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中編7
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解き放たれた呪詛

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祖母が死んだ。

ここ数年は認知症を患い、母と、婿養子を取り、実家の跡を継いだ姉と二人で祖母の介護をしていたが、学(まなぶ)は仕事の忙しさにかまけて、盆暮れにも実家に帰省する事もほとんどなかった。

記憶の中の祖母は、いつも穏やかな笑顔で学に色んな話を聞かせてくれていた、ちょっと天然だけど、母よりずっと優しく、暖かい・・・そんな祖母の姿だった。

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だから尚更、そんな祖母の変わり果てた姿を認める事が出来ず、実家への足も遠退いていたのだ。

いつか来るであろう別れだが、心の中で、臭い物に蓋をするように、大好きだった祖母なのに、呆けて学の事も忘れてしまったと言う現実を受け止めきれず、会いにも行かなかった事が悔やまれてならない。

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祖母は母や姉が目を離すと、その隙に家を出て行ってしまう。

田舎の狭い集落だから、近所の誰かが保護してくれ、祖母を探しに家を出た母や姉が帰るまで実家で祖母の見守りをしてくれるから助かると、田舎ならではの人と人の繋がりに随分と助けられて来たそうだ。

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だが・・・

祖母は、家の者が眠りに就いている深夜に徘徊し、学が幼い頃から何が有っても行ってはいけない、禁忌の山だと祖母に聞かされていたその場所で、命を落とした。

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死因は心臓麻痺との見解だが、棺に収まった祖母の顔は、生前では見た事もないほどに歪み、いくら目を閉じようとしても大きく見開いたまま閉じる事が出来ず、どれほど苦しんだのか・・・

歯を剥き出すように口を開き、その歯の間から顎にかけて、長く舌が垂れている。

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死後硬直が解けていると言うのに、両の手は仰向けの身体から垂直に上に伸び、がっしりと何かを掴んでいるように不自然に十指全てが曲がっている。

そして、両の足は、どちらも外側に向かって、脛の真ん中辺りからポッキリ折れていた。

どんなに苦しんだとしても、心臓発作でこんな不自然な遺体になるのだろうか?

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祖父の家は、代々続く地主の家系で、家も古くは有るが大きく立派な旧家だった。

祖母は、元々祖父の家で下女をしていたそうだ。

祖父はと言うと、前妻との間に跡取りの子供が出来ず、いつも明るく元気な祖母を見初めて再婚をしたと、子供の頃、幼馴染の家で祖母の幼馴染だったと言うお爺さんに聞いた事がある。

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ただ再婚はしたが、念願の男子は生まれず、祖母は祖母なりに肩身の狭い想いをしていたそうだが、祖父は年の離れた妻である祖母を可愛いがり、庇って来たと言う。

祖父が亡くなった後は、一粒種の母が父を婿養子に取り、この旧家を継いだ。

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本来なら学がこの家を継がなくてはならなかったのだが、何故か祖母は学がこの地へ帰る事に反対した。

遊びに来るには良いが、たまの帰省でも早く東京へ帰る様に促していた。

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認知症の祖母の介護から解放された母と姉は、悲しみの中にもどこかホッとした表情を隠し切れず、それはそれで仕方のない事だと学は思った。

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長く暗い廊下を歩き、祖母が毎日欠かさず一心不乱に手を合わせていた仏間に行った。

壁には会ったことのないご先祖様の遺影が並び、その中では一番新しい祖父の遺影に向かって手を合わせ、「祖父ちゃん、祖母ちゃんが行ったから、宜しくな」そう小さく呟いた。

そして、仏間から出ようと襖に手をかけた時

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ガタン・・・音がした。

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振り返ると、仏壇に並んでいた位牌のひとつが畳に転がっていた。

部屋の奥に戻り、落ちた位牌を手に取ると、それは祖父の物だった。

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「どうしたんだよ?祖父ちゃん・・・。」

学はそう言いながら、位牌を元有った場所に戻そうと見ると、仏壇の引き出しが少し開いていて、そこから何か紙がはみ出している。

それは、元々は白黒だったものなのだろう・・・セピア色に変色した写真だった。

誰かの結婚式のものだろう・・・。

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よく見ると、新郎は若かりし頃の祖父の様だ。

だが、花嫁は祖母ではない。

綺麗な面立ちだが、両目が吊り目の、線の細い女性だ。

多分、前妻に当たる女性なのだろう。

写真を持つ手に違和感を感じ、裏返してみると、そこには何か・・・呪文の様な、護符の様な物が貼り付けてある。

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祖父母の、見てはいけない物を見てしまった様な居心地の悪さを感じ、学は写真を元の引き出しにしまい、祖父の位牌を元の場所に戻すと仏間を後にした。

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弔問客の相手で走り周る様に忙しい母と姉に代わり、電車で来たと言う遠縁にあたる老夫婦のお迎えに行って欲しいと頼まれ、学は最寄りの駅まで自分の車を走らせた。

もう既に駅に着き、迎えを待っていると言う。

田舎なので最寄りの駅でも車で30分はかかる。

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そこで、少しでも早く到着する様に、ぐるりと遠回りするいつも道ではなく、祖母が亡くなったと言う山を通り抜けて行こうと、ハンドルを切り、街灯のない山道へ入って行った。

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もう少しで山頂になり、後は下って行けばすぐに駅である。

30分かかるところ、半分近くショートカットが出来た事で、ちょっと自慢気な気分になっていた。

山頂近くの三つ辻に差し掛かった時、そこに喪服を着た女性の後ろ姿がハイビームで照らされて、学は咄嗟にブレーキを踏んだ。

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喪服を着ていると言う事は、祖母の通夜の弔問客なのだろう。

祖母の為に来てくれたお客様に、こんな暗い山道を歩かせるのも申し訳ない。

少し遠回りをさせてしまうが、駅で待っている老夫婦と共に車に乗って頂こうと、車の窓を開けると、「多恵(祖母の名前)の孫の学です。祖母の通夜に来て下さった方ですよね?

