俺は都内のアパートに一人で住んでいる。
俺の部屋は二階にあり、窓からはアパートの前の道路がよく見える。
ある晩、深夜二時頃だっただろうか。
風を入れるために窓を開けようとした時、ふと外に視線をやると、近くの電信柱の裏に影のようなものが見えた。
不審に思って目を凝らして見るが、靄がかかったように輪郭がよく分からない。
蜃気楼のようにそこだけ光が屈折しているようだった。
誰かそこにいるのか、それともただの目の錯覚なのか。
俺は魅入られたように、その影を見続けた。
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何分経っただろうか。
影は徐々に濃くなり、はっきりと人の姿となっていた。
そしてそれは女の後姿だということがわかった。
長い黒髪で、こちらに背を向けじっと立っている。
――なぜ女の人が深夜にこんな場所にいるんだ?
嫌な予感がしたが、そのまま後ろ姿を見ていた。
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shake
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次の瞬間、女は突然こちらに向けて振り返った。
大きく見開かれた血走った目に耳の下まで裂けて広がる口。
そこには先端が尖ったサメのような歯が無数に生えていた。
この世のものとは思えない不気味な笑みを湛えながら、こちらを見上げ、俺のことを凝視している。
そして、女は俺に視線を合わせたままアパートの方に向かって一歩ずつ近づいてきた。
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――ヤバイ
俺は急いでカーテンを閉めると、素早く部屋の戸締まりを確認し、そのまま布団に潜り込んだ。なんなんだあれは。
――夢であってくれ
頭まで布団をかぶってじっとしていると、何やら音が聞こえる。
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「コン……コン……コン……コン……コン……コン……コン……」
音は窓からしているようだった。何かが窓をノックしているような乾いた音。
――あいつだ。
ここは二階で、普通の人間なら窓をノックすることなどできないが、俺にはあいつがやっているとしか思えなかった。
俺は心底怯えて身動き一つできなくなっていた。
ただひたすら身を潜めて時がすぎるのを待つ。
しかし、音は一向に鳴り止まない。
それどころか大きくなっていく。
「ドン、ドン、ドン、ドン」
このままだと窓が割れる。
そうしたらあいつが部屋に入ってくる。
その時だった。
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「ピンポン」
部屋の呼び鈴が鳴る。
続いて玄関ドアの向こうで
「おい、何時だと思ってるんだ!うるさくて眠れねーよ!」
と隣人と思しき人が怒鳴っているのが聞こえた。
すると、あれほどうるさく鳴っていた窓の音はピタリと止み、再び鳴ることはなかった。
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翌朝、俺は不動産屋に行くとその日のうちに引っ越すことにした。
そのままあの部屋に住み続けたらまたあいつが来るという妙な確信があった。
新居に引っ越して数週間経ったが今のところ何も起きていない。
余計なお世話かも知れないが、深夜に変な影を見ても、すぐ目を逸したほうがいい。
そのまま見ていると、あれと目があうかもしれないから。
作者百目鬼
深夜の電信柱って怖くないですか?何か後ろに潜んでそうで……