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賭け事もせず、毎日ただ働き、男はずっと真面目に生きて来た。
亡くなった両親の家に住み、誰かに迷惑をかける事もなく、ご近所の人とのトラブルもなく生きて来た。
真面目さ故にパッと目立ったところはないが、だからと言って不潔な印象を他人に与える事もなく、ごく普通に生活をして来た。
40代も半ばに来て、やっと一人の女性と出会い、将来を考えるようになったのは、男の一大転機なのだろう…。
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男には取り立てて趣味と言う物はない。
唯一、魚を飼う事が男の楽しみだった。
リビングにはディスカスの水槽と、テレビの横の小さめの水槽にグッピーが優雅に泳いでいる。
玄関の靴箱の上に置かれたグラスには色の違うベタが大きな尾びれを静かに揺らしている。
寝室にある特注の大きな水槽には50cmもあるアロワナ。
そして、彼等がいる。
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自分でも趣味の良い魚だとは思っていないが、孤独な男を楽しませてくれたのは、派手な魚でも綺麗な魚でもなく、彼等だった。
ただ、彼等の事を知れば、彼女はきっと気味悪がるだろう。
だから、彼女を家に招待する前には、あの魚達を処分しないといけないと思った。
本来なら、殺処分しなくてはいけない事も分かっているが、どうせ日本の川では彼らは生きて行く事が出来ず、死んでしまうだろう…。
男は彼等との別れを惜しみながらも車の中からバケツに移し換えた彼等を運び、そっと暗い川に放った。
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彼等はいつもよりも狭い何かに入れられギューギューに詰められ、酷く揺られていた。
そして、冷たい水の流れるどこかに放たれた。
そこが何処かも、自分達に何が起きているかなど、彼等は考える事もなく、冷たい水の中で否応なく泳がされる。
…
彼等が流されて数日…。
その間に仲間の数匹が死んだ事にも何も感じず、彼等はいつしか淀みに流れ着いた。
そこには水の底から暖かい何かが沸き上がり、彼等の身体を暖かく包んでくれた。
水の流れもなく、彼等の好きな透明度の低い水だった。
そこから出て流れに入ってしまわなければ、彼等は流される事もなく、それが原因で傷付く事も死ぬ事もないだろう…。
…
彼等は数日間、もう何も食べてはいなかった。
自分達が棲み付く場所が決まると、彼等は自分達の命を繋ぐ食物を酷く欲した。
そんな時、どこからか彼等の胃袋を刺激する匂いを鋭い嗅覚が感じ取った。
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誰に言われるまでもなく、彼等は一斉にその匂いの元に勢いよく泳ぎ、躊躇する事無く喰らい付いた。
そのモノは最初は暴れ、逃げ回ったものの、彼等の鋭い口と返しの付いたひれのせいで身体の奥深くまで入られてしまい、そのうち命尽きたのか…暴れる事もなく、彼等の胃袋を十分に満たしてくれた。
彼等はただ、本能のまま、自らの命を繋ぐ為、淀みに入って来るモノを捕食し続けた。
自分達と同じ、水に棲むモノだけでなく、全身を毛で覆われた生き物も襲って食べた。
食べられる時に食べる。
それは自然の中で生き抜いて来た、彼等の本能だったからだ。
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『こんな場所から?』
マユは川の淀みの上に張り出した大きな岩の上から水面を覗いた。
『そうだよ!この近くには温泉が湧いてるところが有るから、ここの水は温かいんだよ!それに、この辺は深い淀みになってるし、このくらいの高さから飛び込んだって、怪我したりしねぇから大丈夫だって!』
ユウジはそう言うが、飛び込みなんてプールでもあまりしないし、下を見ていると足が竦む。
