中編4
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ささくればばあ

私が小学生のころの話をしますね。

どこの学校にも、怪談や七不思議のひとつやふたつ、あると思います。

私の通っていた小学校では、「ささくればばあ」という噂が広まっていました。

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どういう噂かと言うと、私の町では夕方五時に役所からチャイムが鳴るのですが、

そのチャイムが鳴った時に、黄色い帽子とランドセルを身に着けていると、どこからともなくささくればばあが追いかけて来て、殺される、という、

何というか、雑な怪談でした。

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私は、そういう怪談とか幽霊を信じる人はバカだと思ってて。

ませたガキだったんですね。

そもそも、学校の怪談とか言いながら、舞台が学校の外じゃねーか!

とかツッコんでいました。

でも、低学年の子とかは、結構ささくればばあにビビッていましたね。

絶対嘘だろうけど、「ささくればばあに殺されそうになった!」「追いかけられた!」なんて、言うヤツもいたので。

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で、だんだん、学校側が、これは問題だと考え始めたらしいんです。

生徒の多くが、ささくればばあにビビってるってことは、ですよ?

街でお年寄りの女性に会ったら、みんなささくればばあだと思うわけですから。

それどころか、お年寄りを見たら一目散に逃げ出すような子も多かったらしいです。

当然、ばけもの扱いされた人は嫌な気分になりますよね。

これは教育上、明らかによろしくないだろうと。

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だから、「変な噂を信じない。街でお年寄りに会ったら、きちんと挨拶して、お話しする」とかいう、決まりごとができたんです。学校の中で。

まあそれでも、子どもの中には、相変わらずおばあさんを見ると逃げたり、石を投げたりする子がいたって話ですけど。

私の場合、ませたガキでしたから。逆にちゃんと挨拶するのがカッコいいと思ってたんですよ。

歩いててお年寄りに会ったら、とりあえず挨拶する。すると、ほとんどの人はにっこり笑って返事をしてくれますからね。

「噂を信じてるヤツってバカだなー」って、心の中で思ってました。

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四年生の時かな。

私、ソフトボールのクラブに入ってたんですけど、その日はクラブが終わった後、友だちと校庭で遊んでて。

まだまだ明るいじゃんと思ってたら、五時のチャイムが鳴ってハッとしました。

「遊んでても。五時までにはちゃんと帰りなさい」っていうのが、その頃の我が家の決まりでしたから。

慌てて、友だちとわかれて、家に駈けていきました。

五月か六月くらい。汗ばむくらい暑くて、ジメッとした空気だったのを覚えています。

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私のお母さん、約束やぶるとすげえ怒るんですよ。

だからその時の私はもうパニックで、一刻も早く家に帰らなくちゃって気持ちで、下校路をダッシュしてました。

ところが。

家まであと五分くらいの、下り坂に差しかかったところで。

足がもつれて、思いっきり、すっころんじゃったんですね。

下はジーパンだったんですが、手のひらがすりむけて、血がにじんで。

すぐ立ち上がったんですけど、痛いやらムカつくやらで、自然と涙がこぼれてきました。

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その時ですよ。

いつのまにか、隣におばあさんが立ってたんです。

ものすごく痩せてて、背が高くて、全体的に赤っぽく? 日焼けした感じのおばあさんが、「大丈夫?」って私に言ってきたんです。

いま、こうして思い出しても、やっぱりよくわからない。

なんか変なんですよ。「大丈夫?」って言ってるんだけど、唇はあんまり動いてないとか。

服も、普通の洋服じゃなくて、毛布を縫い合わせたみたいな、見馴れない服だとか。

とにかく、子どもながらに、「変な人だ」って思ったんですよね。

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そのおばあさんが、無言でスッと手を差し出してきたんです。

てっきり、血を拭くハンカチとか、ばんそうこうとかだと思うじゃないですか?

私、痛みなんて忘れちゃいましたよ。

あれ、なんだったんだろうな。

パッと見は、天ぷらのカキアゲみたいな、ごちゃっとした感じ。

でも、よく見ると、ぬるぬる赤黒く濡れていて、細かい繊維質の破片みたいなものが、いくつもくっついているのがわかるんです。

汚い、キモい、きっとゴミ、の三拍子ですね。

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「ささくれだから」

って、言ったんですよ、そのおばあさん。空虚な顔でね。

「おばあちゃんのささくれだから」

・・・いやいやいや。

意味がわからなかったけど、とりあえずヤバいなーって気がしたので、「ごめんなさい」ってお辞儀しただけで、その場から逃げました。

帰った後で、お母さんには、やっぱりすごく怒られました。

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私、最初のほうで、

「ささくればばあに殺されそうになった!」「追いかけられた!」なんて言うヤツは、嘘だって書いたじゃないですか。

私には、嘘だってわかるんですよ。

あのおばあさん、追いかけてなんて、こなかったから。

何回も振り返ったけど、じっと私が帰るのを見ているだけでした。

それに、私を殺したわけでもないし。

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でも、まあ、今思い返すとやっぱり怖いですね。

あの物体はなんだったんだろう? っていう。

あれを見せてどうしたかったんだろう?

ささくれ、って言われても、どうしようもないんですよね。こっちは。

そんなことを、今日、思い出しました。

家に帰るまでの空気が、あの時の気候にとても似ていたので。

あの出来事以来、唯一変わったことといえば、

お年寄りに挨拶することが、ちょっと苦手になったくらいですね。

ありがとうございました。

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キタちさん
コメントありがとうございます。確かに文章にすると、ノスタルジックで優しいような感じも出てきますね。我が身としてはやっぱり怖さが勝ってしまいますが。

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まーさん
コメントありがとうございます。
世界の見え方が変わってきますよね。

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モズさん
いえいえ、私も怖がってもらうために書いたのですから、まっとうなご指摘だと思いました。
恐怖のあり方は人によって形を変えるでしょうから、どういう書き方をするかは難しい問題ですよね。

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月舟さん
コメントありがとうございます。
誰の心にもひとつはある景色かもしれませんね。

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上から目線(笑)でおかしなコメントしちゃったけど、当人が変なオバサン、くらいにしか思ってないんだから、これはこれで良いのかも知れません。失礼しました。もっと不気味さを出せば怖ポチが増えるのに、とついつい思ってしまいましてm(._.)m

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mamiさん
コメントありがとうございます。
セピア色・・・まさにそんな記憶ですね。現実と非現実のあわいのような。

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モズさん
コメントありがとうごさいます!
ご意見、たいへん参考になりました。また読んでいただければ嬉しいです。

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リズム感があって、ストレス無くすらすら読める。おそらくそのせいで本当なら不気味に感じなきゃならないシーンもスキップしながら通り過ぎた感じ(笑)。ここという場面では敢えて流れを停滞させるとか、工夫ができるようになれば、凄い作家さんになれると思います‼

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梨ジュースさん
コメントありがとうございます。
夢のような不気味さだけが心に残っています。

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