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中編3
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細人

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今から数年前の秋頃の話。

俺は相当参っていた。

仕事の人間関係、残業、親の早逝、借金その他諸々。

不幸なことが連続すると、自ずと精神も弱って、延いては自殺まで考えるようになった。

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ある朝、けたたましい携帯のアラームを消すと、いつもより30分遅い時間だった。

ぎりぎりまで寝る生活を続けていると、30分の遅れというのはもう遅刻確定なわけで。

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とりあえずゆっくり煙草を吸いながら色々考えた俺は、

「もう諦めていいよな」

自問の末、最悪の答えを出した。

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会社から何度もかかる電話に全て無視を決め込み、いい感じだった同じ部署の女の子からのメールも全て無視して、その日1日を死ぬための準備に費やした。

もう会社に行く必要はないと考えると、変に頭がスッキリした。

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次の日の早朝、バックパックを車に投げ込んで、県北のS山地へと向かった。

さながら旅に出るような気分だったな。

好きな音楽を流して歌いながら、ルンルン気分で車を走らせた。

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目的地に到着したのは昼過ぎで、まばらに人が見えた。

観光地としてそこそこ知名度のある場所だし、丁度紅葉の時期でもあったからだろう。

さすがに太陽が燦々と照る日中に首をくくるのは気分が出ない。

自殺に気分も何もないんだろうけど。

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夜になるまで散策コースを歩いて景色を見たり、車の中で軽く寝たり、適当に時間を潰した。

太陽が沈んで辺りが真っ暗になる頃には、ひとっこ一人見えなくなった。

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キャンプに行ったり、山に泊まったことがある人は分かるだろうが、夜の山って暗すぎて本当に何も見えないんだ。

不気味という感覚が体全体にまとわりついて、本能的に「やばい場所だ」と感じる。

これから死ぬのに幽霊なんて全く気にしていなかったが、確実に恐怖という感情は存在する。

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今すぐ帰って、家でビール飲みながら映画でも見たいなとぼんやり思った。

ビール飲んで、映画見て、寝て起きて、その後のことを考える。

生きるには手に職が必要だ。

金を稼いで飯を食う。

そんな当たり前は俺にとって、もう既に抱えきれない重荷となっていた。

抱えきれないなら、それはもう生きることを放棄したと同じだ。

じゃあ、とバックパックを背負い森へ向かって一歩足を踏み込んで、考えることを捨てた。

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夜の森。暗闇が支配した世界は、生気が感じられない。

もうちょっと動物の気配とか、虫の鳴き声とか聞こえるもんだと思っていた

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一時間ほど歩いて足を止めた。

そろそろいいだろうと。

ライトを口にくわえてバックパックからロープを取り出した。

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shake

『ア、アアア…アア』

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いきなりだった。

何か聞こえた。動物だろうか。

どこからだ?

たぶん、前の方だ。

すぐにライトを照らして見るも、目に映るのは木、木、木。

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『アア…アアア…ア…アアア』

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全身の毛穴からぶわっと脂汗が滲む。

近くなっている。

人の声、だろうか。

聞こえるわけがないだろう。

周りに誰か居たらさすがに分かる。

動物かもしくは。

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『アアア…ア…ア、アア』

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慌ててライトで辺りを照らす。

やめてくれと祈った。

確実に何かがいる。

それも、一匹ではない。

周りを取り囲まれるように、複数。

ハァ、ハァ、ハァと自分の息が荒くなるのがわかる。

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一瞬、チラッと白い何かが写った

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shake

『アアア…アアアアアア』

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どんどん近くなって来る。

狂ったようにライトで辺りを見渡す。

左の方、すぐそこの大きな木の影。

そいつは居た。

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shake

『アアアア、ア、ア、ア』

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細く、長い。そして白い。

人間のような四肢を持つも、手足が異様に長い。

自殺なんて、どうでもよくなった。

俺はチャックが空いたままのバックパックを背負い、声が聞こえない方へ走った。

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走って走って、とにかく走った。

何度かつまずき、手や顔に枝が擦れて傷が出来る。

とにかく走り続けた。

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気付いたら、昼過ぎに歩いた散策コースに出ていた。

道なりに走り戻って、車へ駆け込んだ。

S山地、あそこだけはやばい。

辛くも自殺という最低なきっかけで見てしまった俺は今、真面目に働いてなんとか生きている。

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