『大丈夫だって!じゃ、オレが先に飛び込んで待ってるから、後から飛び込んで来いよ!』
ユウジは笑いながら、綺麗なフォームを作り、水面に向かって飛び込んだ。
大きな水飛沫を上げてユウジの姿は見えなくなったが…
波紋を広げた後、すぐに口から水を吐き出しユウジは顔を出し、マユに向かって両手を上げて合図を送る。
マユも観念して、ユウジの待つ川に飛び込もうとするのだが、後一歩が踏み込めない。
そこで何度も大きく息を吸い込んでは吐き出し、深呼吸を繰り返した。
『おーい!マユー!!未だかよ!?』
ユウジは立ち泳ぎをしながら大きな声で呼び、笑っている。
マユは片手で自分の鼻をつまむと、真っ直ぐに立ったままの姿勢で川に飛び込んだ。
立ったままダイブしたマユの身体は水に差し込んだ銛の様に、真っ直ぐに深く、川の淀みに沈んだ。
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その時一瞬、マユは何かが足の親指に触れたのを感じたが、早く水面に上がる為に水をかくのに必死で、それが何かなど知ろうともせず、頭の片隅にもなかった。
『マユ!やったな!』
ユウジは浮かびあがったマユのすぐ近くに泳いで来て、マユの勇士を讃えた。
『もう…本当に怖かったんだからぁ!』
マユは半ベソをかき、立ち泳ぎをしているユウジにしがみ付いた。
『もう…ユウジが何て言ってもやらないからね!』
拗ねた様にクチビルを尖らせるマユが、ユウジは堪らなく愛しくなり、マユの細い身体を抱き締めた。
『え?ユウ…』
マユの言葉は途中だったが、ユウジのクチビルに塞がれてしまった。
ユウジはマユの身体を強く抱き締めながら、背中に回した手でマユのビキニの後ろの紐を解き、そのままもう片方の手をお尻に回すと、マユの下半身を隠している小さな布の片方の紐だけを解いた。
『ユウジッたら…ヤン…』
マユが可愛い喘ぎ声を上げる。
誰もいない川の中で、ユウジとマユは夢中で抱き合った。
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マユにはユウジ…
ユウジにはマユ…
2人には、お互いの身体とお互いの感覚しかなかった。
その時
『ウッ…。』
マユより深みに居たユウジが呻いた。
次の瞬間、水面が激しく波立ったと思ったら…
『痛てえ!!!』
ユウジはマユと繋がったまま、悲鳴を上げた。
『ユウジ?どうしたの!?』
その時、マユは自分の下腹部に激しく動く何かを感じた。
ヌメヌメとしたそれは、ユウジとマユの間に挟まれながら、向きを変えると、マユの柔らかい白い肌にドリルの様にのめり込んで来た。
『イヤーーーッ!!!何これ!?』
見ると、ユウジの周りは既に、水面が真っ赤な色に変わっている。
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ユウジにはマユを救う余裕も余力もなかった。
自分達に何が起こっているのか、それさえも分からず、自分の腹の中にめり込んで来るモノ達を引き摺り出す事だけに専念していた。
しかし、それらはどうやっても掴み出す事が出来ない。
暴れながら、どんどんと自分の身体の奥に入り込んで来る。
このまま気が狂った方がマシだと思える痛みに悶えながら、意識は途絶える事無く、淀みの深くに身体が沈んで行く…。
…
マユとてユウジを助ける余裕などない。
下腹部に入り込んだ何者かは、マユの内臓の辺りで激しく暴れ回り、あまりの痛みでマユは失神寸前のまま、淀みに姿を消した。
暫くは水面に赤い波紋を残していた川面は、いつしか静まり返り、何もなかったかの様に木々でさえずる野鳥の声だけが響いていた。
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彼等の退化した目は獲物の姿を捉える事が出来なかったが、水中の僅かな振動と、並外れた嗅覚で、次の獲物がいる事に気付いた。
川底には、数週間前に彼等が食べ尽くしたモノの骨が転がっていたが、それからは他の獲物が来なく、彼等は空腹で次の獲物を待っていたのだった。
