とさないように気を付けていましたが、それでも心配している趣旨のメッセージをいただくことがあって、
ここでも再び、ありがたく思うべきなのに苛々してしまい、返信にも悩み、感謝すべき事柄を素直に受け取れないことに罪悪感を感じ、色々と疲れてしまって退会のタイミングを考え始めました。
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2回目のリレー中、あるユーザーさんに人目に付かないところでの相談を提案され、2往復、各々の作品のコメント欄で短いやり取りをしました。
相手がリレーでしか交流のなかった方だったのと(ごめんなさい。)、スペースの問題、その方も忙しそうだったことから、手っ取り早く具体的に説明しました。
そして、そんな風に周りに心配掛けてばかりなのが嫌で、そのまま退会に至りました。
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その後、相談にのってくださった方が気に病んでないか不安に思ってサイトを見に来たところ、騒ぎになっていること、悪口大会のようになっていることがわかり、皆さんを不快にさせるばかりの自分を申し訳なく思いました。
そして、本当に申し訳ないのですが、余暇活動でそれ以上自分が傷付くこともないと思い、それ以降、このサイトは見ないことに決めました。
推測ですが、私が「○○さんに噛み合わないコメントを続けてしてしまったから、○○さんには嫌われてると思う。○○さんに多分悪気がないのはわかっているけれど、○○さんが怖い。」と書いた部分が、優しい配慮から発達障害の部分を省いて説明され、伝言ゲームのように伝わる過程で「○○さんを逆恨みしている。」になったのだと思っています。
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退会の理由は、先に書いた通りで、特定の方とのトラブルが原因ではありません。
そもそも話が噛み合わないのは私側の問題だし、例に挙げた方以外にも、きちんと会話が成り立たず、迷惑を掛けた相手は何人もいました。(皆さん、ごめんなさい。)
退会理由は、交流型のサイトは私には難しいとわかったからです。
読書や洋裁など、人に迷惑を掛けない趣味を楽しむことにしました。
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リレー作品も削除してしまったことと、騒ぎを起こしてしまったことだけが気になっていたので、データが見つかったのを機会に、書き込みいたしました。
再度お騒がせして申し訳ありません。これで最後です。
ここが皆さんにとって楽しい場所でありますよう。
作者退会会員