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主婦のTさんが買い物から帰り、台所で夕食の準備をしているときだった。
二階からドンドンと物音がし、つづいて若い女の声が廊下の階段越しに聞こえてきた。
「きゃはははっ、なにそれマジウケるううう!」
娘の友達だろうか、と思った。しかし内気な性格の娘が家に連れてくるにしては、少し賑やかな子だなとも思った。
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声はなおも二階から聞こえてくる。
「そういえばあれ観たああ? めっちゃヤバくなかったああ?」
「いやいやいやいや、だからマジだってえええ!」
「ほんとありえないんだけどおおおおお!!」
いずれも同じ女の声だった。しかも喋りながら絶えず歩き回っているようで、足音がドンドンと忙しなく天井に響く。
行儀の悪い子だな、とTさんは眉をひそめた。真面目な娘とはどう考えても釣り合わない。きっと上の部屋で娘も愛想笑いで相手をしているんだろうと想像し、我が子が心配になった。
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そこでふと、Tさんは奇妙なことに気がついた。
娘たちはいつ帰ってきた?
さっき自分が買い物から帰宅したとき、玄関には誰の靴も置いていなかった。
てっきり台所で料理をしているときに帰ってきたのだろうとばかり考えていたが、玄関のドアが開いた音を、自分は耳にしていないことを思い出したのだ。
女の笑い声や足音は、間違いなく家の二階から聞こえる。
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Tさんはどことなく薄ら寒くなってきたものの、さっきはちゃんと靴はあったが、見落としていただけかもしれないと考え直し、もう一度玄関を確かめるべく台所を出ようとしたら、「ただいま」という声が廊下からあがった。家族の誰かが帰宅したのだ。
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「あれお母さん、ぼうっと突っ立ってどうしたの」
娘だった。
唖然とした表情の母親を、どう見ても学校帰りの彼女がきょとんとした顔で見つめ返している。
「あんた、今まで上にいたんじゃないの」
「え? 帰ってきたばかりだけど……」
Tさんが問いただしている最中にも、二階では女がずかずかと歩き回りながらひっきりなしに笑い続けている。
「きゃははははっ! だからマジだってええ!」
とたんに、ただうるさいだけだと思っていた声の主が、とても不気味な存在に感じた。
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「二階で騒いでる子、あんたの知り合いじゃないの?」
Tさんが上を指差した瞬間だった。
「ちがうよおおおおおおおおおお」
すぐ真上の天井から、野太く不気味な声がした。Tさんが短く悲鳴を上げると、あれほど騒がしかった二階がぴたりと静かになった。
そして。
ドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタ!
猛烈な勢いで階段を駆け下りる足音が響き渡った。
家全体を揺らすほどの轟音だった。
こちらに来ると悟ったTさんがきゅっと身を強張らせたが、足音はリビングではなくそのまま玄関へと向かい、外へと飛び出していった。
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……あれはなんだったんだ。
放心したように床にへたり込むと、娘さんが心配そうに声をかけてきた。なぜか娘さんには、今の階段を降りる凄まじい足音も、女の不気味な声も全く聞こえていなかったらしい。
それを聞いて背筋が冷たくなり、安全を確認するため、おそるおそるカーテンの隙間から外をうかがったところ、その口から再び悲鳴があがった。
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家の塀から、土気色の顔をした女がTさんをじっと睨みつけていた。
髪はぼさぼさの茶髪で、娘とは違う制服を着ているが、間違いなく生きている人間ではなかった。目は落ちくぼみ、鼻と口は腐って原型を留めていなかった。
Tさんは恐怖のあまり、その場で失神してしまったという。
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それから、というもの。
Tさんが一人家事をしていると、たびたび二階から女の喧しい話し声と、ずかずかと床を踏みしめる音が聞こえてくるようになった。
いつかあの女が全速力で階段を駆け下りて、自分の目の前に姿を現すのではないかと、今もTさんは怯えているのだという。
作者k-3