獲物の身体から発する微かなアンモニア臭は、彼等の食欲を酷く刺激した。
自分達の身体の数倍もある大きな獲物だったが、彼等には大きさなどどうでも良い事だった。
彼等の食欲を満たしてくれさえするなら、それがどんな大きさだろうと、彼等は果敢に喰らい付き、柔らかい腹を食い破り、暖かく栄養たっぷりの内臓を喰い尽くすのだ。
川底に沈んだ大きな獲物は2体…。
暫くは彼等も飢える事無く生き抜く事が出来るだろう…。
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季節は新緑から盛夏に変わったが、彼等の環境は大した変化もなく、川の流れから迷い込んだ魚を捕食したりはするが、全身を毛皮で覆われた獲物は警戒しているのか、崖の上からキーキーと叫ぶだけで、水の中に入って来ようとはしなかった。
川底に沈んだ大きな獲物は2体共、もう食べる所もなくなり、静かに淀みの底で漂っているだけだった。
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『こっちこっち!!』
『人も居ないし、ここって穴場じゃん?』
『じゃあ、先ずはバーベキューでしょ!』
マサヤ達7人は同じサークルのメンバーだ。
くだらないと笑う人もいるが、BBQサークルのメンバーなのだ。
春~冬まで、季節、場所を問わず、景色の良い場所を求めて、キャンプを兼ねてバーベキューを行うと言う、アウトドアが大好きな人間の集まりだ。
そんなサークルなので、圧倒的に男子の方が多く、それがメンバーの悩みの一つでは有るが、景色が美しく、肉は美味しく、ビールを楽しく飲めれば、そんな事はどうでも良くなってしまう。
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今日はメンバーの運転する車二台でここに来た。
駐車場に一台の軽自動車が停まっていたから先客がいると思ったが、誰もいず
『やったーッ!おれ達のプライベートリバーだぜぇ!!』
マサヤがそう叫んで駆け出した途端、河原の石に躓いてしまい、それを見ていた皆に笑われてしまった。
今回のバーベキューは珍しく、数少ない女子が2人も参加してると言う事もあり、男共のテンションは上がりっ放し。
特に、1人は学園のマドンナ的な存在のノゾミちゃんも参加しているものだから、女の子にあまり免疫のないマサヤ達のテンションが異常に上がるのも仕方のない事だ。
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ノゾミちゃんと一緒に参加したのは、ナオユキの彼女でもあり、ノゾミちゃんとも仲良しのキョウコちゃん。
ノゾミちゃん程ではないが、キョウコちゃんも可愛く、ナオユキの彼女にしておくのが勿体ないくらいだの女の子だ!
そんなマサヤ達は、河原に椅子を並べ、バーベキューのセットをする係とテントを張る係に分かれて作業した。
肉や野菜をたらふく食べ、ビールの酔いも気持ちよく回って来た頃、トシカズが
『ヒャッホーッッッ!!』
奇声を上げて川に飛び込む。
それに続けとばかりに、マサヤとノゾミちゃん、そして、手を繋ぎ河原の石拾いをしていたナオユキとキョウコちゃんのカップル以外の男子達は、一斉に川の流れに飛び込んで行く。
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マサヤは、友人達が走りながら脱ぎ捨てたシャツやGパンを拾い集めると、椅子に座り笑いながら子供みたいにはしゃぐ友人達を見ているノゾミちゃんの隣に座った。
『いつもこんな感じ?』
綺麗な瞳でノゾミちゃんに話しかけられ、ドキドキしながら
『うん。野郎共はお子ちゃまばかりだから(笑)』
と、答えると…
『私もお子ちゃまだから♪』
ノゾミちゃんはそう言うと、着ていたTシャツとホットパンツを脱ぎ、
『一緒に行こう!』
マサヤの手を握り、川へと走って行く。
ノゾミちゃんに握られた手が熱く、走るお尻に付いたパンツのフリルに見惚れて勢いよくノゾミちゃんと手を繋いだまま川にジャンプした。
(オレ、服着たままじゃん!!)