これから駅まで人を迎えに行かなくてはなりませんが、宜しければ車にお乗りください。」

そう言うと、車から降り、後ろのドアを開けた。

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喪服の女性は背中を向けたまま、片手に何かをぶら下げ、肩を小さく震わせている。

微かに嗚咽が漏れている。

祖母と親しい間柄の人なのだろう。

「さ・・・ご遠慮なさらずに、どうぞお乗りください」

 

学が喪服の女性の肩に手をかけたと同時に、女性は背中を向けたまま、首だけをぐるりと回転させ、学を見た。

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その顔は、嗚咽を漏らしているのではなかった。

女性は、可笑しくて堪らないと言う様に、肩を震わせ、顔を歪ませ笑っていたのだ。

吊り上がった目で学を睨みながら、くっくっく・・・と笑う顔は、先程実家の仏壇で見た写真の女だった。

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あまりに驚くと、人間は声も出せず、逃げる事も出来なくなるようだ。

学は、後ろのドアを開けたまま、狂ったように笑う女と見詰め合う様に立ち尽くしていた。

その時、ポケットに入れたスマホから着信を知らせるメロディーが流れた。

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ハッ!!!と、我に返り、学は車のドアを勢いよく閉めると、運転席に滑る様に入り、力一杯にアクセルを踏んだ。

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キュルキュルと派手な音を立て、タイヤが軋みながら急発進をした。

・・・と思ったが、アクセルをいくら踏み込んでも車は進まない。

サイドブレーキは車に乗った時に解除している。

この恐怖から逃れる為に、アクセルとブレーキを間違えて踏んでいるのか?

学は自分の足元に視線を落とした。

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すると、いつの間にか・・・学の両足の間から覗き込む様に、外にいた筈の女が、赤い口を開けて笑っている姿があった。

女は学の両腿に手をつき、足元から這い上がって来る。

学は動こうにも身体がピクリとも動かず、まるで蛇に睨まれた蛙。

女は学の顔の位置まで這い上がると、真っ直ぐに学の目を覗き込み、先程から手にぶら下げていた物を学の顔のすぐ前に突き付けた。

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それは・・・・・・・・・・・・・・

亡くなった祖母だった・・・・・・・

女の指が髪の毛に絡み付き、頭がい骨から頭皮が剥がれるのではないかと言うくらいに強く髪の毛を引き上げられ、その部分の皮膚が異様に伸びている。

祖母は目を閉じ静かに涙を流し、口をパクパクさせ、小さな声で何かを呟いていた。

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「ごめんなさい・・・」

「ごめんなさい・・・・・・・・」

悲哀に満ちた表情で、涙を湛え、祖母はただひたすら謝っていた。

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そんな祖母の姿を見て、女は声を上げて笑い出した。

そして・・・

地を這う様な低い声で・・・

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………お前が私をこの三つ辻に埋めた

・・・・・・・・・・

………祟りを恐れ

………この三つ辻に私を埋め

………呪詛をかけた

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あはははははははははははははははははははは

ははははははははははははははははははははは

ははははははははははははははははははははは

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

女は狂ったように笑い出した。

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お前がこの場所に戻って来てくれたお蔭で・・・

忌々しい呪詛が解けた・・・

お前もお前の子孫も全て呪い殺してやる!!

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学は、女の吊り上がった目で睨み付けられながら、祖母の言葉を思い出していた・・・。

「何が有っても、あの禁忌の山には立ち入ってはいけないよ・・・

とても恐ろしいものが待ち構えているのだから・・・・」

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そうだったのか・・・

だから祖母ちゃんは・・・

この女が眠るこの場所に入って行ってはいけないと・・・

女の骨ばった指で、真綿を締める様にじわじわと首を絞められながら、祖母の言葉を何度も思い出していた・・・・。

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RuRuRu・・・・・

忙しい最中、鳴り響く電話に出た姉の花枝はエプロンを外し母に伝えた。

「学、未だ駅に迎えに行ってないみたいなの・・・。

さっきも電話したのに出ないし、あまり待たせるのも申し訳ないから、迎えに行って来るわ。」

そう言うと、車のキーを指にぶら下げ、家を出た。

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駅までは早くても30分もかかってしまう・・・。

お祖母ちゃんには行ってはいけないと言われた山だけど・・・

花枝の車はハンドルを右に切り、暗い山道へ入り込んだ。

禁忌の山へ・・・

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・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・

その先の三つ辻に・・・呪詛から解き放たれたモノが待ち構えている事など知らずに・・・

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うーん‼
やっぱり怖面白い!
これは是非とも、多くの方に読んでいただきたい。

今更ながら、描写が本当にお上手ですよね…
お婆さんの最期の様が目に浮かびます。

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