書店に勤めるUさんは、子供の頃に犬を飼っていたという。
「大型犬の雑種で、名前はレオっていいました」
人懐こい性格で、近所の人たちからも親しまれていたが、Uさんが小学四年生のときに、この世を去ってしまった。
死因ははっきりとしていないが、おそらく心臓発作ではないかと看取った獣医は述べたらしい。
あまりに突然のことで、Uさんは現実を受け入れることができなかった。
昨夜まであんなに元気に走り回っていたのに・・・悲しみに暮れ、しばらく食事が喉を通らなかったという。
nextpage
愛犬の死から一週間が過ぎた、ある日のこと。
学校から帰ってきたUさんが、玄関の鍵を取り出そうとしたとき、庭先の犬小屋の前に、誰かが立っているのが見えた。
後ろ姿ではあったものの、いつもレオを可愛がってくれた近所の優しいお爺さんだとすぐにわかった。
しかし声をかけようとしたUさんは、ハッと動きを止めた。
お爺さんは、先月病気で亡くなったばかりだったからだ。
短く整えた白髪に、チェックのセーター。間違いなくあの優しいお爺さんだ。犬小屋の前に佇むその背中は、レオの死に悲しくうなだれているようにも見えた。
レオを悼んで、わざわざ天国から来てくれたんだ。
Uさんはそう確信し、そっと近づいた。普段散歩中にすれ違うと、にこにこと微笑みながらレオの頭を撫でてくれたお爺さん。別れ際はいつも名残惜しそうに、手をずっと振ってくれていたっけ。もしかすると、落ち込んでいる私を励ましに、空から降りてきてくれたのかもしれない――
「おじいさん」
思わず鼻声になって呼びかけると、うなだれていた背中がこちらを振り返った。
目尻に皺を寄せて温かく微笑む、いつもと変わらない優しい表情がそこにあった。
ああ、やっぱり励ましに来てくれたんだ。涙がこぼれた。心の中を何もかも吐き出したくなった。
「ねえ、レオが死んで辛いんだ。あの子は天国で元気に過ごしているかなぁ」
すがりつくような想いで尋ねるUさんに、お爺さんは微笑んだまま、一言だけ返した。
「レオはもらったからぁぁ」
柔和な笑顔が、ぐいーっとゴムを横へ引き伸ばしたように、ゆがんだ。
ひっ、と息をのむUさんの目の前で、お爺さんはそのまま姿を消し、あとにはただ、空っぽの犬小屋だけが残ったという。
「……母から聞いたんですけど、お爺ちゃんもレオと同じ、心臓発作で亡くなったらしいんです」
だから。
一人じゃ寂しくなって、連れて行っちゃったんでしょうね。
Uさんはやるせない表情で呟くと、それきり黙り込んだ。
作者とり