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先に川ではしゃいでいた野郎共は、ノゾミちゃんの登場に歓声を上げ、大はしゃぎ。
そのうち、はしゃいだトシカズが、淀みの上の崖に登るとそこから大きく手を振る。
『バーカ!やろめよ!どの位の深さか分かんないのに危ねーぞ!』
そんな忠告にもお構いなしに、トシカズは大きな岩の上から淀みに向かってダイブした。
すぐに水面に顔を出し、
『結構な深さはあるぜ!これなら大丈夫だって!』
びしょ濡れの頭と顔を手で拭いながらVサインをする。
ふと河原を見ると、相変わらずナオユキとキョウコちゃんはラブラブで2人だけの世界に入っている。
そして、トシカズに続けとばかりに、他の連中も皆崖を上り始めている。
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隣に居た筈のノゾミちゃんもいつの間にか、他の連中の後に続いている。
『マサヤくーん!行かないの?』
ノゾミちゃんが呼ぶが…
何を隠そう、マサヤは幼い頃に階段から転げ落ちた影響か、高いところが大の苦手な高所恐怖症だった。
『う…うん…』歯切れの悪い返事を返したものの、マサヤはどうしてもあの崖の上に登る事も、そこの岩から飛び込む事も出来そうもない。
そうこうしていると、ノゾミちゃんが岩の上から手を振りながら
『マサヤくーん!行くよー!』
エビの様に身体を丸めて、両腕でしっかり曲げた足を包み、飛び込んだ。
『おおーーーーーーーーーーーーーッ』
友人達は拍手と歓声を上げる。
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水面から顔を出したノゾミちゃんは、真っ直ぐにマサヤの元に泳いで来て、キラキラした瞳を輝かせながら
『マサヤくんはやらないの?すっごーく楽しいよ♪』
と、濡れた顔を両手で拭いながらマサヤに聞く。
『………ゴメン………』
『え?何で謝るの?』
『オレ、本当に高いところが苦手なんだ…。ゴメン!!』
マサヤの突然の告白に、ノゾミちゃんは「クスッ」と笑い
『謝る事なんてないのに♪私だって虫が苦手だもん!それと一緒でしょう?』
ノゾミちゃんはマサヤの左手を手に取ると、ポンッと手の甲を軽く叩き、笑ってみせた。
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(ヤベぇ…オレ、本当にノゾミちゃんに惚れちゃったかも…。)
ドキドキしていると…
『じゃあ、私、又飛び込んで来るから見ててね!』
ノゾミちゃんは男連中と一緒に、又崖を登って行った。
マサヤの目には、もう他の誰も目に入らなかった。
ただ、ノゾミちゃんだけを見詰め、見守っていた。
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彼等は濃いアンモニア臭を全身で感じていた。
淀みの中を手当たり次第に泳ぎ回り、獲物に喰らい付く瞬間を選び
………
………
そして、トシカズが4度目の飛び込みをした時、彼等は一斉に動き出した。
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『カハッ!!!!』
水面から顔を出したトシカズが何かを言いたげな声を出し、そのまま又水の中に潜って行く。
そんな事にお構いなしに次の奴も飛び込む。
そして、次に飛び込む準備をしていたノゾミちゃんが、水面を見て悲鳴を上げる。
『キャーーーーーーー!!!』
マサヤはノゾミちゃんが見詰める水面を見た。
彼女が飛び込む筈の淀みは、激しく波打ち立ち始め、先に飛び込んだトシカズも、次に飛び込んだ友人の姿も確認出来ない。
『血が…血が…』
岩の上でノゾミちゃんは震えながら、自分で自分の身体を抱き締め、波立った川面を見詰めている。
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ノゾミちゃんに続き崖を登っていた友人がやっと到着し、彼女の横で水面を見て
『事故だ!!ヤバい!トシカズ達が怪我したみたいだ!!』
血相を変えてその場所から少し外れた場所から川に飛び込む。
その拍子にノゾミちゃんの肩にぶつかったと思ったら、ノゾミちゃんはバランスを崩し、川に転落して行った。
マサヤは慌てて彼女の落ちた淀みに向かった。
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彼等は久々の獲物を味わう事もなく、ひたすら腹に喰らい付き、獲物のはらわたを咀嚼もせずに次々と飲み込んで行く。
暴れながらも力を失い、深みに沈む獲物を貪り食っていると、そのすぐ上から次の獲物が来る。
彼等は非常に貪欲だった。
