たまに人が見えるだけの、小さな村。その村の中を、ゆっくりと歩く少年がいた。
少年は誰とも目を合わせず、誰とも喋らず、ただ黙々と歩き続けていた。
その少年は、周りと比べてもひどく小さな家……いや、それはもはや家と呼べるかどうかも怪しい小屋の前でほんの少しだけ立ち止まり、そして小屋の中へと入っていった。
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小屋の中には、ボロボロの布団にくるまり、唯一存在する窓から空を見上げる少女がいた。
少年は、その少女をただ無表情に見つめていた。
やがて少女は少年に気付き、不思議そうな顔をして少年を見つめた。
「あなたは、誰?」
少女の問いかけにどう答えるべきかと、少年は少しだけ考える。しかしそういった事には不慣れであるため、少年はすぐに考えることをやめ、自分の事や少女に言うべき言葉を伝える。
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少年は死神であり、そして少女はもうじき死ぬのだと。
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少女はそれを聞き、少しだけ目を見開いたものの、取り乱したり、泣き叫んだりすることはしなかった。
きっと、なんとなくではあるが気付いていたのだろう。
自分の身体が、病に侵されていることを。
だからこそ、少女は少しだけ目を見開いただけだったのだ。
少年は、用事は済んだとばかりに立ち去ろうとした。だが、それは叶わなかった。
少女が呼び止めたからだ。
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「……死神さん、わたしが死ぬまで、わたしと一緒にいてくれない?」
少年は少し戸惑った。死を宣告しにきた死神に対して、そんなことを言う人間はいなかったからだ。
少女の言葉を無視するのは簡単だろう。
だが、少年は少女と共にいることを選んだ。何故か、と問われれば答えることはできない。少年自身にも答えがわからないからだ。でも、それでも……悪いことではないだろう、と思ったのは、確かなことだった。
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ある日、少女は外に出てみたいと言った。少年は好きにすればいいと言ってみたが、少女は頬を膨らませて「外に出たら倒れてしまう」と可愛らしく怒った。
仕方なく、少年が少女を担いで外に連れ出した。
米俵のように抱かれた少女は不満そうではあったが、外に出られたことの方が嬉しかったようだ。
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ある日、少女が1冊の本を読んでいた。布団以外何もない小屋の中で、唯一少女が持っているものだった。
なにかと不思議に思い、少女に尋ねてみた。
少女は余程嬉しかったのか、顔を輝かせて少年に自慢した。母が、幼い頃によく見せてくれた花の図鑑なのだと。
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ある日、少年は少女に不思議に思っていたことを尋ねた。人間の言う恋愛とは何か、と。
少女は何故か赤面し、小さな声でしどろもどろに答えたが、やはり少年には理解のできないことであったため、適当に話を終わらせた。
しかし何かが気に入らなかったのか、少女は何故か急に怒りだし、寝てしまった。
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ある日、少女の容態が急変した。
高熱を出し、時折悪夢にうなされたように苦しそうにしていた。
少年は何もしてやれず、ただ少女の様子を眺めていただけであったが、胸の奥になにか不思議な感覚があることに気付いた。しかし、それが一体どういうものなのかがわからないため、放置した。
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少女の容態は安定したが、以前よりも確実に弱っていた。口数も減り、笑顔も減った。それでも、少年に対しては無理にでも笑顔を作り、大丈夫だと言った。
しかし少年はひどく真面目な顔で、仕事が速く片付くので頑張らなくてもいいと答えた。
少女はやはり怒ったようにそっぽを向いてしまった。
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ある日のこと。
少女は、少年に微笑みかけて、何かを呟いた。
少年は何を言いたいのか聞き取ろうと少女の傍に屈んでみたが、結局、少女が何を言おうとしたのかわからないまま、少女は静かに死んでいった。
少年は少しの間だけ目を閉じ、そして少女の魂を身体から抜き取った。
少年はその魂を、自分の胸の中へと押し込んだ。
何故そんなことを?
━━━━━━━━━━━━━━━わからない。
そして少年は、少女の『想い』を知る。
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死神なのに人と同じ姿。何を考えているのかわからない。いつもつまらなそうな顔をしてる。たまにひどいことを言うけど、それでも……。あぁ、これは、そうだ。この気持ちは。わたしは。死神さんが。
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「…………これが、好き?」
そう、ひとり呟いた少年は、ふと自分の頬を何かが流れていることに気付いた。
「……そうか」
少年はやっとわかった。あぁ、何故、わからなかったのだろう。何故、今なのだろう。
「何故……ぼくは、君が好きだったって、言えなかったんだろう」
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それから、少年は少女と過ごした小屋に、数週間留まっていた。
少女の亡骸は腐敗し、虫に食い荒らされ、今や骨だけになり、もはや少女の面影はどこにもなかった。
少年はふと、かつて少女が行ってみたいと話した『お花畑』という名前を思い出した。
「……そうだ、君が行きたかった『お花畑』を、探してみよう」
少年は少女の頭蓋骨と、少女が大事にしていた花の図鑑を拾うと、小屋を後にした。
「…………さよなら」
小屋の扉が閉じたあと、少年の姿はどこにもなかった。
作者鳥籠
まだまだ未熟な点は至らぬ所にありますが、どうか最後まで読んで頂けると幸いです。