期限当日
男「最期の場所を案内しよう…」
そう冷たく言って歩き出した
道中…この一週間で出会った人々の人生が僕の中でフィルムを回すように、ゆっくり流れ始めた…
夫の暴力の果てに亡くなったあの女性…
30年前に妻と死に別れながらも、最期まで生き抜いたあの爺さん
「諦めてくれ…」そう言い放たれた名前の無い子供
一人一人の道が…出会った人生が…死んだ僕の何かを確実に変えている
(ぃ…ッた…ぃ)…心の底で…沸き上がりそうになった感情を男に悟られぬように唇を噛みそっと殺した
男「ここだ…」
そこは病院だった
僕「もう…いいよ…」(違う…)
僕「こんな回りくどい事…もうたくさんだ!さっさと連れて行けよ!」(違うんだ…ホントは…)
少し間を置いて男が振り返りこう言った
男「また…逃げるか…屋上から飛んだ時みてーに」
これ迄に見たこともない男の悲壮感に満ちた目が僕の目を覗き込むと…僕は言葉を失った…
男「ここからは一人で行け…209号室だ…そこで終わりだ」
肩をポンっと押され…何かに導かれるように病室へ向かった
男の言葉が脳裏に浮かぶ、思えば逃げてばかりの人生だ…兄を亡くし5年間ずっと逃げてきた…友達から親から兄の…死から…
(一体…何をしていたんだ…僕は)
気付くと病室の前に立っていた
(また…人の死を見なければならないのか…)暗いモヤが心を覆う
部屋に入ると知った顔がそこにはあった
父と母だった
(!?何故ここに…両親が…)
ベットに寝ているのは…頭、腕に包帯をまいた
僕だった…
状況は僕を置いて進む
父がゆっくりと寝ている僕に話しかける
父「いつになったら…目を覚ましてくれるのかなぁ…」
優しく手を握りながら父が僕を見ている…
久しぶり聞く父の声だ
母「待ちましょう…あなた…そして起きた時に、ちゃんとこの子と向き合いましょう…」
涙ぐむ母だったが涙は流さず、とても力強く僕を見つめていた
母の肩を父がそっと抱く…母は少し肩を震わせている
僕は、熱い何かが頬を伝うのを抑えきれないでいた
兄を亡くしてから、ずっと辛かった…自分のせいで兄を死なせてしまったと、ずっと後悔していた…辛すぎた…だから死んだ…
楽になれると思ったからだ、しかしまだ辛い…いや、生きている時よりも、今はもっと辛い…
(僕はどうしたら…いぃ…?)
途方に暮れた…
男がゆっくりと近付いてきた…
途方に暮れていると
男がゆっくりと話しかけてきた
男「どうした…そんなに泣きじゃくって…まるで迷子だな…」
後ろから頭をポンと叩きながら僕の横にやって来た…
男が続ける
男「最期の死を…見届けろ…自分の死を…」
僕「僕は…死んだんじゃなかったの?」
男が笑いながら…
男「お前はあの日、屋上から落ちてすぐにこの病院へ運ばれた…一命はとりとめたが意識不明の重体…今日で丁度一週間だ…」
小さくなった体で自分に近づく
まだ生きていた…息をしていた
「変な期待は持つなよ…」
すかさず男が言い放つ
「あと、数分で…お前は死ぬ」
あと…数分で…僕は…死ぬ…その現実が突き付けられる
父、母の顔を見る…
また…両親を悲しませる事になるのか…
何度も抑えていた感情が口から漏れるのを止める事ができなかった
「生きたい、生きたい、生きて両親と話したい、謝りたい、また悲しませる訳にはいかない…」
関を破ったように言葉と涙が溢れだす…
男が凄い勢いで僕の胸ぐらを掴み顔を近付け睨み付ける
男「自分の事ばっかりだ、人の気持ち何て考えもしない…一週間、他人の死に際を覗いて考えが変わったか?自分は生きたくなったか?虫の良い話だな…ぇえ!?見ろ両親の顔を!涙を…」
泣き崩れる僕…
虫の良い話…自分勝手…全ての言葉が突き刺さる、確かに身勝手な話だ…
(頭がクラクラする…)
朦朧とする意識の中で男を見る…男の目が優しく僕を見る…先程より幼く…遠い昔…見たことのある顔のような…
優しい声がする
「あまり…かけ…るなィちゃん…ゆっくり…れないだろ?」
気付くとベットにいた…
生きている…両親が歓喜し僕に抱きつく
呆然とする僕…この一週間の記憶はない…だが何故だか涙が止まらない…悲しさ、嬉しさ、そして何故か懐かしさ…感情がこみ上げて来た、両親にしがみつき泣きじゃくる
男はその光景を愛しそうに見ていた…その姿は先程までの男の姿ではなく少年の姿であった
男の子「あんまり父さん母さんに心配かけるな…兄ちゃんゆっくり眠れないだろ…最初は複雑だったけど一週間…楽しかったよ…」
部屋から出ていく
僕「母さん、父さん…夢を見たよ…兄さんと…一緒にいたんだよ…怒られたりしたけど兄さん…最後には…笑ってたよ…笑ってたんだ」
目覚めた時の空は青く病室から見える桜は映画のワンシーンの様に美しかった
前程…嫌な光景ではなくなっていた…
怖い話投稿:ホラーテラー 独りさん
作者怖話