迷わず次の獲物に喰らい付き、柔らかい腹の肉を食い破って行く。
そして、その次の獲物が来た時には、仲間に弾き飛ばされた一匹がその獲物に喰らい付きに行っただけで、他の彼等は最初の2体の獲物を食べる事に必死だった。
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ノゾミちゃんと彼女を落とした友人と2人は、水面から顔を出してもがいていた。
マサヤがノゾミちゃんの所に泳ぎ着くと、彼女は
『私は大丈夫…。だから、他の人を見てあげて…。』
そう言うと、淀みで立ち泳ぎをして呼吸を整える。
マサヤは先ずは、ノゾミちゃんを落とした友人の所へ行くと
『痛てよ…』
友人は苦痛に顔を歪めている。
どこかにぶつけたのかもしれない。
マサヤは友人の首に自分の腕を回すと、横泳ぎをしながら河原へと運んだ。
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『何?これ?』
ノゾミちゃんの悲鳴で淀みの前の河原に駆け付けて来ていたナオユキとキョウコちゃんだったが、助けた友人の右脇腹を見詰め、息を飲み、キョウコちゃんが叫んだ。
…
彼の脇腹には、一匹の魚が、まるでそこから生えた様に大きく尾を振っている。
『うおーッ!!!痛てぇッ!!!』友人は涙と鼻水で顔をグチャグチャにしながら激痛に堪え切れず、跳ね上がるように暴れる。
ナオユキが慌ててその魚の身体を掴み、外に引き出そうとするのだが、その度に一段と大きな声で悲鳴を上げ、友人は暴れる。
マサヤは未だ淀みで立ち泳ぎをしながら川の中を覗き込んでいるノゾミちゃんが心配になり、急いで彼女の元へ泳いだ。
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彼等は辺りの水を真っ赤に染め、一心に獲物を喰らっていた。
未だ獲物は十分に残っているのだが、水面から臭うアンモニア臭に反応してしまった。
それは、彼等の生存の為の本能。
すると、彼等は申し合わせた様に、一斉に水面の臭いの許へ向かって尾びれを振った。
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『ノゾミちゃん!ここは危険だ!!早くこっちに!!』
マサヤはノゾミちゃんの手を引き、川の流れの中に連れて行く。
その時、ノゾミちゃんが
『イヤ!!』
そう叫ぶとマサヤに引かれた手の反対の手をお腹に回す。
『痛い!!!!』
今見た友人の腹の奥深くに頭を突っ込んだ魚が頭を過る。
『急いで!!早く川から上がるんだ!!!!!』
マサヤはノゾミちゃんを自分の身体の内側に来る様に片手で包むと、もう片方の手を使い、必死に水をかいて川の中を泳ぐ。
マサヤのシャツごしに、何かが勢いよくぶち当たって来る。
恐怖しながらもノゾミちゃんを守らなくてはと使命感を感じ、マサヤは川を泳ぎ切り、ノゾミちゃんを抱きかかえる様に河原に着いた。
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既にナオユキが救急車を呼んでいると言うが、魚を横腹に刺したままの友人の意識はない。
その友人の額から流れる脂汗を、キョウコちゃんが濡らしたタオルで拭いている。
『ノゾミ!!!』
キョウコちゃんはノゾミちゃんの姿を見ると、目に涙をいっぱい溜めて走り寄って来た。
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…
『痛い…』
ノゾミちゃんはお臍の下辺りを両手で押さえて、膝から崩れる様に河原でうずくまる。
その足元には、彼女の身体から流れた血がポタポタと滴り落ちている。
『ノゾミちゃん、ちょっと見せて!!』
痛がるノゾミちゃんの腕を退けて、マサヤは彼女の流れる血の元を探す。
『大丈夫だ…魚は刺さっていない…。』
ノゾミちゃんの下腹部は、何ものかに噛まれた様で皮膚から肉にまで達する傷が有ったが、もう一人の友人の様に魚は居なかった。
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ホッとしたのも束の間、キョウコちゃんが
『マサヤくん!!シャツに…ッ!!!』
悲鳴に近い声でマサヤのTシャツの上に羽織ったシャツを指差す。
その指の先を見ると、あの魚が喰らい付いている。
マサヤは片手でその魚を力いっぱいに握るとシャツから引き剥がし、河原の石の上に思い切り叩き付けた。
暫くするとサイレンの音を響かせて、救急車とパトカーが到着した。
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結局、トシカズ達を助ける事は出来なかった…。
楽しかった筈のバーベキューが、こんな事になろうとは…誰が想像出来ただろうか?
