大学生のころ、ショッピングモールの帽子屋でアルバイトをしていた。
始めてすぐ、私はブログに新商品の記事を載せる際の、モデル役をすることになった。
と言っても、私が特別キレイだったわけじゃない。
その時、一番新人の子がモデル役をやるという、店の決まりごとがあったからだ。
ブログをチェックしているお客さんは、思ったよりも多かった。
「この前の記事に出てたあの新商品、ありますか?」
そんな風に指名買いしてくる人は、珍しくない。
お得意様たちの物欲をあおるためにも、私は気合いを入れて化粧なんかして、少しでも売上に貢献するモデルとなるべく頑張っていた。
ある日、お客さんの一人からこんなことを言われた。
「最近、ブログに出てる店員さん、めっちゃキレイじゃないですか?
本職のモデルさんだったりするんですかー?」
正直、めちゃくちゃ嬉しくて、顔がにやけた。
「えー、ありがとうございますー。
あれ、実は私なんですよー」
「え・・・?」
そのお客さんは、しばらく微妙な目つきで私を見つめた後、腑に落ちない様子で帰ってしまった。
(現実の私はイメージと違うってか!?)
喜んだのもつかの間、ひどい反応を返されて、ムカムカした気持ちが湧いてきた。
(ていうか、そんなに盛れてたのかな?私の写真)
気になったので、休憩時間にスマホでブログを確認してみると、
「は・・・?」
異常だった。
私が写っているはずのブログの写真には、すべて別人が写っていた。
いや。
体型も、服装も、私とまったく同じ。
ポーズも同じ。かぶっている帽子も、すべて記憶のまま。
しかし、顔だけが明らかに変わっている。
私よりも数倍キレイな、芸能人レベルの美人になっているのだ。
鼻が高く、目もキリッとしていて、かっこいい。
「店長。ブログの写真に、変な加工するのやめてもらっていいですか?
私、そんなにブスですか!?」
業務が終わった後。
私は店長を問い詰めていた。
無断で、ひとの顔を加工してブログにアップするなんて、失礼すぎる。
そう思ったのだ。
しかし、店長はまったく身に覚えがないと言う。
実際にブログを見せると、店長も本気で驚いていた。
「ウソでしょこれ?なんで顔変わっちゃってんの?」
「こっちが聞きたいですよ。
てっきり、店長が私の顔を加工して、美人にしたんだと思いました」
「いやいや。そんな技術ないし。
そもそも、俺がアップする時は、いつも通りの顔だったんだよ?
じゃなきゃ、アップなんてしないって」
他の店員に聞いても、その写っている女性の顔に見覚えのある人はいなかった。
というか、顔以外は完全に私なのだ。
気持ち悪すぎる。
店長に頼んで、しばらくブログはお休みさせてもらうことにした。
次の日。
午後からシフトに入っていた私は、いつものように部屋で身づくろいをしていた。
化粧をし、服装を整える。
特に、帽子が似合うコーディネートになるよう、気を遣わなくてはいけない。
店で取り扱っているアイテムを、接客の時は必ず身に着ける。
アパレルの常識だ。
その日、私は紺色のキャップをかぶり、鏡で全身のコーディネートをチェックした。
息が止まった。
鏡に映っている私の顔が、ブログの女と同じ顔をしていたからだ。
私はきっと青ざめていたと思う。
けれど、鏡の女は笑っていた。
声の出ない私に向かって、鏡の女はゆっくりと口を開けた。
「あ」
「と」
「す」
「こ」
「し」
「だ」
「か」
「ら」
私はキャップを鏡にぶん投げた。
傷ひとつつかなかった鏡の中で、私の顔はもとに戻っていた。
すぐ店に電話して、バイトを辞めることを伝えた。
その店は、今でも残っている。
ブログも継続している。
私の知らない、新しく入った子が、新商品の帽子をかぶって記事に載っている。
たれ目で、唇がぷっくりしたその子は、まるでアイドルみたいに可愛い。
だけど、店に行ったら、本当にその子に会えるのだろうか。
私には確かめる勇気がない。
作者寝耳水