ナオユキはその場に残り、到着した警官達に事情説明をする事になり、キョウコちゃんとマサヤは、意識の無くなった友人と、下腹部から出血しているノゾミちゃんに着いて救急車に乗って病院へ行った。
病院に着いてすぐに友人は集中治療室に運ばれ、ノゾミちゃんはその場で治療をしてもらった。
そうこうしていると、友人に刺さった魚を摘出する手術をすると言うので、友人の親御さんにも連絡をした。
今日は入院になると言うノゾミちゃんの病室で、キョウコちゃんと2人、眠るノゾミちゃんのベッド横の椅子に座っていたマサヤが、ふと窓に目を向けると、外は既に日が暮れ始め、赤々とした夕焼け空が広がっている。
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『アイツの親御さんも見える頃かもしれないから、オレ、夜間受付で待ってるわ。』
マサヤは眠るノゾミちゃんを起こさない様キョウコちゃんに告げると、部屋を出て行った
街灯が灯る頃になって友人の親御さんが到着したので、その日の事と次第を説明していると、看護師さんが呼びに来た。
友人の手術が終わり、今、ベッドに運ばれたとの事。
マサヤは親御さんに着いて、病室に向かった。
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その頃、ナオユキは未だ現場の河原に居た。
ウエットスーツを着たレスキューの人達が、トシカズ達が消えた淀みに潜っている。
間もなく、現場にいた警官達が騒がしくなり、トシカズ達の遺体が引き揚げられた。
そして、白骨化した遺体が2体と、人間よりも小さめの動物らしき物の骨も幾つか引き揚げられた。
あの淀みには、一対…何が潜んでいたのだろう…?
あの魚は、何だったのだろう…?
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男は新聞を読み、ざわつく胸を押さえる為に、一気にコーヒーを飲み干した。
自分が放した彼等が起こした事件…殺人を、話した方が良いのか…。
それとも、このまま口を噤んで何もなかった様に生きれば良いのか…。
答えを出せずにいた。
…
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『先生、おはようございます!』
ぼんやり駅からの道を歩いていると、誰かが声をかけて来る。
『あ…あぁ…おはよう…。』
虚ろに返事を返すと、制服を着た生徒の後ろ姿を見送る…
…
…
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――この仕事を…
生活を…失う事は出来ない。
この年で何も無くなったら、私はどう生きて行ったら良いのだろう?
念願の結婚も決まりそうになっているのに、敢えてその幸せを壊す事は出来ない。―――
男は沈黙を貫き通す決意をした。
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彼等は最後の獲物を追って行った時、川の流れに巻き込まれてしまっていた。
集団で獲物を狙うのが災いし、生き残っていた彼等は冷たい川に放り出されてしまったのだ。
もう、彼等は集団でもなく、それぞれが散り散りに流され、冷たい川底で死んでしまった者…、川岸に打ち上げられたものの、そこで命が消えた者…、瀕死で川を流されるだけの者…、もう数日のうちにも、彼等は死滅する事だろう…。
例え、生き残る者がいたとて、個体では食物を捕える事も出来ないだろう…。
彼等の全滅は、既に時間の問題だった。
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マサヤとノゾミちゃん、そしてナオユキとキョウコちゃん、そしてあの日に大怪我をした友人と5人は、大きな花束を持ち、あの河原に居た。
全員が何も言葉を交わす事もなく、トシカズ達が亡くなったあの淀みに向かい手を合わせていた。
友人の身体から取り出されたのは、日本には生息していない筈の魚だった。
南米の大きな川に棲む、現地ではピラニアよりも恐れられているナマズの一種だったそうだ。
そんな魚だが、普通にアクアショップで買えると言う事だった。
それを飼っていた誰かが、故意にこの川に放流したらしいのだが、未だにその犯人の目星も付かず、その者が名乗り出る事もなかった。
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『ねえ、マサヤくん!』
河原の石の上に花束を置き、ナオユキの車に向かっている途中でノゾミちゃんはマサヤの腕を取り、俯き加減で話しかけて来た。
あの事が有ってから、ノゾミちゃんはマサヤの彼女になっていたのだった。
『私のお腹もこんな傷になっちゃったし、もうビキニも着れないよね…。
だから、この傷を見せられるのは、マサヤくんだけ…
嫌いにならないでね…。』
そう言いながら、涙を堪えているのか、目を潤ませてマサヤを見上げる。
『嫌いになんてなる筈ないだろ。ノゾミのビキニはオレの為だけに有るんだから、他の男になんて見せなくたって良いんだよ!』
誰も居なかったら、彼女の身体を思い切りギューッと抱き締めていただろう。
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―――そう…。
…
もう、何もかも終わったんだ。
…
…
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ここで泳ぐ事はもう無いが、トシカズ達の遺体が引き揚げられた時、そこにはもうあの魚はいなかったと言うから、既に流されていたのだろう…。
たまたまあの淀みのすぐ近くには温泉が湧いていたから、あの魚達が棲み付く事が出来ただけで、冷たい川に流されて行ってしまったら、もう生きてはいられないだろう。―――
マサヤは車に乗り込み、窓からあの河原をもう一度眺めた。
そして、車はゆっくり動き出し、河原はいつもの静寂を取り戻した。
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暖かい淀みの奥で、小さな無数の卵が孵化する日を待ち構えているとは知らず…。
…
…
―終―
作者鏡水花
2014年8~9月に投稿しました
【They are】です。
こちらも期間限定の公開とさせて頂きます(*´ω`*)
こちらに出て来る、〈人喰いナマズ〉は、ご存知の方も多いとは思いますが、現地ではピラニアよりも恐れられていると言う、【カンディル】です。
カンディルにも数種類あるそうで、人を襲う種類で言えば、本作に出て来るブルーカンディルの他に、ドジョウのような、シラスウナギのような細く小さいモノもいるようで、こちらは尿道と言わず、鼻の孔と言わず、穴と言う穴から体内に侵入し、吸血しながらそれこそ、体の内から食べられてしまうそうです。
ブルーカンディルは、英名ではホエール・キャットフィッシュと言い、鯨のような青と白い腹部を持つことから、そう呼ばれるそうです。
他にも
・バイオレットカンディル
・ラットフェイスカンディル
とも、呼ばれているそうです。
この作品創作前に、偶々テレビで報道されていた事をヒントに、出来た話しです(*´▽`*)
危険な外来種を飼い続ける事が出来なくなった人々が、殺処分をすることなく近隣の川や湖に放し、元来居たはずの魚を食べ尽し、生態系が変わって来ていると…。
多摩川も【タマゾン川】と呼ばれている…。
そんな話を知り、「もしも・・・?」で仕上がった話です( ̄艸 ̄;)
そして…
先日、またまた寝惚けている時にパソコンをいじり、先日再投稿をしました【《再》続・人喰いの地】を削除してしまいました😞↷
期間限定で公開した作品ですので、このまま再々投稿をせずにいようか…
どうしようか、迷っています(;△;)
相変わらずのアホです(p_T)